第二章 #3
「ドクドクさんちょっといいですか……機嫌良さそうですけど何かあったんですか?」
相変わらず周りから話しかけられない中で仕事をしているとセオイさんがそう問い掛けてきた。
「いいえ。何にもないですよ。それで何か用ですか」
と言ったものの、自分でもニヤニヤ笑いが止まらないことには気づいていた。
何故って、勿論あの女を好きに使っているからだ。
「そ、そうなんだ……」
僕の顔を見た途端、セオイさんは足早に去ってしまった。
マスク越しとはいえ、笑った顔が気持ち悪かったのだろう。
今までなら反省するところだが、人を従わせている喜びで胸がいっぱいでそれどころではない。
自分の事をアルデと名乗る女を、ここ数日ずっと顎で使っている。
家のほとんどは使わない荷物で埋まっていて自分のスペースしかない。
なのであの女にはリビングの空いているところを寝床にしてやった。
しまったままだったホコリ臭いマットレスとタオルケットを渡してやると、文句も言わず洗濯したそれを使って休むようになった。
今まで捨てていたゴミ捨てを任せる。するとしっかりと分別までして寝ている僕を起こさないように静かに捨てに行っているようだ。
食事の用意もさせている。初日の料理の材料はなんと、冷蔵庫で腐っていた食材を
それを聞いた時は驚いて、食べて数日経っているのに、お腹が痛くなったと錯覚したほどだった。
身体に不調はなかったが、精神衛生上よろしくないので、買い物に行かせている。
僕の給料は全ての僕のものなので、あの女には必要な分の金しか渡していない。
女は食事を取っていなかった。本人曰く食べたり寝なくても問題はないらしい。
自分が人間じゃないからか、それともやせ我慢しているかは分からなかった。
食料品の他に日用品など、こちらで書いたものを買いに行かせていた。
お陰で仕事帰りの疲れた時は勿論、仕事前に買い物に行くことなどもなくなり、その分をたっぷり睡眠時間に充てられるようになった。
仕事中に欲しいものがあったら家にいる女に連絡ればいい。
電話を持っていなかったので連絡手段はないのかと聞くと、女の方からある物を渡してきた。
それは鳩の形をした白いイヤリングで、つけたもの同士で口を動かさなくても会話ができる代物だそうだ。
どういう原理かは知らないが、片耳につけてみると、まるで鳴らした鐘の中にいるように女の声が僕の頭蓋骨の中を包み込んだ。
最初は初めての感覚に戸惑ったが、慣れれば電話するよりも簡単な連絡手段であった。
いつもは外しているが、用があればトイレの個室など人目のつかない所に行って耳につけ命令を下す。
そうすれば帰った時には頼んだ品物が家にあるという寸法だ。
因みに女はどんな時もイヤリングを耳につけている。僕の命令に備える為であるが、本人は『お揃いのイヤリングね』と言って嬉しそうにつけていた。
「お帰りなさい『ご主人様』」
仕事から戻った僕を出迎える女は深々とお辞儀しながら僕の事を名前ではなく『ご主人様』と呼ぶ。
これもお願いを聞いてやる交換条件の一つだ。一生に一度は呼ばれてみたかったのだが、実際呼ばれると耳の裏がゾワゾワしてくすぐったい。
だが今は慣れてきて、呼ばれるたびに僕はこの女より上の立場にいるんだと実感して悦に浸っている。
「これ洗濯しといて」
「すぐ洗うわね」
脱いだ服や靴下を投げ渡す。床に落ちたそれを女は文句一つ言わずに拾い上げた。
他人が見たらなんと酷い扱いをさせているかと思うのだろうが、実際には女はいつも笑顔だった。
自分がそんな立場だったらすぐに逃げ出すのだが、女はそんな素振りも見せず僕の命令に従っている。
だから僕も気分を良くして女をこき使う。
嫌だったら出ていけばいいんだ。向こうはこちらの要求を飲んだんだからな。
シャワーを浴びていると、新たに掃除させたい場所を見つけた。
ふと浴室の鏡が目に入る。湯気で曇って見にくいのに、僕が笑っているのがハッキリと分かる。
