第55話 乗客は電車が創造する
延伸区間の沿線は、大半が人家もまばらな平原だ。当然まともに走らせたのでは、人もいなければ運ぶ物も無いので利益など出るはずもない。
普通はこれまでやってきたように、街のある場所や運ぶものがある場所に線路を敷くのが定石だ。だが今の状態では街のある場所は王立鉄道が走っており、この定石通りに線路を敷いてしまえば客の食い合いとなってしまう。それではお互いにとって良くないし、共倒れになってしまえば目も当てられない。
そこでほぼ無人の原野に線路を敷いたわけだが、建設した当初の殺風景な景色はどこへやら。今では見違えるような光景が広がっていた。
「ずいぶんと整地したのねぇ」
「これが街の基本の形になるのね。なんか街っぽくない感じ」
「上から見ると綺麗なもんだろ」
浮遊魔法を解除して地面に降り立ったグリフィアとミアナがそんな感想を口にした。
確かに普通のこの世界の街はと言えば、基本的に無秩序である。ほぼ場当たり的に拡張した街だったり、もしくは城郭都市として堅固に作られた高い壁の中に縦横無尽に道が敷かれている。その様はまるで、コーヒーを飲ませて酔っぱらった蜘蛛が作った巣のようなものだ。
国の方針によって作られた新しい街では道がしっかりと整備されている所もあったが、そうでなければ大体は初めて来た人なら迷う事が多い。色んな街で何度ミアナを探した事か。
さてラエルスの作った街は、まず駅前に乗合馬車も発着できて催事も行えるような大きな交通広場を整備し、そこから放射状に道を伸ばした。道の先同士を結ぶ環状道路を作れば、上から見ればまるで円形の街となる。地図でもあれば誰でも迷わずにどこへでも行ける事だろう。
街の参考にしたのは現在の東急目黒線、多摩川線を建設した目黒蒲田電鉄の前身となる、田園調布株式会社が作った田園調布の街並みだ。今や高級住宅街として名高いこの街も、最初はど田舎に突如作られた町だったのだ。
このような計画された街をいくつかの駅ごとに作り、最初から家を建ててそれを売る。この世界ではマイホームという概念が薄く、あくまで自分の家と言っても貸家であることが多い。
だがここでは家を建て、それを
「公園もあるし駅前には直営で商店も作るんでしょ? なんて言ったっけ、スーパーマーケットだっけ」
「そうそう。これまでは肉屋とか八百屋とか魚屋とか、それぞれのお店で買わなきゃいけないものを全部一つにまとめたものだな。その方が買い物も楽だろ」
「そうねぇ。夏のお魚とかは買う順番を考えないと、買い物してる間にダメになっちゃうし。これだと全部一度に買えるんだものね、リフテラートには作らないの?」
「もちろん作る予定さ。だけど元からある街だと、色んな個人商店に声をかけなきゃだから時間はかかるだろうけどな」
これまでの買い物と言えば、グリフィアに話したように各種の食品を取り扱う色々な個人商店を回るのが普通だった。中には一つの店でまとめて色々売っている店もあるにはあるが、全ての品物を取り扱う店と言うのは極めて少ない。
ラエルスは元の世界のスーパーに倣って、総合商店とでも言えるような店を直営で開くことにしたのだ。店は全て駅前かその近く、鉄道で品物を運びやすい場所にしておく。
街を作るのに食べ物を買うところも無いのでは、住みたがる人もいないだろうという訳だ。
「それで極めつけに、オルカルの近くに作った大きな公園ってわけね」
「何せ遊ぶところが無いからな。まぁ魔王軍との戦争の渦中にそんな暇が無かったのは分かるけど、もう平和な世の中な割にはこういう施設が増えないなとは思ってたしな」
オルカルから数駅の場所には、巨大な公園を整備した。子供が喜びそうなアスレチック遊具や、この世界ではあまりポピュラーではないが音楽ライブも出来るような音楽堂。近くを流れる川から水を引き込んで親水公園のようにしたゾーンもある。
何より目を引くのが、動物と共にショーを行うサーカスだ。これも鉄道会社として募集して、名高い演者たちを集めて設立したものだ。客寄せ策の一つである。
ここまでの街作りやサーカスなどは、全て東急電鉄や阪急電車を参考にしたものだ。
現在の阪急宝塚線を作った箕面有馬電気軌道は、当初は田んぼ以外何もないような場所に線路を敷いた。当初は当然採算に疑問を持つ声が多かったようだが、沿線の土地を買収し家を建て、箕面動物園や有名な宝塚歌劇団の前身となる宝塚唱歌隊の創設などを行い利用者を増やしたのだという。
当時の専務の「乗客は電車が創造する」という言葉通り、他の鉄道開発の範となったのだ。
これに深く共鳴し同じような手法で乗客を伸ばしたのが、目黒蒲田電鉄や池上電気鉄道を合併し設立された現在の東急電鉄の前身、東京横浜電鉄だ。
