第三章 #4
私は瞼を閉じます。
ダットは眠ってしまったと勘違いするかしら?
眠いわけではないの。こうすると瞼の裏に私が生まれた時の記憶がついさっきの出来事のように思い出せるのよ。
目も眩むような閃光。そして誰かに話しかけられた気がして私の意識は覚醒しました。
そこは果てのない黒い宇宙空間で、宝石のように綺麗な光を反射する無数の星達が、渦を巻く銀河のお家で瞬いています。
温かな熱を後ろから感じたので見てみると、とても大きなオレンジ色の恒星が輝いていました。
私に呼びかけたのは貴方ですか。
太陽は何も答えてくれませんでしたが、私の誕生を笑顔で迎えてくれるように、温かな熱と光を注いでくれていました。
私は自分の身体が小さな石の欠片である事に気づきます。
周囲にはそんな私と同じか少し小さな欠片達が、無数に漂っている事に気が付きました。
あの、私の声が聞こえますか?
小さな欠片達からも返事はありません。けれどもひとつひとつの欠片が無垢で無防備な赤ちゃんのように感じられました。
私も彼らと変わらない赤ちゃんだったけど、無性に何かしてあげたいという気持ちになりました。
欠片達に呼びかけます。
みんな。バラバラじゃ寂しくありませんか? 一つに集まってお話ししましょうよ。
返事はなかったけれども、小さな欠片達は私の提案を受け入れてくれました。
飛び込むようにくっついてくる彼らを一人も逃すまいと両手を広げるように受け入れていきます。
こうして滑らかな球体になった私は、今の惑星の大きさにまで成長しました。
私と一緒になった欠片達は一言も口を聞いてくれなかったけど、私はこの子達の為にも頑張ろうと思う事で全然寂しくありませんでした。
しばらくして、私以外にも同じように産まれた惑星がいる事に気づきます。いわば兄弟姉妹達ね。
太陽の近くに私と同じように岩石で出来た惑星が三つ。手を伸ばせば届く距離にいます。
少し離れたところには地表を持たないガス惑星が二つ。
そして私の目でも微かにしか捉えられない距離に二つの氷の惑星がありました。
人間でいうと九人兄弟、それとも九人家族かしら。お互いの声は聞こえなかったけれど、私はそう思っていたの。
だって中心にある大きな太陽の周りをみんなで仲良く回っていたのよ。まるでダンスしているみたいに。これって仲良しの証拠でしょ?
勿論ただ遊んでいるだけじゃなかったわ。
私がどれだけ呼んでも答えてくれないから、ついカッとなってしまって、その怒りで地表がものすごく熱くなってしまった事があったの。
どうしていいか分からなくて、私は
そんな寂しくも忙しい日々を送っていたある日の事、私の方に向かってくる惑星がありました。
近づいてきた惑星の大きさは私の半分程しかありませんでした。
私に用があるのかしら。とりあえず話しかけてみましょう。
こんにちは。貴方はどこから来たのですか。私はずっとここにいました。
惑星は答えてくれず、そればかりか速度を全く緩めてくれません。
いけない。このままぶつかったらお互い無事では済まない。
私は声の限り叫びます。
止まって。止まってください! このままでは私達はぶつかってしまうの。お願いだから止まって。
呼びかけても全く反応はありません。
私は意を決して向かってくる惑星を受け止めるために両腕を大きく広げます。
衝突してきた惑星は木っ端微塵になってしまい、私の身体の一部も細かい破片となって私の周囲を漂いました。
その散らばった欠片やちりが集まって出来たのが、そう、いつも私のそばにいる衛星。月の事よ。
ぶつかってきた惑星を恨んではいないわ。今はこう思ってるの。
きっとあの子は迷子だったのよ。両親と逸れてしまって周りが見えなくなってしまった小さな男の子。
だから月は弟みたいなものね。でも恥ずかしがり屋さんみたいで、今も少しずつ距離が離れているのよ。
さて、地表の熱が覚めた事で海が出来上がりました。その塩の水に最初の生命が産声を上げたのです。
私が海の揺籠を揺らしてあげると、すくすくと成長していったわ。
最初は肉眼では見えないほど小さかったのに、環境に適応した形に進化した子供達は、タンポポの綿毛のように海の中で溢れかえりました。
今も姿を変えない生物がいるでしょう。貴方にとっては先輩に当たるのかしらね。
子供達が増えたのはとてもいい事だけど、段々とみんなが快適に住めるスペースがなくなってきてしまったの。
