西の阪急東の東急、異世界の…

第52話 敵情視察

 ヒルトース駅を出た列車は、そこそこの速度でオルカルへと向かう。距離はそこまで遠くなく、急行列車というのもあってか夕方には着くようだ。

 昼前に乗ったので、当然腹が空いてくる。乗る前に食べ物を買おうかとも思ったが、こちらの急行にも食堂車があるとの事なので見てみる事にした。のだが……


「へぇ……」

「これで銀貨2枚2000円とは強気だねぇ」


 出てきたランチを見て、ラエルスは愕然とした。

 そして大変まずいことに、我が鉄道の誇る食堂車のメニュー開発担当者、グリフィアとミアナの眉がピクピクしていらっしゃる。


 それもそのはず、出てきたのは街中で銅貨40枚400円ぐらいで売られていそうなパンと惣菜のセットだからだ。これはひどい。


 喜んでもらおうと気合入れて二人が考えたメニューはなんなんだ、同じ値段でもっと豪勢なものを食べられるようにという企業努力はなんだったんだ。


「いや、仕入れ値がいくらか知らないけど、もしかしたら食材が凝っている可能性がなきにしもあらず……」


 恐る恐る一口、まずはメインとなっている揚げ物を口に放り込んでみる。うん、冒険者時代にとてもお世話になった懐かしき街の屋台の味……ってそうじゃない。


「なんか腹立ってきた。厨房に殴り込んでもいいかな」

「やめろやめろ、気持ちはわかるが。向こうが鉄道でケンカを売ってきたんだから、こっちも鉄道で対抗すればいいのさ。ウチの鉄道がオルカルまで伸びたら、こんな食堂車すぐに廃れるだろ」


 本心半分宥める半分で怒り心頭のグリフィアに言うと、それもそうねと言って改めてランチに向き合った。


 特別感の欠片も無い昼食を終えると、すぐに座席に戻る。揺れ具合はこちらとあまり変わらないだろうか、だが気になる事はいくつもある。


「あんまり速度は出ないみたいですね」

「ラエルスの方と比べると、確かに遅いわね」


 確かに急行と言う割に、駅こそ通過するが速度が遅い。でもそれも納得である、何せ路線が街中を通ることが多いのだ。


 必然的にカーブが多くなり、速度を出したくても出せないということになる。盆地内は大小の町が点在しているが、その全てで街中を通っているのだから当たり前である。


 ある駅を通過した時には、ラエルスは思わず自分の目を疑った。


「うわ、あの機関助士、タブレット投げたぞ」

「タブレットって安全の要になるものですよね、そんな事して大丈夫なんですか?」


 大丈夫なわけがない。安全の根幹を成す閉塞を確実たらしめるのがタブレットである。

 機関助士がこんな扱い方をしてるのを自分のところで見たら、社長権限で1ヶ月ぐらい下車勤にしてやるぞ。クビにしないだけありがたいと思えというレベルだ。


 大体あのタブレットキャリアの中には、タブレット本体となる"玉"と呼ばれる円盤状の金属が入っている。

 万が一投げた衝撃で欠けたり割れたりすると、これが閉塞機に入らなくなってしまう。すると隣駅への連絡が出来ず閉塞が取れなくなり、もれなく全線運転見合わせだ。


 それとも取り出せなくなったら、針金か何かで閉塞機から無理やり玉を取り出すのだろうか。大昔の東北本線の二の舞だぞ?


 と言うか駅に通過列車からタブレットを回収する通票受器が無いのなら、誰か回収要員として駅員を立たせておけと言う話だ。安全軽視も甚だしい。


「まぁ落ち着いてよラエルス。それこそ、鉄道には鉄道で見返せばいいだけじゃない」

「お、おう。すまんな、その通りだ」


 知らずのうちに熱くなっていたようだ。こういう時に冷静になってくれる友人は何にも代えがたいものだ。冒険者時代に実感した。


 右へ左へ曲がりつつ、何とか列車は終点のオルカルへ到着した。駅の場所はさすがに国が主導と言ったところだろうか、王宮から東西南北と放射状に延びる目抜き通りのうち東通りに直結する形で作られていた。

 だが結構街中にある。いったい何件の家が立ち退いたのか。


「わりかし便利な場所に作ったのね」

「それでここから、これも自前の乗合馬車に乗り換えると。しかし銅貨30枚300円は高いな」


 乗合馬車自体は他の街でも地元有志が立ち上げている。それと同じように、ここオルカルでも駅前には乗合用の大型馬車が何台か待機していた。鉄道の車両に入っていた社紋と同じものがあるのを見るに、これも王立なのだろう。


「ならもう少し安くすればいいのにね」

「全くだな。ウチみたいな民間より公営の方が高いってなんだよ」


 どうせ税金で運営されているのなら少しぐらい安くしないと、使う人にとっては税金の二重取りと思われても仕方ないだろう。と思っていたら、同じく列車から降りてきた商人と思しき人から似たような声が聞こえてきた。


「乗合馬車があるとは聞いてたけど、これ国が運営してるんだよな」

「みたいですね。でもリューゲルみたいに駅と街が離れてる場所ならともかく、街中で初乗りがこれってのはちょっと……」


 初乗りと言ったか?と思って張り出されている路線図と運賃表を見てみると、さらに驚いた。

 なんと馬車は運賃均一ではなく、距離制運賃なのだ。それも何キロ乗ったからいくらというのではなく、ざっくりと停留所5個ごとに銅貨5枚50円ずつ上がっていくようになっている。


