第10話

「どれ、次はわしの番じゃ」

そう言って、ハルシウスは杖を取り出した。

「先ず大きく魔法は二種類に分かれておる」

スイートドリルはハルシウスの説明を気にもくれず身を畳めて風を切り突撃してくる。

 しかし、尚もハルシウスは続ける。

「自然魔法と固有魔法。自然魔法はその名の通り魔力を自然現象にして放出している。列車で三人とも出した炎の様なものじゃな。これは得意不得意あれど多少は皆扱える」

そう言いながら杖を軽く輪を描くように振ると、ハルシウスの足元周囲から大きな泥の波が生まれて次々とスイートドリル達に襲い掛かる。向かってきたスイートドリル達は気づいた時には逃げる間もなく飲み込まれていった。暫くすると、泥だけ徐々に沈んでスイートドリルの山だけがきれいに残った。

「そして次が固有魔法。これは体質に関わるもの、正確には魔法臓器に寄るものじゃが……長くなるので割愛しよう。であるからして扱えない属性もある。わしは一通り扱えるが、得意な闇魔法を見せよう」

そう言って再び杖を振ると、今度は杖の先から黒い煙が出て行った。とてつもない勢いで出てくるそれは瞬く間にライオンへと形を変えて、遠くから様子を見ていたスイートドリル達に襲いかかった。彼らはライオンに飲み込まれ、バタバタと垂直に落ちて行った。

「お主のその槍に纏った黄色い魔力もじゃな。この固有魔法に関してはわしにはまだ分からぬことも多いがプリシラなら知っておるかもしれん。聞いて見ると良いかもな」

ルミオはうんうんと頷く。

 遥か上空から様子を窺っていた残りのスイートドリル達が、一斉に襲いかかって来た。ハルシウスは最後の説明を始める。

「そして魔法に大事なのは己自身と、大地、空、海の様に自然を理解すること。これが出来ぬと魔力が有り余っていても上手く放出出来ない。そこで杖は身体の一部となって魔力を鋭敏に反映することでサポートしてくれる。そして——」

「——フレイムシュート!」

ハルシウスが叫ぶと大きな火の玉が勢いよく発射され、残りのスイートドリルを全て丸焼きにした。

「これが呪文じゃ。まあ理解したものを声でより正確に表現していると思えば良い。今日は帰ってこいつらを食べるぞ! 一眼見た時から旨そうと思っておったのじゃ。楽しみじゃのう」

ハルシウスはにっしっしと笑いながらスイートドリル達を抱えて帰った。

 二人が宿に帰ってきたのは夕方だった。

「ただいまじゃ!」

「ただいま帰りました!」

ドアを開けると、プリシラが机の上で出て行く支度をしている所だった。ちらりと丸焼けのスイートドリルを見たが直ぐに向き直り、準備に戻った。机の上にはナイフや杖が何本かずつと、何が入っているのか分からない薬瓶、そして秘宝であり変身道具でもある喪失の仮面が置かれていた。

「もう人殺しに行くのか?」

「いや、暫くは下調べだけかな。一応何かあった時のためにこれは持って行っておく」

物騒な単語を平然と使う二人に驚くルミオの顔は二人を忙しなく行ったり来たりしていた。すると、ハルシウスはプリシラの左の薬指にはまった指輪に気づいた。

「おお、それはわしがあげた天使の取り極めではないか。つけてくれてるのか?」

「まあね。お洒落だし、私向きのアイテムだからね。どう、似合ってる?」

そう言って顔は机の上に集中させながら左手だけひらひらと見せる。

「ああ、似合っとるぞ」

「僕もそう思います! それで、帰りは何時ごろになるんですか?」

「えーと……ちょっと分かんないかな。明日の昼までには戻ると思う」

プリシラは準備を終え、部屋を出て行った。二人はスイートドリルを切り分けて、一部を皿に盛って机の上に置いておき、残りを平らげた。

「とても柔らかくて美味しかったですね」

「そうじゃな。良いものを食べて育っとるからのう。さて、明日は朝から続きじゃし、寝るか」

二人は明日に備えていつもより早く床に着いた。

 しかし数時間後、ハルシウスはなかなか寝付けずに目覚めてしまった。窓から外を見ると、深夜にも関わらず往来は混み合っている。

「何故こんな時間にも関わらず皆起きておるのじゃろうか……。やはり大国ともなると、こんなものなのか」

ハルシウスは遠くを見つめた。

「わしの頃は人界もこんな大国無かったはずじゃ。お互い小さい国が少しあるだけ……時の流れとは恐ろしきものよの、勇者よ。わしは今お主の子孫と共におるぞ。一体お主はどこにおるのじゃろうな?」

すると、ルミオがむくりと起き上がり、目を擦りながら近づいてきた。

「お主も起きたか」

「はい、さっき寝始められたばっかりだったのですが、音で起きてしまいました。外は賑わっていますね」

ハルシウスとルミオは窓から外を眺める。

 ふと、ハルシウスは口を開いた。

「のう、ルミオよ」

「どうしました?」

「……これはただの世間話、雑談じゃ。ある所に夢を持った若者がおった。彼は頑張って仲間を集め、夢の目前まで来ていた。しかし突然、余り知らないやつに、恐らく彼には関係の無い理由で眠らされ、目覚めると違う世界に来ていた。その世界では彼の常識は通じず、困惑することも多い。そして夢を覚えてはいるが、もしかしたら彼の夢はそこでは既に叶っておるのかもしれん。もし叶ってないとしても自分でも叶えたい、叶えるべきなのか分かっておらん。何をすれば良いのか分からぬ彼になんと言葉をかけてやれば良いじゃろうか」

静寂が訪れる。

「……それはきっと、難しい夢だったんですね」

「そうじゃのお。ちゃんと達成出来た者はそれまでにはおらんかったかもな」

ルミオは暫く考えて、ゆっくりと答えた。

「僕は集落を出たことが無いから、この世界のことをほとんど知りません。彼と一緒で困惑することもあります。でもそれなら、僕と一緒で新しい世界に来て、少しわくわくしていると思うんです」

ハルシウスはわずかにハッとなった。

「知らない乗り物、食べ物、それに魔法も。夢という程では無いですが、僕にももっと知りたい、という気持ちがあります」

「夢についてどうするべきかは分かりませんが、先ずはこの世界を知る事が出来れば、自分にとって夢が今どうなのか分かるんじゃないでしょうか」

ハルシウスは感謝を込めて優しい眼差しでルミオにお礼を言った。

「そうじゃな。確かに彼もその世界を楽しんでるかもしれんな。ありがとう、ルミオよ」

ルミオは照れ笑いしながら答える。

「いえ。まあ僕の場合は今のところ集落に帰るのが一番なので、彼も元の世界に戻りたがっているかもしれませんね。ふふっ」

ハルシウスも続けて笑う。

「そうじゃな。彼も帰れると良いな」

そして二人は再び眠りについた。

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