目は細められ、口は三日月の形に裂け、歯が剥き出しの欲望に満ち満ちた顔。なんて醜いのだろう。
だけど僕の心には何も応えない。だってこの顔になるのと引き換えに何でも言うことを聞く女を手に入れたのだから。
洗い終えた僕は、用意されたタオルで身体を拭き終え寝巻きを着てから女のところへ。
「あっ出てきたのね。夕飯の支度も出来てるわよ」
「おい。僕は風呂が入りたくなった。明日までに浴槽を綺麗にしておけ。分かっているだろうけど、僕が仕事行っている間に終わらせろ」
命令し、返事も待たずに用意された夕飯を口につける。
浴槽には使わなくなった傘などの粗大ゴミがアリの這い出る隙間もないほど詰め込まれていて、その浴槽自体も黒カビに浸食されていた。
男の僕でも見た途端やる気を失ったほどだ。絶対一人では終わらせられない。あの女は今度はどんな魔法を使うのだろうか。
翌日仕事から帰ってみると、女が変わらない笑顔で出迎えてきた。
「お帰りなさい。お風呂綺麗にしておいたわ。それとすぐ入りたいだろうと思って沸かしておいたわよ」
僕は信じられない気持ちで浴室を覗き込む。
だが嘘でも冗談でもなく、本当に綺麗になっている。粗大ゴミは跡形もなく消え浴槽のみならず、浴室全体の黒いシミたちが消え去っていた。
浴槽の中で沸いているお湯は無色透明で、とても昨日までカビが生えていたとは思えない。
「あんた一人でやったのか?」
「もちろん。ちょっと大変だったけどお掃除道具や洗剤に話を聞いて、どれがカビに効果的か教えてもらったの」
「粗大ゴミは?」
「費用が安くて親切な業者さんを探して頼んだわ。一時間ぐらいで全部片付けてもらったの」
すっごく助かっちゃった。という女。
だが僕は別のことで怒りが湧き上がる。
「そんな事したら家が汚いゴミ屋敷だって周りに思われるじゃないか!」
「大丈夫。ご近所の迷惑にならないように手早く終わらせたから」
いや、絶対バレてる。今頃マンション中の住人が僕の家の話題でもちきりになっている。待てよ。あの女が家にいることもバレてしまったんじゃないか。
この日は自分の考えの浅はかさに腹が立って、風呂も食事も取らずに不貞寝した。
周りから変な目で見られてると思っても、仕事に行かないといけない。僕の代わりに仕事できる人間はいないし、休んで評価を落とされて時給が減るのも困る。
お腹が空いたので、昨日の残りを食べて出勤する。
女には目立つことするなと言っておいた。
外に出ると、住人と思われる女性とすれ違う。驚いたことに通り過ぎた後に声をかけられた。
「あなたのところにいるアルデさん。とってもいい人ね。
昨日もお部屋の片付けしていたみたいだし、いつもあなたのことたくさん自慢しているのよ」
僕は何も言い返せなくて、ただ愛想笑いを浮かべながらその場を後にした。
ゴミ屋敷とか女を連れ込んでいるとか、変な目では見られていないらしい。
むしろ僕の評価が上がっている。本来は嬉しいことのはずなのかもしれないが、僕は違う。
あの女はまだ分かってないようだ。どれだけ持ち上げたところで、僕が向こうの願いを聞いてやるつもりはない事を。
外堀から固めようとしているみたいだが、絶対あいつの望み通りの行動なんて取らないからな。
ある休みの日の朝。人間なら到底実現不可能な要求を女に求めた。
「僕を子供の姿に変えてくれ」
自分の容姿が大嫌いな僕は、少年の姿になることを望む。子供はみんなから愛され守られる。
ならば少年の皮をかぶれば、無条件で全ての人から愛されるはずだ。
もちろんこれは出来ないと見込んでの要求だったのだが、女はあっさりと了承すると直ぐさま行動に移った。
息がかかりそうな距離まで近づいてくると、無精髭だらけの頰に両手を添えてくる。
思わず息を潜め目を逸らそうとすると、動かないでと言われてしまい女が許可を出すまでそのままでいた。
