第54話 自動列車停止装置と自動閉塞

 列車を増発するというのが、オルカルへの延伸区間の一番の注目ポイントだ。これも王立鉄道への対抗策の一つである。


 だが線路を2本にすればすれ違いの心配が無くていいよね、なんて単純な話ではない。その意見はごもっともなのだが、ジークが指摘する通り、安全の確保が難しい。

 安全の確保は輸送の生命。それが出来ないのであれば、速い列車も本数が増えても何も意味が無いのだ。


 複線では線路は一方通行だ。閉塞のシステムも"正面衝突しないこと"ではなく、"追突しないこと"に重きが置かれる。

 複線の閉塞方式にもいろいろあるが、初期の頃に使われたのは双信閉塞と呼ばれるものだ。これは単線での閉塞の発展版のようなもので、二つの駅に置かれた対になる閉塞機を用いて両駅間で連絡を取り、閉塞を確保するというものだ。


 だがこの方式では原理上、駅の間に一本の列車しか走る事ができない。それにタブレットのように物証も無ければ、信号と連動しているわけでもない。要は保安性が低く、かつ時代と共に増えていく本数に対応できなくなってきたのだ。


 さて、自動Automatic列車Train停止Stop装置というものがある。略してATS。

 これは読んで字のごとく、列車を自動的に停止させる装置のことだ。大別して二つの種類に分けられ、赤信号で停止させるためのものと、速度オーバーを防止するためのものがある。


 ここで導入するものは前者の、赤信号で停止させるものだ。つまり信号と連動して列車を停止させる方法を考えなければならない。

 と言っても、導入する方式は既に決まっている。打子式ATSと呼ばれるものだ。

 日本では現在の東京メトロ銀座線、当時で言えば東京地下鉄道が上野〜浅草間に日本で初めて地下鉄を開通させた際に使われた方式である。


 鉄道用語で"冒進"というものがある。これは赤信号を無視して列車が進入する事を指している。

 この方式では赤信号と連動して線路上に設けられたトリップアーム可動打子が自動的に立ち上がり、信号を冒進しようとした列車の台車にあるエアコックを叩く。

 このエアコックはブレーキ管と繋がっており、ブレーキ管から空気が抜ける事で列車は自動停止する。こういった仕組みだ。


 ちなみに普通の電車やディーゼルカーならば圧縮空気を作るコンプレッサーを積んでおり、その圧縮空気がブレーキ管に通っている。少し古い車両ならドアも圧縮空気で動いていた。ブレーキやドアの音として空気の抜ける音がするのは、こうして空気で動いているからだ。


 そしてこの世界の蒸気でも同じだ。機関車に積まれた蒸気コンプレッサーで圧縮蒸気を作り、これがブレーキ管を通って牽引される各車両へと送られている。車輪には制輪子と呼ばれる、ブレーキシューと同じようなものが取り付けられている。これは圧縮蒸気が込められることで・・・・・・・・車輪から離れ、ブレーキが緩まるというものだ。


 逆に言えば、圧縮蒸気が抜ければ制輪子は車輪に付いた状態となりブレーキがかかる仕組みとなっている。万が一運行中にブレーキ管が外れて内部の圧縮蒸気が漏れてしまっても、自動的にブレーキがかかって列車は止まるという安全設計だ。


「それでこれが、その"えーてぃーえす"ってやつね」

「小さいわね。これであの列車が止まるってんだから不思議よね」

「ラエルスの発想はすごいねほんと」

「もう小さい頃からだからね。私は慣れたわよ」


 グリフィアとミアナが既に線路に取り付けられた試作の打子式ATSを見ながら盛り上がっている。確かに機関車を含めて11両編成ともなれば壮観だが、これがこの小さな装置で止まるのだから不思議な話だろう。


 蒸気機関車にはあらかじめコックを線路近くに取り付けてある。正直生きているうちにATSの導入まで行けるかどうかわからなかったが、色んな人の協力によってここまでの短時間で漕ぎつける事ができた。感謝感謝である。


 試運転はマグラスに設けられた車両工場に併設された試運転線で行われる。開業以来この鉄道を支えてきたのはリフテラートの工場だったが、ヒルトースへの延伸開業を機にマグラスの工場を大幅に拡張しこちらをメインとした。

 車両の製造・解体・改造を担うので、運行上の要衝でありドワーフ達の村にもより近い場所に移したというわけだ。


「それでは発車します!」


 掛け声とともに汽笛一斉、機関車は数両の客車と貨車を牽いて臨時で実験線に設けられた赤を表示する信号へと動き出す。本来はATSのトリップアームは信号と電気的に連動して立ち上がるのだが、ここではシンプルに機械仕掛けだ。普通の色灯式信号ではできない、腕木式の原始的な信号だからできる荒業である。

