最後にシンボルを

第58話 祝・全線開業

「いやぁ、足掛け何年だ。長かったな」


 感慨深げに呟くラエルスの眼前には、立派な装飾で彩られたオルカル駅があった。

 とうとう全線開通と相成ったリフテラートからの鉄道の開通式だ。


 初めて鉄道が出来た時のことを思い返してみる。近くの鉱山までの路線だったが、あれだけの路線でも皆は初めて見る鉄道というものに大喜びしてくれた。


 それ以降はなけなしの財産を切り崩しつつ延伸また延伸。思えばリフテラートの領民たちにもずいぶん出資してもらった。ちゃんと償却できているだろうか。


 その後は海軍の協力も得られて、建設は急ピッチで進める事ができた。結局王様たちの乗るお召し列車は一度しか運転していないが、今となってはどうでもいい。


 そういやリフテラート駅建設の際に立ち退き反対を唱えたミゼルという頑固オヤジ、そしてイルファーレンの商工会。ここまで発展し民に取って無くてはならない存在となったって鉄道を見て、今頃どこかで臍を噛んでいるのだろうか。


 臍を噛んでいると言えば陸軍の好色将軍もだ。恐らく王立鉄道の方に深く関わっているのだろう、対抗心で作ったのが見え見えである。


 今日はこちらの鉄道の開業日、当然人心は王立鉄道には向かずラエルスの鉄道の方に向いている。

 1日ぐらい、と向こうは思っているかもしれないが、今後はシェアを根こそぎ掻っ攫う予定だ。ミアナ、そしてグリフィアに言い寄った罪は重いと知れ。


「どうしたラエルス、変な顔して」

「イーグルか。いや、ついにここまでって思うと色々思い出しちゃってな」

「俺は途中参加だからな、詳しい事は知らんが色々あったんだろ」

「ま、色々な。でもこうしてみんなと一緒にこの日を迎えられたんだから、今までの苦労も無駄じゃなかったんだってな」


 思わずそんな事を言うと、イーグルは大笑いする。彼とて、故郷で自慢の腕を振るう事なく農作業に勤しんでいるより、ここで自分の技術を色んな人に叩き込んで鉄道の安全に貢献するほうがやりがいがあると言ってくれている。


「ま、冒険者の時からお前は苦労人だったからな。要らん問題まで持ってくるし」

「それ、多分3割ぐらいミアナのせいじゃん?」

「そうだな!」


 そう言って二人で笑うと、話のネタにされたミアナの声が聞こえてきた。


「ちょっとー?なんか今悪口が聞こえてきた気がするんだけど」

「おう、ミアナもトラブルメーカーだったよなって話」

「うっ…」


 心当たりがあるのか言い返せないのだろう。王族相手にタメ口聞くわ迷子になるわ、その道中で案内してもらった人のお悩み相談と解決までやるわ。

 とにかくミアナは困っている人がいると助けずにはいられない性分のようで、それがまたラエルスの感性とも合ったのかグリフィアとイーグルの制止も何のそので色んな事に首を突っ込んだものである。


 と言ってもそうやって大なり小なり色んな問題を解決してきたおかげで、魔王を倒して凱旋した時の熱狂があるわけだ。そう考えると感謝もしている。いや、トラブルの数と比べるとトントンだろうか。


 で、そんなミアナも今は居候を脱し、リフテラートの街中に居を構えている。

 元はと言えば食堂車のメニュー開発のために呼び寄せたのだが、存外料理にハマったのとリフテラートの居心地が気に入ったらしい。今ではルーゲラさんの大衆食堂で修行中なのだとか。


「ま、あんたも大概だったけどね。最初の頃なんてそりゃもう……」


 次に口を開いたのはグリフィア、出会った頃から自分を支えてくれた共にして、生涯の伴侶だ。


「待て待て、最初の頃は仕方ないだろ」

「でもねぇ、まるで大人なのに生まれてきたばっかり見たいな感じだったし。ま、ある意味事実だったんだけどさ」


 初めて魔法でファイヤーボールなんて作れた時なんて、それはもう人生一嬉しかったと言ってもいいかもしれない。健全な地球の少年なら、自分の手で魔法が発現させられたなら喜ぶと思いますよ。


「それが今じゃこれよ」

「これってなんだよこれって」

「ヘタレだってこと」


 痛い所を突かれた。結局のところ、未だにグリフィアとの間に愛の結晶とも呼べるモノはない。それどころか、公式には夫婦という事にもなっていない。鉄道が一段落するまではそのつもりは無いのだが、世間体がそろそろ許さないらしい。