それを初めに察知したのが一番小さな生命体である微生物です。
彼らは光合成という能力を獲得して、地上に酸素を作ってくれたわ。こうして有害な紫外線を遮るオゾン層が出来上がった。
でもそれだけでは彼らは地上に進出できない。私は父である太陽にお願いしていました。
子供達には新しい住処が必要なの。もう少しだけ風を弱めてくれませんか。
返事はありません。きっと自分の事は自分で何とかしろと言うことなのね。
掌で日差しを遮るように、太陽風から子供達を護る
こうして海にいた子供達は地上という新しい世界に踏み出していきました。
みんないってらっしゃい。気をつけてね。
手を振って追い風を起こす事で旅立ちを応援します。
私の声は届かなかったけれど空より高いところから見守り、しっかりと大地を踏み締める彼らの旅立ちを祝福していました。
けれど平穏な日々は永遠に続きません。今も後悔している事は数え切れないほど沢山あるわ。
自分の身体の体温調節ができなくなって地表を氷漬けにしてしまった事は何度もあったし、地上のみならず海中をも無酸素状態にしてしまって沢山の子供達が喪われました。
落ちてきた隕石を防ぐ事が出来なかったこともあるわね。そのせいでひとつの種を絶滅させてしまった事もあったわ。
でも嘆いてばかりもいられない。だってその間も新しい生命が次々と生まれていたのだから。
私の身体の上で繁栄と絶滅を繰り返す子供達の中で比較的新しく生まれた子達がいたの。
それが貴方達人類。
最初見た時驚いたわ。だって貴方達は寒さを凌げる毛皮も海を泳ぐ鰭に空を飛ぶ翼、それどころか獲物を狩るための爪や牙さえ持っていなかった。
私はこんな弱い子達が生き残れるかと心配で、ちょっと手助けした事があります。
風を吹いて風上にある食べ物の匂いを嗅がせたり、飲み水が見つからない時は雨を降らせたこともあるわ。
その時の
でも貴方達は、私の手助けに頼りきって生き延びたわけじゃないの。
か弱く持たざる者達だったけれども、貴方達には二つの大きな武器がありました。
それは集団でいる事と考えるという事。
一人じゃ弱い貴方達だったけれど、みんなで集まる事で様々な困難を克服していきます。
例えば寒波に見舞われた時は身を寄せ合い、食べ物が乏しくなれば分け合い、自分より大きな獲物も協力して仕留めていました。
仲間が力尽きた時は弔い、死の恐怖に打ちのめされる事なく次に向かって歩き出す。
そして考える。例えば見たことのない木の実を見つけた時、貴方達はすぐ口に入れず飛んでくる鳥が食べるかどうか観察していたわ。
自分達の身体に他の動物のような武器がないと分かった時も、近くの木や石を使って懸命に立ち向かい、闇に呑まれないように火を灯す術を発見した。
やがて貴方達は厳しい道のりを知恵で乗り越え、私の全身で独自の文化を発展させていきました。
その他の子達にはない多様性を見て、私も飽きる事なく貴方達の動向をずっと見てきたわ。
世界中に散らばった貴方達を見て心が痛んだ時があったわ。それは争いをしている時ね。
最初はお互いの不注意で起きた言い争いが、次第に殴り合いの喧嘩になり、最悪殺し合いにまで発展する。
それだけならまだしも、今度は自分が持ってない物を持っている相手に嫉妬して、無理やり手に入れようと隣の村や街や国にまで戦争を仕掛けていく。
沢山の命から発せられた濃い潮の臭いが私の鼻を詰まらせ、流れ出る赤が私の身体を染めていった……。
でも必ず、その行いが自分達の首を締める悪い事だと気づく人がいて、その人達の言葉と行動でみんな目を覚ましていくの。
大きな戦争が繰り返されるたびに、その行いを止めようとする人がいて平和になる。けれども再び戦争が起きて止める人が現れて……。
そんな無限ループのような毎日を繰り返していた貴方達に少しずつ変化が見えてきた。
小さな争いでさえ止めに入る人がいたのに、段々とそういう人がいなくなっていく。
そればかりか止めに入っていた人から喧嘩をふっかけるのを見たこともあったわ。
私の身体全体を巻き込むほどの大きな戦争も起こった。しかも新しい戦争が起こるたびに貴方達は新しい兵器を開発する。
まるで新しいおもちゃを与えられた子供みたいに目を輝かせ嬉々として人々の命を奪っていく。
ある日太陽よりも眩しい輝きが二度起こった時は本当に恐ろしかった。
貴方達が争った先に何があるの? 殺した相手の心臓を頭上に掲げて優越感に浸りたいの?