オレンジオパールの瞳が僕の瞳を覗き込む。そこに目的の物があったようで女が離れていく。
「何を見ていたんだ」
距離が離れたので、深く息を吸いながら質問しあ。
「ダット……ご主人様がなりたい理想の姿を確認したの。今から姿を変えていくから瞼を閉じて」
「僕が見ていない間に何かしようというのか」
女は、自分の身体が変わっていく様は相当衝撃的な光景なのよ。と脅してきた。
冗談を言っている雰囲気でもなさそうなので、素直に目蓋を閉じる。
少しすると鼻先に柔らかくて温かいモノが触れたのを確認した。
ほんのりと甘い匂いがするから女の掌かもしれない。
直後、身体中から異音と激痛がしてきた。
全身の骨という骨が圧縮され、筋肉が万力に締め付けられていくような痛みが一瞬にして全身に広がり、そして一瞬で治まった。
「目を開けてもいいわよ」
女の言葉で瞼を開けると、着ていた寝巻きが大きくなっていた。
いや違う。僕の全身が縮んでいたのだ。
身体が小さくなった分、頭の大きさがそこまで変わっていないので、立ち上がるとよろけそうになりバランスを取るのが少し難しい。
苦労しながら立ち上がると、今まで着ていた物が全てずり落ちた。
そこで気づく。僕は生まれたままの姿で女の前にいた事に。
女は少し顔を赤らめると、頰に手を添えながらこう言った。
「可愛い」
「いいから着るもの早く持ってこい!」
タンスの奥に入っていた子供服と下着を身につける。
赤いセーターに半ズボンと一昔前の子供の格好だ。
僕はその格好のまま財布を持って外に出てみる事にした。
「ご主人様」
ドアノブに手をかけたところで、呼び止められた。
「元の姿に戻りたくなったら言ってね」
「戻る気なんてないよ」
変声期前の女の子のような声で一蹴してドアを閉めた。
歩いてみると、幼くなった分世界が大きく見えて新鮮な気分だ。
特に違いを感じたのは体力だった。
いつもなら運動不足で歩くのさえしんどく感じていたが、子供の身体になった途端、まるで羽が付いているかのように軽く歩ける。
歩いているうちに意味もなく走りたくなった。駆け出してみると景色がすごい速さで通り抜けていく。
この小さい身体のどこにこれほどの体力が秘められているのか。不思議でしょうがなかった。
通りすがりの大人達が僕の走る姿を見てくる。
みんな一様に微笑ましい顔をしていて、僕が不細工な三〇代の時には感じられなかった感覚だ。
目的地はネットで探した欲しい本が売っている本屋だ。
子供料金で切符を買って電車に乗り込む。今まではなんの感想もわかなかった窓から見える景色が全て新鮮に見える。
今日は雲ひとつない青空で、柔らかい日差しに照らされた家々がまるで日向ぼっこしているように見えた。
乗っている電車が赤信号で並んでいる自動車達を追い抜いていくのを見ると、自分がすごく足の速い存在になったような錯覚を覚える。
運転席の方に近づくと、そこから運転手と沢山の計器が見え、外の景色が凄い勢いで前から後ろに流れていく。
まるで自分が運転しているような気持ちになって、電車好きな子供の気持ちが少し分かるような気がした。
思わず前のめりで見ていると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
振り返ると、乗っていた子供連れの女性がまるで自分の子供がはしゃいでいるのを見ているかのような優しい笑顔を浮かべていた。
僕は嬉しくなると同時に恥ずかしくなって慌てて次の駅で降りた。
降りた先は偶然にも目的の駅だった。本屋に行くと欲しかった本が売っていて無事に買うことができた。
今人気のヒーローが活躍するミステリーで店員が『こんな難しいの読めるなんて偉いね〜』と言ってくれた。
時刻は昼過ぎでお腹が空いたので、フライドチキンが美味しいファストフード店を探す。
地図を見ていると駅員に声をかけられたので、目的の場所を尋ねると心良く案内してくれた。
