第57話 自走式客車
旅客列車は人が乗る客車と、それを牽引する機関車に分かれる。
当然機関車が先頭に立っていなければならないので、終点に着いたら機関車を先頭に付け替える機回し作業が行われる。蒸気機関車の場合はバック運転では何かと都合が悪いので、
「つまるところ、効率が悪いんですよ」
「と言ってもなぁ、それが鉄道ってモンじゃないのかい。正直それを補って余りあるほどの便利さなんだし」
こんな初歩的な話を、今はドワーフのアグロをはじめとする沢山の技術者としていた。新しい車両開発の依頼の為だ。
「確かにそうなんですけどもね。ですが列車の本数が増えるにつれて、この作業は煩わしさを伴ってきます。なので理想としては、この作業を無くせた方が良いのです」
「それは分かるけど、だったら機関車を両側に付ければいい話じゃないか?」
「すると協調運転が難しいのです。後ろの機関車を火だけ入れた状態で無動力にするならば、それは死重となるので先頭の機関車の負担が重くなってしまいます」
ディーゼル機関車や電気機関車であれば、列車の両端に機関車を連結して折り返しの手間を省いたパターンは存在する。和田岬線などが有名な所だろう。
これらは2両以上の機関車を電気的に接続し1両の機関車で全ての機関車を制御する、総括制御と呼ばれる運転方式が出来たからだ。
だが蒸気機関車ではそうはいかない。
"蒸気機関車は生き物"とさえ言われるほど、その運転操作には細やかな配慮と熟練した技が必要となる。車両ごとに癖もあるので、とてもじゃないが統括制御などできはしない。
峠越えのように両端の機関車に機関士と機関助士を乗せて運転する方法もあるが、これでは人件費も手間もかかりすぎる。かと言って後ろにぶら下げているだけでは、1両あたり100トン以上にもなる車体は重荷でしかない。
「なので蒸気機関を小型化して、こんな車両を作ってほしいのです」
「ふむ、なるほど…」
ラエルスの描いた青写真を覗き込んだドワーフ達の口角が上がった。未知の技術への好奇心とでも言うべきか、こういう顔をした時には大体短時間で仕上げてくるのだ。
*
オルカルまでの開業を目前に控えた頃、ついに自走式客車が完成したという報告が入ったのでマグラスへ視察に訪れた。マグラスの車庫の片隅にはドワーフ達専用の研究所が設立され、新技術を盛り込んだ車両もここで作られる事になっている。
そしてラエルス達の前に姿を現した自走式客車は、ある意味想像を超えるものだった。
「おお…輸送力を重視でとは言ったけど、こういう形で実現するとはなぁ」
「見慣れない形だねこれ」
試運転線に置かれた車両は、短めの客車を2両連結したようなものだ。だが車両間の台車は一つにまとめられ、2両で3つの台車と言う構造になっている。
「連接台車のことは一応技術として伝えてはいたけど、まさかここで再現するとは」
「れんせつ?」
「そうそう。あんな感じで二つの車両で一つの台車を共有する構造のことだ」
連接車は日本では採用例が少ないながら、小田急電鉄のロマンスカーや江ノ電、各地の路面電車で使われている。構造が特殊故に保守も難しく、JR東日本では試験的に導入したが結果的にはその車両は廃車となっている。
日本で客車での採用例は無く、強いて言えば廃止された釧路の太平洋石炭販売輸送専用線で使われていた石炭運搬用の貨車が、連接貨車という珍しいものだった程度だ。
「一車両当たりの長さは13.5メートル、2連接で客車1両よりも長い。あの台車を使えば、蒸気機関の制御のための配管も繋ぎやすいってわけだ」
アグロが自慢気に説明する。確かに客車1両に蒸気機関を載せるスペースも考えると、客室部分は少なくなってしまう。そこであえて連接構造として、客室部分を広く取ったという訳だ。
当然馬力が問題となるわけだが、ドワーフ達の事なのでそこもしっかり解決されていた。すぐに行われた試運転での加速力が、ラエルスの予想以上に早かったことが何よりの証左だ。
近郊区間の運転なので車内は普通車のみだ。ドアは前後に付いており、蒸気機関部には無いので全部で3か所。車内は中央部のみ向かい合わせのボックスシートで、それ以外はロングシートだ。日本ほどの通勤ラッシュにはなるまいが、たくさん人が乗れるに越した事は無い。
また蒸気機関がある方とは反対側に、少ないながら小荷物と郵便を載せられるスペースもある。
国鉄式の車両名称に合わせれば、ジハユニとでも言えばいいだろうか。いや、改称後で言えばキハユニでいいのだろうか。どうでもいいか。
さて蒸気動車とも呼べるこの車両は、非力だったことから大々的に採用されたわけではない。日本では1905年に瀬戸自動鉄道(現在の名鉄瀬戸線)において使用されたのが最初である。