 リフテラートで採用した均一運賃のいいところは、チョイ乗りには高いがどれだけ乗っても運賃が変わらないところだ。

 東京・名古屋・大阪などの大都市圏のバスでは、普通のバスの後乗り後払いではなく前乗り先払い方式が取られている。


 最初に運賃を支払い降りる時はそのまま降りるのだが、たとえ10キロ越えの長い路線であろうと運賃は同じだ。


 リフテラートでは運賃収受を簡単にするのと、停留所1つや2つぐらいは歩いてほしいと言う意味合いからこの方式を採用した。

 しかしオルカルの馬車はどうだ。これではただ運賃が高いだけである。現に到着した馬車では運賃精算が大変そうだ。


 と言うかそもそも、距離制運賃ではどこから乗ったのかの証明が肝心だ。本当は10個も乗ったのに、2つしか乗ってませんと言ってその分の運賃しか払わないのでは、運賃を踏み倒されてしまう。

 その為に鉄道では乗車駅で切符を売るのだがはてさて。


 久しぶりに王都に来たのだから、元のパーティ4人に狼兄妹を含めて6人で帰りの列車まで少し散策しようという事になった。だがその途中で、先ほどの疑問が明かされる。


 王都に来るたびに立ち寄っていた屋台が健在だという事に安心しつつ、そこの串焼きを食べていると、目の前の停留所にちょうど馬車が来た。待っている人は4名ほどだ。リフテラートのそれよりさらに一回り大きい二頭引きの馬車が止まると、御者が御者台から降りて待っているお客さんに何やら整理券のようなものを配りだした。


 さらに降りるお客さんから整理券を受け取り、それらをチェックしながら運賃を貰っていく。時間がかかる事この上ない。


「効率悪いなぁ」

「ね。リフテラートの馬車はあんなに一つの停留所で止まってないもの」


 運賃収受で手間取っていては、時間通りの運行など到底不可能だ。一応ここの馬車も各停留所に時刻表を張り出していたが、さてあの便は何分遅れなのだろうか。


 時刻表を見なくてもいいぐらい頻発してるのならともかく、見たところここの馬車はどの路線も30分間隔と言ったところだ。元の世界日本にいた頃に、時刻表を見なくても次の便を待とうと思える限界は15分間隔だというのを見た事がある。


 つまりこれ以上の運転間隔は"待たずに乗れる"の限界であり、必然的にお客さんの目は時刻表に向けられる。海外の様に少しぐらい遅れても平気と言う国もあるし、この世界の住人はまだ時刻表そのものに慣れていない。


 だがラエルス自身、世界でも有数の定時運行率の高さを誇る国から来たからには、この世界の鉄道や乗合馬車も定時で走らせようと言う心構えでやっていたのだ。


「ラエルス様の鉄道でも、オルカルに乗合馬車を作る予定だったんですよね?」

 そうジークが尋ねた。


「そうだ。と言ってもウチのオルカル駅は町外れになるから、そこからオルカルの主要箇所を結ぶ3路線程度の予定だったんだが……」

「お客さんが乗らないかもって?」


 おっと、やはりグリフィアには見透かされていたようだ。

 それこそ東京大阪のような大都市ならともかく、いくら首都とはいえこの世界の人口規模で複数の馬車が乱立するのは客の食い合いになって好ましくない。


 癪だが、ここは王立の方に任せてもいいかと思っていたのだ。いや、癪だが。


「ま、大丈夫じゃない? リフテラートを見る限り、結構時間通りに来る馬車って馴染んでるわよ」

 グリフィアの言葉にイーグルがウンウンと頷いた。


「確かにな、時間通りに来ると色々と予定が立てやすくて助かる。そうだろ遅刻魔ミアナ

「な、誰が遅刻魔よ!」


 過剰反応しているのはミアナだ。確かに冒険者時代はしょっちゅう何かと遅刻していた。

 宿に泊まる時は男部屋と女部屋で別れていたが、たまに全て一人部屋になる時があった。そういう時はまず間違いなく寝坊する。


 某国の王様からの招待にまで遅刻してきた時には、王様は「大物だ」と笑ってくれたが待っているこちらはヒヤヒヤものだった。

 今では治っているようだが、どうやったんだか。


「ま、何はともあれラエルスの方がどう考えても一枚上手って事だ。あんまり気負うことは無いんじゃないか?」

「そうよ。どっちがいいかなんてのは、使う人が決める事じゃない」


 それもそうだ。もし利用が振るわないようなら、その時はその時。こちらの乗合馬車が不振だったぐらいで倒れる鉄道ではないのだ。


 とは言え、現状経営が楽ではないのも事実。オルカル内の乗合馬車のシェアに食い込めるかや、そもそもヒルトースからオルカルまでは王立鉄道と客の食い合いになるのは明白だ。

 峠を降りたマグラスやそれ以降への直通需要は間違いなくこちらのものだが、ラエルスとしても国最大の人口密集地であるアッタスワル盆地内での旅客・貨物需要は当て込んでいる。それが現状目減りするという予測なのだ。


 どのみち考えてはいたが、そろそろ新しい収入策を実行に移す時だろう。


「あ、ラエルスが何か考えついた顔してる」

「そうか?いや、前から考えてたことをそろそろやろうかなと」


 そう言ってラエルスは不敵に笑った。


 ——————————


 1916年に東北本線の古間木駅(現在の三沢駅)近辺にて、列車の正面衝突事故が発生しました。

 原因としては下り臨時列車運行の伝達ミスなのですが、それだけなら本来はタブレットが出せなくて上り列車が発車できないだけなのですが……


 勤務中に酒を飲み泥酔した駅助役が、針金で閉塞機を操作し不正な方法でタブレットを出してしまい、その結果事故が発生したそうです。


 仕事中に酒を飲むなという話ですが、なにせ100年も前なので…

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