その店の店員も僕の容姿を見て笑顔で接客してくれ、おまけにお金を払っただけなのにちゃんと払えて偉いねなんて褒めてくれる。
やっぱり子供の姿が一番だ。この姿のままが一番幸せになんだ。
帰りの電車に乗り込んだ僕は切符と財布を別々のポケットに入れて空いていた椅子に座る。すると遊び疲れたのか物凄く眠くなってきたので駅に着くまで起きている事が出来なかった。
ガタンと小さな振動で気がついた。どうやら電車が停車したらしい。
案内板を見ると降りる駅だった。ドアが閉まるチャイムが鳴ったので慌てて降りた。
ギリギリで降りてしまったせいで周りの人から変な注目を浴びてしまったので、足早に駅を後にする。
この後は帰るだけなので、夕飯でも買って帰る事にした。もちろん自分の分だけだ。あの女はいつも通り作っているだろうが、僕が食べないと知った時どんな顔をするのだろうか。
考えるだけで笑いが止まらない。
今日はいい気持ちなのでそれに見合う美味しい物がいい。
そうだ。駅の地下のスーパーに気になるお惣菜店があったっけ。
僕はそこで買い物をする事に決めて早速向かう。
行ってみるとちょうど揚げたてが出来たらしく、綺麗な油で揚げられた狐色のトンカツや香辛料の効いた唐揚げの匂いが僕を引きつけてくる。
気になる商品を一つずつ買い、財布を取り出そうと後ろのポケットに触れた時だった。
全身から冷や汗が吹き出る。
そこにしまっていたはずの財布の感触が無く、ポケットが空っぽになっていた。
他のポケットに手を入れたり目で確認するが見つからない。
買い物した袋の中も見てみたが、買った本しか入っていない。
まさか落とした?
視線に気づくと、さっきまでニコニコしていた総菜屋の店員が真顔でこちらを見ている。早く払わないと不審に思われる。
しかし財布はどこにもない。
店員が声をかけてきた。何か言い訳を考えないと。大丈夫僕は可愛い子供の姿をしているんだ。怒られるわけない。
でも店員と目が合った途端、凍りついたように頭が真っ白になってしまった。
「あの、えっと、お、お財布が……すいません!」
口は麻痺したように動かず、何とか謝罪の言葉を口にして逃げるようにその場を後にした。
後ろから呼び止められたような気がしたが、早く自分の存在をこの場から消したくて全速力で走った。
店を後にしてから、財布をどこで落としたか考える。
帰りの切符は持っていたという事は、駅か電車の中で落としたのか。
帰りに居眠りしたことを思い出す。もしかしたら慌てて出てきた時に落としたのかもしれない。
僕は駅員にその事を話した。けれど真剣に取り合ってくれない。なんで、まさか僕が子供の姿だからか。
何度聞いても『今確かめてるから待ってて』の一点張り。挙げ句の果てに後ろの客の対応を優先する始末。
他の奴のことなんていいから、僕の方を優先しろよ。こっちは子供なんだぞ。
早く見つけて欲しいから、僕は中に入っている金額を教える。
今にも泣きそうな声で懇願する。大人が聞いたら絶対無視できないはずだ。
「早く見つけてください。中には一万円入っているんです」
少ない給料から引き出した万札が財布に入っているのだ。あれがないと今月の生活が苦しくなる。
駅員がこちらを見た。でもその顔はこちらを小馬鹿にした半笑いだった。
「君みたいな小さな子が一万円だって? 冗談言っちゃいけないよ」
信じてくれない。子供だから馬鹿にしてる。怒りが頭を沸騰させる前に周りの声が冷水のように浴びせかけられる。
「あの子、ずっと駅員と話してて邪魔なんですよ」
「最近の子どもは財布に一万円入れてるのか」
嫌だ。こんな事で注目を浴びたくない。
見ると大人達が僕に槍の穂先のような鋭い視線を向けてくる。
その鋭さは僕の心を遠慮なく突き刺しえぐり回してきた。
耐えられなくなった僕は、もう財布どころではなくなり直ぐにその場から離れた。
目から溢れる水で視界が滲む中、走って走って走り続けた。
