第53話 策士策に溺れろ

 ヒルトースからマグラスへの建設計画は、実行は数年後予定だった計画も全て込みで行われる事となった。その為にいくつもの計画を同時進行させなければならないため開業は当初見込みより遅れる事になるが、その間は王立鉄道に甘い蜜を吸わせてやろうと言うわけだ。


「線路が2本という事は……どこでもすれ違えるという事ですか」

 計画書を見たジークが尋ねた。


「その通り。これまでの線路は1本だったから列車同士の行き違いの事を考えなくちゃいけなかったけども、こうすれば行き違いの事は考えなくていい。さて、この方法の良いところと悪いところは挙げられるか?」


 最近では使用人という枠を超えて、ジークをいよいよ鉄道経営に噛ませたいと思っている。

 と言っても、何せ元の身分が身分だ。まずは基礎的な考えをしっかりと出来るようにと、こうしてよく問題形式で尋ねたりしてみている。


 だがジークの頭の良さも驚きだ。

「良いところは何と言っても、列車のすれ違いを考えなくて良いところです。すれ違いの場所を考慮する事なく列車の本数が増やせますね。すれ違いを待つ時間も減らせますし」


 その通り。駅間距離が長いので、マグラス近郊区間の1時間間隔でも単線ではキツいのだ。列車によってはほぼ各駅で対向列車を待つものもあるほどに。

 ならば、上下線で線路を分けた複線の方が色々と都合がいい。


「悪いところは……そうですね。従来の閉塞の方式でやるには、限界が近いというところでしょうか。駅と駅の間で打ち合わせてその間の線路を確保するのが閉塞の仕組みですが、運転本数が多くなるとそれも大変になってしまうと思います」

「全くもってその通りだ。ではもしその問題が解決できて列車の本数を増やしたいとなると、この計画書を見て感じる事は?」


 再びうーむと考え込み、やがて一つの結論を出す。

「沿線人口が少ないと思います。計画ではオルカル近郊では区間列車を最大毎時4本、つまり15分間隔で行うとありますが、こちらの方面ですと街があまりありません。そんなに走らせても採算が取れないと思いますし、そもそも必要になる車両の数も膨大です」


 意見が出揃ったところで、ラエルスは密かに作成していたもう一つの計画書をジークに見せた。それを読み進めるうちに、ジークの顔色はみるみる変わっていく。


「これ…本当にやるのですか?」

「やるさ。そもそも鉄道はそういうものだし、全て実現可能だと踏んでる。もっともアグロたちドワーフの協力も必要だし、沿線の土地を治める領主たちの協力も必要だ。簡単ではないがな」

「しかし…」


 ジークは再び計画書に目を落とし、そしてまたラエルスの方を見た。


「"1両で動ける自走式客車"、"自動的に列車を停止させる装置"、どちらも夢物語のような気がします。それにこれ、"沿線の街開発"なんて、街を一から作るなんて聞いた事がありません」


「それを言い出したら鉄道そのものからして、初めての試みなんだけどな。ま、とにかく。

 王立鉄道の方は既存の街を縫うようにて走ってたな。線路は単線、俺たちが乗った急行列車も途中でちょくちょく止まっては交換列車を待っていた。普通列車はおよそ1時間間隔、急行は3時間間隔程度で設定されていたが、あれだけ止まってちゃただ駅を通過するだけの列車だ。車内もイマイチだったしな。急行料金を取るなら速さと豪華さが無いとな」


 ジークは首肯した。運転頻度の差はあれど、ラエルスたちの鉄道で走る急行はグレードも高いし実際速い。客車は全て急行用で揃えられ、展望車まで付いている。


 対して王立鉄道はと言えば、見たところ普通列車と同じ車両を使っていた。流石に金をかけているのか、ラエルスの鉄道でもまだ一部で使っている二軸客車はおらず全て乗り心地に勝るボギー車だったが、それでも車内は全て板張りのボックスシートだ。せめてクッションぐらい敷いとけ。