「で、これ以上何かやるの?」

「あ、ああ。鉄道の建設自体は一段落したし、最後に総仕上げがあるからそれが終わったらな?」


 精一杯の虚勢で答えると、グリフィアは顔を赤くして俯いてしまった。やだかわいい。


「はいはい、主賓が公然といちゃつくんじゃないよ」

「そうさね! リフテラートを救った英雄サマには、シャンとしてくれなきゃ困るよ!」


 次に声をかけてきたのはミノさんとルーゲラさんだ。二人ともしっかり招待し、わざわざリフテラートから来てもらった。今は見慣れない正装に身を包んでいる。


「二人とも、わざわざありがとうございます」

「やめなよ、英雄サマが気軽に頭を下げるもんじゃないよ」


 そうルーゲラは言うが、こっちの価値観はこの世界に来てもほとんど現代日本人のままなのだ。偉そうに振舞えという方が酷である。


「いやしかし、最初に鉄道なんて聞いた時にはなんじゃそりゃって感じだったし、オルカルまで一昼夜で行けるなんて夢物語かと思ったけどねぇ」

「それを本当にやっちゃうんだから大したもんだ」

「いえ、皆さんの支援があってこそです。特に最初の頃は、リフテラートの街の皆からの支援が無いと正直キツかったです」


 初期の頃、リフテラートの色んな店や商会から少なからぬ額を支援してもらったことがある。全線開通に漕ぎつけられたのは、その結果と言ってもいい。

 おかげで寂れるのを待つだけだった第二の故郷リフテラートは、今や国内外から観光客が訪れる有名観光地になってしまった。ルーゲラさんの大衆食堂は観光シーズンともなれば待ち客が大勢、ミノさんの宿も最上階でさえ埋まる日が続くこともあるという。


 その他の路地裏にあるようなお店も、あまねく観光ガイドに乗せて紹介したおかげか客足が絶えないそうだ。

 街の観光資源と言える美しい町並みと美しい海は、いつ来てもその姿を変える事は無い。正確に言えば暑い時期に来れば海水浴が出来るし、乾燥した時期に見る夕日は格別だ。外国から来た人にも受けがいい。


「そういや、あの二人はどうしたんだい」

「ジークとルファですか。彼らなら……」


 目線の先には各界のお偉方に挨拶する狼兄妹の姿があった。二人とも正装なので、こうして見ると主賓の従者にはとても見えない。


「ジークは才能があるので、このまま鉄道の方で働かせてみようかなと思ってます。ルファもあれでやる気十分なので、今後の計画のために今から練習させておこうと思って」

「へぇ、何やるんだか知らないけど、それだと従者いなくなっちゃうんじゃない?」


 それはごもっともである。何せ2人は、あの広い邸宅の清掃やら身の回りの整理整頓等々を行う為に雇われた従者。元はと言えば、奴隷として売られる寸前だったのをラエルスたちのパーティーが助けた経緯がある。


 その事に2人は過分な恩義を感じているのか、こうしてラエルスの突飛な話にもちゃんと付き合ってくれている。


 とは言え、正直なところ2人の助けがいるという程でも無かったりする。料理はなんだかんだグリフィアがやる事もあるし、家の清掃なんて風魔法でちゃちゃっとやってしまえばいい。


 一般的な貴族ほど調度品にこだわるわけでもなく、住みだして随分経つが居間の家具は最初に用意されていたものから変えていない。


 それに……


「俺にはコイツがいれば十分なので」

「ちょっ……」


 傍らにいたグリフィアをかき抱く。慌てたような声をあげるがお構いなしだ。


「おうおう、若いっていいねぇ」

「早く身固めなさいよ本当に」


 追求される前に2人の呆れた声を笑って躱すと、いよいよ主賓挨拶の時間だ。


 念願の全線開通は成った。ヒルトースからリフテラートの既存の開通区間も順調に利用客は増えているし、ようやくオルカルまで繋がったところでもっと鉄道の利用は旺盛になるだろう。


 演壇に立つラエルスは今までの多大なる協力を深く感謝すると共に、次のプロジェクトで表立っての活動から降りると宣言した。

 会場が僅かにどよめいたが、もう良いだろう。一からこの鉄道を興し、ここまで作り上げたのだから。


 後は総仕上げを残すのみ。でもやっぱり、ドワーフ達のところに相談に行かなくちゃなぁと、用意された原稿を喋りながらラエルスは一人思うのだった。

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