誰も助けてくれないなんて、子供はみんなから守られてるんじゃないの。
爪先が何かを引っ掛けたと気づいた時には、僕は受け身も取れずに思いっきり転んでしまった。
幸い周りに人はいなかったので醜態を見られる事はなかったが、起き上がると膝に痛みが走る。
半ズボンで剥き出しの両膝はアスファルトで擦ったらしく、大きな擦り傷ができていた。
痛みと情けなさで涙が滲むと同時に、傷からも血が滲んでくる。
追い討ちをかけるように突然の雨が降ってきて、その場で蹲ったままの僕は一瞬にして濡れネズミになってしまった。
財布をなくして転んで雨に打たれている僕を助けようとする人間は誰一人現れない。
膝の傷に雨粒が当たる痛みが不意に途絶える。それどころか全身を揺らしていた雨が当たらなくなった。
止んだわけではない。現に雨が降る後は聞こえている。僕の周りだけ雨が当たらなくなっていた。
見上げると僕はピンク色の傘に覆われていて、それを持っている人物はあの女だった。
「あんた……」
「何があったか聞く前に一度家に帰りましょう。傷の手当てをしないと」
どうやら僕は自分の家の目と鼻の先で転んだらしい。
なんで僕のところに来たのか尋ねると『偶然よ偶然』と言ってはぐらかされてしまった。
「いっつ……!」
椅子に座り、消毒液が傷口にしみるのを堪えながら、ことの顛末を話す。
「そうお財布が……それは見つけないといけないわね」
「もういいよ。疲れた」
財布にはクレジットカードなども入っていて止めてもらわなければならない。だがもう今日は何もしたくなかった。
「駄目よ。大切なものなんだから早く取りにいきましょう」
女は目の前で目を閉じている。
「取りに行くって。どこにあるか分かってるみたいな口調だな」
「ええ。今お財布に聞いたら場所を教えてくれたわ。取りに行く? それとも取りに行かない?」
目を開いた女が伸ばした手を僕はなんの躊躇いもなく掴んで立ち上がる。
びしょ濡れの服を着替えた僕は、女と共に財布が保管されている場所へ向かう。
女はまるで本当の母親のように、僕が財布を落とした事を丁寧に説明していた。
落としたのはやはり駅であった。だが僕が降りた駅ではなくどうやら電車で別の駅に行ってしまったらしい。
だから駅員も見つけるのに手間取っていたのだろう。
先程とは違う初老の駅員が僕の財布を持ってきた。
女が一歩引き、僕が窓口に立つ。
「えっとごめんね僕、身分証とかは持ってるかな?」
「……いえ、持ってないです」
咄嗟のことで準備するのを忘れてしまった。
「お財布の中には身分を証明できるもの入ってるかな?」
マイナンバーカードが入っている事を伝えると、駅員が見つけたそれを取り出して確認し始めた。
カードを見た途端険しい顔つき。しまった。その写真はつい最近撮ったもので、今の子供の姿とは似ても似つかない不細工なもの。
これじゃ本人証明ができないと思ったのだが、
「はい大丈夫だね。このお財布はお返ししますね。良かったね見つかって」
初老の駅員は『今日老眼鏡忘れたな』と言いながら僕に財布を渡してきた。
まさか身分証見ても不審に思われないなんて、どうなってるんだろう。
「どうもありがとうございました」
女が礼を言ったのに釣られて、僕もお礼の言葉を言う。
「あ、ありがとうございました」
「じゃあ行きましょう」
女が手を伸ばしてきたが、人目が気になって伸ばされたそれを無視した。
家に帰ってきてから、財布の中の物が何も盗られていない事を確認した僕は、気になってマイナンバーカードの写真を見てみる。
驚いた事に、そこに貼られた写真は今の子供の姿の僕で、それだけではなく生年月日まで今の姿に対応した数字に変わっていたのだ。
翌日。僕が元の姿に戻ると、生年月日はもちろん、写真も元通り不細工な状態に戻っていた。
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