 走る距離が短いのと特に景勝地も無いので展望車は無かったが、食堂車はあの通りだ。ぼったくりも甚だしい。


 速度も決して速くはない。そもそもの線形からして高速運転には向いておらず、良く言えばヒルトースからオルカルまでの沿線の街を丹念に回るように作られている。

 だがその反面で線路は街中を貫く事が多く、複線化しようとするならこれはかなり大変だぞというのが見立てだった。


 とまぁこんな調子で、それでいてしっかり急行料金だけはそこそこの額を取るのだから閉口する。

 同じ急行と名が付いても、ラエルスの方と王立鉄道の方とで乗り換えたお客さんは驚くだろう。


「あれだけ街中に線路を敷いたら、事実上これ以上の増発を放棄したも同然だ。

 ウチの鉄道と王立鉄道、場所によっては近い場所を走るようだが…たとえ向こうが値下げ攻勢に出ようと、本数が多いというだけでお客さんは乗るものさ」

「確かに、本数が多い方が便利です。でも王立鉄道の方が安ければ、そちらを使いませんか?」


 その可能性は確かにある。向こうとて1日に数本と言うわけではないのだ。

 だがこちらは王立鉄道と比べて本数が多く、速い。


 古今東西、交通機関同士の客の奪い合いは、値段やサービス面での競争となっていった。

 古くは神戸から下関間を建設した山陽鉄道が、1等車への付随設備兼並走する瀬戸内海を航行する船に対抗するために食堂車を連結し始めたことに始まる。


 現在ではJRと私鉄との争いという構図で日本各地で見られる。私鉄がJRに対抗する際に用いる方法は、大体がサービスと速度だ。

 最近では京阪電車でのプレミアムカーや東急電鉄のQシートのような有料座席を連結した列車や、南海電車・泉北高速鉄道の泉北ライナーや京急電鉄のウイング号のような有料列車が流行りのように各地に登場している。


 それ以前はとにかく、スピードアップが各社の至上命題だった。と言うのも、私鉄は平均速度が遅い。沿線の有志がお金を出し合って作ったりしたパターンも多く、それらの街を丹念に回るように線路が敷設されているからだ。

 路面電車からスタートした路線もあり、多くの鉄道会社では並行する国鉄に対抗するために線形を改良したり電化路線では昇圧を行なったり、新型車両を投入する事で改善を図っていった。


 さて当てはめるのであれば、王立鉄道は私鉄だろう。ヒルトースからマグラスまでの街や村を丹念に周り需要を拾う。たいしてこちらは国鉄、大きな町のみを経由し極力線形を良くして高速運転を狙う。

 だがやる事はまるで逆だ。王立鉄道が国鉄、ウチは私鉄。向こうが安定した需要に胡坐を掻いている隙に、こちらはありとあらゆる方法で対向していく。勇者としての活動はチートも何も無かったが、鉄道に関してはチートもいい所だ。好き放題やらせてもらおう。


「ラエルス様の考える事ですものね。目指すは王立鉄道の廃業ですか?」

 ジークが尋ねた。確かにそう考えるのが筋だろうが、ラエルスの考えは違う。


「いや、買収したいところだな。何もかも真似してるのか、線路幅とか諸々の規格まで一緒だからな。自分の路線に取り込んで一路線にしたいところだ」

「でもそう易々と手放すでしょうか」


 確かにこちらの嫌がるような区間に路線を敷くような連中だ。まぁ誰が裏にいるかとかは大体予想はつくが、ここは逆に向こうに辛酸を舐めさせようと思う。


「手放さざるを得ない状況にするのさ。そもそも向こうはこちらが嫌がるように路線を敷いて、こっちが苦労して越えてきた峠の先の美味しい所を全部持っていこうとしたんだ。目には目を、歯には歯をだ」

「目には目を、歯には歯を。ですか…確かにそうですね」

 ハンムラビ法典は無いはずだが、言葉のニュアンスで理解してくれたようなのでセーフだ。


「"策士策に溺れる"って言葉があってな。策を弄したつもりが、自分がその策に嵌ってしまって失敗するみたいな言葉なんだが…王立鉄道を裏で誰が糸を引いてるのか知らないが、策士は策に溺れてもらう」


 と言うか俺が沈める。これでも元の世界の鉄オタ仲間には「あいつの知識量は"広く浅く"じゃなくて"広くてそこそこ深い"だからな」とか言われるぐらいだったのだ。大概の小細工なら返り討ちにしてくれよう。


 さてその為の準備だ。人のいない所に鉄道を通し、かつ確実な収益を上げる方法。つまるところ、街を一から作ればいい。

 しばらくの間は沿線の各領地の領主に頭を下げる日々だ。まず土地を買わねば。

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