こちらも田園調布の開発にとどまらず、各地での土地分譲、大学の誘致、綱島温泉の経営、東横百貨店(現在の東急百貨店)の開設など、幅広い方面に経営を広げていった。
特に現在の東急田園都市線の長津田以遠などは、ほぼ東急が開発した街と言ってもいい。
こうした多角化経営は今では多くの私鉄が行っていることだ。バス、百貨店、スーパー、ホテル、不動産事業は概ねどこの大手私鉄にもあるし、地域観光や大学等をグループ会社に持つところもある。元々は国有だった今のJRでさえ、ホテルや駅ナカの開業など経営の多角化に余念がない。
中でも東急グループなどは、今ではグループ会社が228社5法人もあるマンモスグループだ。静岡の伊豆急行、長野の上田電鉄、北海道のじょうてつバスも全て東急グループである。
ラエルスはこれら現在の鉄道に倣って、まさに「乗客は電車が創造する」をやろうという訳だ。蒸気機関車なんだから電車じゃなくて列車だろと言うのはご愛敬という事で。
ところで将来的に魔力で動く列車が出来たら、それはなんて言うんだ。電気じゃないから電車じゃないし、魔法で動くなら魔車?なんか不気味だな。
「鉄道がお客さんを創造するなんて、面白いわね」
「だろ?どのみち鉄道や馬車だけの稼ぎじゃいつかは手詰まりだしな。グループ会社にした方がこっちとしても楽だし、色々と相乗効果も期待できる。例えば往復の乗車券とオルカルの駅前に作る大きな百貨店の割引券をセットにした切符とか、サーカスの入場料とセットにした割引券とかな」
「へぇ、確かにそういうのがあった方が出かけようって気持ちになるかも」
これも増収策の一つ。遊びに行くならぜひ我が社経営の公園へ、買い物に行くならぜひ我が社経営の百貨店・スーパーへという訳だ。
こうして鉄道沿線の街作りを進める事で、この世界の人たちの生活水準も上がる事だろう。その先駆けとなれるのであれば、最初に見込まれる赤字など痛くもない。
*
「いやはや、案外人が入らないものだな」
ラエルスの手元には、新しい街の分譲説明会に来た人数の報告が上がってきていた。
だがその数字はどれも芳しくなく、ここ最近の長雨でウンザリしているのに追い打ちをかけるようだった。
「やっぱり新しいものってなかなか受け入れられないものだもん。仕方ないよ」
「心当たりしかねぇな。ま、ゆっくり売っていくしかないか」
ラエルスが元の世界の知識で作り上げた諸々のものは、一部は受け入れられたが大半は拒絶された。いっそ気味悪がられたと言ってもいい。
小さい頃にグリフィアの村で住みだした頃、最初は作れるもので便利なものを作って喜ばれたが、調子に乗って色々と作りすぎたからかだんだんと村民から距離を置かれるようになっていったのだ。
乗合馬車や鉄道は、純粋に移動が便利になるからという事と蒸気機関が一般的では無いにしろ存在するから受け入れられたのだろう。
だが貴族でもない限り、そもそも"持ち家"と言う概念が薄いこの世界の一般市民にとっては、分割払いで家を買う行為自体が奇異に映るのかもしれない。
「これまでは色んな家を持ってる大家さんが儲けられる構造だったから、その辺から反感を買ってるんじゃないの?」
ミアナが思い出したかのように言った。確かに貸家が普通のこの世界では、普通に考えれば大家さんが儲かるようになっている。言われてみればほどほどに大きな家には、そういう人が住んでることが多い。
「確かにな、今度その辺も調べさせてみるか。不動産が売れてくれなきゃ経営もマズいしな」
不動産はハイリスクハイリターン。投資額が大きかった分、それに見合うだけの収入。つまり家を買ってくれないと、一気に経営は火の車だ。
数日かけて実際に調べさせてみたところ、確かに一部ではそうした大家や地主による妨害もあったものの、大体の場所ではそうした事も無いことが判明した。
つまり純粋に、興味が無いか理解が追いついていないかだ。
「ってなると、地道に宣伝するしかないか。あとはモニターで誰かに安く買ってもらって、そこから口伝いに広がるのを期待するか」
「もにたー?」
「誰かに試してもらって、俺たちみたいな売る側じゃなくて実際に利用する人の意見を広告として使おうって事。売る方は当然宣伝するけど、やっぱり実際に使ってみた人の声があった方が買う方は安心するだろ?」
「なるほど。それで誰かに安く売って、代わりに宣伝してねってわけね」
「そういうこと」
そうと決まれば実行あるのみ。早速準備に取り掛かる事にする。
降り続く雨は未だにやみそうにない。
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