 赤になればトリップアームが立ち上がり、青になれば下がる。シンプルで結構なことだ。


 なおATSを導入するために魔力に電気と同じような役割を持たせることも出来はしたが、節約できるところはこうして節約する。でなければ魔石が無くなってしまう。


 いくらイーグル率いる警察隊が訓練の片手間に魔獣を退治し、魔石が補充されているとはいえ、だ。


 さて徐々に加速した列車はやがて赤信号に差し掛かる。やがてトリップアームが機関車のブレーキ間のコックを叩いた。

 シューッという空気の抜ける音がして、同時に圧縮蒸気によって離れていた制輪子が、蒸気が抜けた事で車輪に強く密着する。


 やがて列車は強い衝動と共に停止した。すべて計算通りの結果だ。

 これによって緊急停止した列車は、ちゃんとブレーキ管のコックを閉めて蒸気圧が一定以上まで回復しないと運転再開できない。どうしてもダイヤは乱れてしまうが、安全がすべてに優先するのだ。背に腹は代えられない。


「ひとまずは成功だな」

「面白いわね。何もしてないのに勝手に止まるんだもの」

「線路が二本になると、これまでのシステムじゃ全く役に立たなくなるからな。こうやって新しい技術を作らなきゃ」


 とりあえずは冒進防止のATSは出来たが、ゆくゆくは終端用や速度超過防止用のATSも作りたいところだ。現状では赤信号を突破する事は出来なくなったが、線路の終端の車止めには突っ込めるし急カーブに猛スピードで突っ込む事も出来てしまう。

 宿毛駅衝突事故や福知山線脱線事故のような事が起きない事を祈るのみだ。


「でもラエルスのいた世界の鉄道は、もっとすごかったんでしょ?」

「そりゃもちろん。ボタン一つで次の駅まで勝手に走ってくれる列車なんてのもあったぐらいだからな」

「へぇ、なんか想像つかないなぁ」


 自動Automatic列車Train制御Control装置や自動Automatic列車Train運転Operation装置というものもある。それぞれATC、ATOとなるわけだが、これらの方が保安度は格段に高いもののこの世界じゃ夢のまた夢だ。そもそも制御するコンピューターが無い。絶対に蒸気機関車を無くす、無煙化の方が早い。


「あとは自動閉塞の方もやらなきゃなんだけど、こっちは技術者に投げてるしな」

「ね。ラエルスが誰かに任せるなんて意外だったけども」

「しょうがない。ちょっとこればかりはな、ちゃんとした詳しい人に作ってもらわなきゃまずい代物でな」


 複線を導入するにあたって、ATSと同じぐらい大事なのが自動閉塞というものだ。

 これは文字通り、従来は人の手によって行われていた閉塞の確保を自動でやる仕組みである。


 複線の強みを最大に活かすなら、駅と駅の間に何本もの列車を走らせられるようにすればよい。つまり駅間にいくつも閉塞を設ける必要がある。

 この時閉塞を区切るのは閉塞信号機と呼ばれるもので、これらの信号は自動的に、前の信号が赤になったら黄色に、黄色になったら青にという風に、前の信号の一つ上位の現示を行う。


 ちなみに腕木式信号に進行、注意、停止の3つやそれ以上を表せるものは無いのだが、ドワーフ達の知恵を借りて作りました。異世界すごい。


 さてこの信号は列車が走る位置が動くのに合わせて刻々と変わる。最初の問題はこの列車の詳しい位置をどう把握するかだ。

 日本の鉄道ではレールに微弱な電気を流し、列車の車輪がそれを短絡する事でどの閉塞を走っているかを把握する。この世界ではそれを魔力で行う事にした。


 信号を自動的に切り替えるのも本来は電気で行われる事を魔力で代行する。流石にATSでやったようなからくり仕掛けでどうにかなるレベルではない。


 とまぁ、少なくともこれらはクリアしなければならない課題だ。安全運転の根幹に関わるシステムなので、外部の技術者に構築は任せている。最初に話を持ち込んだ時は「何を言ってるのかわからない」と言った顔をしていたが。


「とりあえず線路ができても、この辺のが完成してからじゃないと開業は無理だな」

「線路はもう半分ぐらいは出来てるんですよね?」

「ああ、相変わらず仕事の早い事でな。だが自動閉塞がちゃんと完成されない限りは開業は先送りだ。もちろん、それまでに他の準備は整えておかなきゃだけどな」


 オルカルまでの開業に向けて、今は着々と車両を増備している。特にオルカルとマグラスの往来はかなりの需要が見込める事から、機関車も客車も貨車も工場をフル稼働させて製造しているところだ。


 そろそろ沿線の土地買収や自走式客車の方も固めるとするか。

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