答える者は誰もいない。
二度の大きな戦争が終わった後、貴方達は平和に向かって歩み出した。
まだまだ争いは続いていたけれども、以前と同じように争いを止めようとする人も現れていた。
だから私はまだこの子達に希望はある。そう考えていたの。
そう考えていたのに……。
ある日私は異変を覚えた。悪臭が鼻をつき、海が汚れ、海底には分解し切れないほどの細かいゴミが積もっていく。
貴方達は自らを優先するあまり、周りの子達がどんな被害を被っているか考えなくなってしまった。
だから他の生物達が絶滅の危機に瀕しても気にする事なく、自分達の幸せを追い求めていた。
それは私の身体をも蝕み始めていった。
腐肉にたかる蛆虫のように、限りある資源を食いつぶし、老廃物をそのあたりに垂れ流していく。
貴方達は考えた事があるのかしら?
自分の食べ物を搾取され、その食べカスを目の前に放り捨てられた時どんな感覚が湧いてくるかを。分からないはずないわよね?
私は必死に怒りの感情を抑えつけ、貴方達に声を送り続けたわ。
もうやめて。これ以上私を傷つけないで!
でもやめてくれない。極少数の人が応えてくれて状況を改善するために動いてくれたけれど、大多数の人達によって黙殺されてしまう。
訴えを聞いてくれない。
痛い痛いの。やめてって言ってるのに何でこんな事するの!
ある時、頭を抱える私の心の中でこんな声が聞こえた。『実力行使するしかない』と。
どういう事か分かる?
貴方達の命を奪おうと、この手で生命の炎を握り潰してしまおうという事。
考えた途端、私の頭の中に様々な方法が思い浮かんだわ。
私が大きく息を吹けば建物や車なんて簡単に吹き飛ばせるし、身体を動かして大きな波を起こせば陸地ごと街を沈める事も簡単。
拳を振り下ろせば乾いた森はあっという間に火の手に飲み込まれ、吹き上がる灼熱の怒りは空を灰色で埋め尽くす。
それとも貴方達の頭上を覆う手を退けようかしら。太陽から吹く風で貴方達の細胞は破壊され瞬く間に死滅してしまうでしょう。
それでは人間だけでなく他の生物も死んでしまうって?
他の子達には何の罪はないものね。じゃあ
必死に対抗策を考えても無駄よ。考える時間も与えずに全て一瞬で終わらせてあげましょう。
運良く生き残った貴方達は、きっと私に命乞いするのでしょうね。
やめてくれ。なんでこんなひどい仕打ちをと。
でも貴方達が先に始めたのよ。今も私の身体を深く抉り、傷口に汚物を塗り込んでいるのは貴方達なのよ!
自分達が豊かになる為に他の子達を殺して平気な顔しているくせに我が身可愛さで命乞いする貴方達を許すとでも思うの!
もう身体は止まらなかった。気づいた時には地震、津波、火災、台風等。様々な災害が貴方達を襲うようになった。
でもある時、些細なきっかけで自分の行いが誤りである事に気がついたの。
まだ貴方達には、良心を持つ人や何にも染まっていない赤ちゃん達がいるのに、分け隔てなく殺そうとしまっている。
私は必死に身体を止めようとした。でも身体は止まらない。貴方達を排除しようとしている。
今も起きている自然災害は力のほんの一部にしか過ぎない。例えればそう肩を叩いている程度かしら。
必死に抑えているけれど、それも限界が近づいてきている。
だからその前に貴方達には気付いて欲しいの。貴方達は輝かしい未来という光に向かっているから気付いてないけれど、強い光は視界を狭める。
その見えない中で苦しんでいる存在が悲鳴を上げているという事に気づいて!
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