その後も関西鉄道の一部区間(現在のJR大和路線)や近江鉄道、博多湾鉄道(現在のJR香椎線)などに導入されたが、蒸気機関とは反対側の運転台を使用する際には投炭を行う機関助士に伝声管を通して指令を出したりと運転操作に手間がかかった。
ゆえに段々と新型のガソリン気動車に置き換えられ、使用されなくなっていったのだ。
もっとも第二次世界大戦中には、石油燃料の不足から動態保存されていた蒸気動車が車庫から引っ張り出されて各地で活躍したという。
もちろん終戦後はお役御免、今では名古屋のリニア鉄道館に保存車両が残る程度だ。
「これが開発した沿線をひっきりなしに走るという訳ね」
「15分間隔だからな。乗合馬車ならともかく、鉄道でこれをやるのは大変だ」
オルカル近郊区間は所要時間約40分だ。そこを15分間隔で走るので、予備編成を含めて最低でも9本必要だ。開業までには間に合わないのでしばらくは暫定ダイヤでの運転となるだろうが、そこまですぐに住宅地に入居して沿線人口が増えるわけでもなさそうなので大丈夫だろう。
「でもこれまでの列車に比べると短くて、小回りは効きそうだけど長い列車を見慣れたお客さんは不安がるんじゃない?」
「確かにな。でもそれは安心だ」
「なんで?」
「そうだな。王立鉄道の方は長い列車を1時間に1本ぐらいの頻度で走らせてるだろ?そっちに乗ろうと思ったらどうする?」
質問にグリフィアは少し考え、やがて口を開いた。
「あらかじめ時刻表を確認してから乗るかな。気軽に駅に行って行っちゃったばっかりなんて言ったら1時間も待つんだし」
「そうだな。では15分おきに列車が来るなら?」
「なら行っちゃったばかりでも安心ね。15分ぐらいなら待てるし」
「それだよ。別に普段と違っても列車は列車。お客さんもやがて慣れるし、慣れれば当然便利な方を使いたがる。ひっきりなしに列車が来た方が使う方としては便利だし、あとは慣れの問題だよ」
昔の国鉄では、東京や大阪のいわゆる国電と呼ばれるエリアでは高頻度の運転が行われていたが、それ以外の地方都市ではいくら人口が多かろうとも普通列車は1時間に1、2本で、後は優等列車や貨物列車が占めていたのだという。
つまり山手線や大阪環状線は5分も待てば次の列車が来るのに、仙台や札幌、広島や福岡などは当時から大都市であったのに1本逃すと次の列車までが長いという状態だったのだ。
だが国鉄末期、新幹線の建設による優等列車の減少や貨物列車の減少により線路に余裕が生まれ、またマイカーの普及による道路渋滞もあって鉄道輸送が見直される事となった。
そうでなくても国鉄末期は労組と会社との衝突によるストライキでたびたび列車は運休し、国鉄離れが進んでいた。そのため「労働量が増える」と反対していた組合を説き伏せ実施されたのが、シティ電車方式と呼ばれるものだった。
これは簡単に言えば、列車の増発である。わかりやすく言えば、12両編成が1時間に1本という風に走っていた列車を、4両編成にした代わりに1時間に3本走らせると言ったやり方だ。
ダイヤは統一された15分間隔や20分間隔のパターンダイヤで分かりやすくし、車両も改装したり新車を投入したりしてグレードアップを図った。
もっと最近の話で言えば、2006年に開業した富山ライトレールがいい例だ。
全線富山市内を走りながら日中は1~2時間に1本だったJR富山港線を、|
LRT《次世代型路面電車》とした上で本数を大幅に増やした。結果として利用客は平日で2倍以上、休日では3倍以上になったのだ。
ちなみに国鉄時代では余った特急用車両を普通列車用に改造して車両不足を補ったり新しく駅を作ったりもしたが、全て一から作るこの鉄道では関係ないことだ。
「という訳で、本数はあった方が利便性はいいってことだ。慣れの問題だし、座っていける代わりに1時間待つんだったら、短距離利用だったら立ってでもすぐ乗れた方が良いだろ」
「確かにね。確か綺麗な15分間隔にするんでしょ?だったらパターンだけ覚えちゃえば、あとは時刻表無くても乗れるもんね」
オルカル近郊の15分間隔で運転する区間では、時刻は綺麗に整えたパターンダイヤとしている。必要とあらば急行列車を待たせてでもだ。
分かりやすい時刻表は即ち利便性の向上であり、それは乗客増につながる。静岡県は浜松を走る遠州鉄道も、かつては11分間隔という分かりやすいようで分かりづらいダイヤだった。しかしこれをあえて12分間隔に減便し代わりにどの時間も発車時刻が揃うように改正したところ、乗客数が増えたのだという。
「なるほど。これもラエルスの元居た世界の知識ってわけね」
「知識と言うか何と言うかな、全部二番煎じだし」
「にばん?」
「せんじ?」
説明するのはやめることにした。
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