第51話 座屈と腰弁当

「魔獣の問題はいいとして、問題は連結器の方なんですよ」


 壊れた連結器をドワーフのアグロに見せると、驚いた顔を見せたのは一瞬ですぐにまじまじと観察しだした。


「こりゃア、純粋に大きな力がかかりすぎたって雰囲気だな。一体何をしたんだ?」

「下り坂での試運転で、急ブレーキをかけたんです。その際の衝撃で壊れてしまいまして」

「許容範囲以上の衝撃がかかったんだろうな、結構頑丈に作ったつもりだが」

「すみません。ですがこのままだと営業運転も出来ないですし、この前お約束したことも叶えられそうにありません。どうにか、耐荷重を引き上げられないでしょうか」


 こう言ってしまっては何だが、ドワーフは良くも悪くもプライドをくすぐられるのが嫌いな種族だ。バカにすれば全力で怒るし、逆にもっと出来るはずと言えば何が何でもやろうと頑張ってしまう。今のラエルスの言葉は、その後者の方だ。


 あと酒をよく飲むドワーフが弱いのは、何より酒絡みのこと。既に峠の途中からドワーフ達の村へ続く引き込み線は作ってあり、マグラスのいくつかの酒問屋にお願いして定期的にドワーフ達の村へ酒を売りに行ってもらう事が約束されている。


 これまでのように峠を下りていくより村で買える方が当然楽だし、しかも鉄道で来るので値段もお手頃。これを逃すドワーフではない。


 が、それもこれも連結器がどうにかならなければ…って事で焚き付けてみたのだ。我ながら狡いとは思っている。


「そう言われちゃ、もっと強い連結器を作るまでよ。だが時間がかかるし手間もかかる。結局鉄材、要は鋼を強くするなら炭素量を増やせばいいわけだが、こうなると固すぎて加工に手間がかかる。今のお前さんのところの鉄道のすべての連結器を変えるとなると相当な数がいるだろ?ってなれば、どうしても時間はかかる。こればかりは仕方ないな」


 アグロは身振り手振りを交えて説明した。ラエルス自身はこういった知識は無いが、専門家が言うのだからそうなのだろう。


「すると、まずは一番負荷がかかるであろう機関車に取り付けるのが良いってわけか」

「だろうなァ。だがそれだって時間がかかる。本格的な営業運転を早く行いたいのであれば、少し妥協した方が良いぞ」


 時間がかかるとはいえ、それを待ってはいられない。ここは再び碓氷峠を真似て、走る列車に少しばかり制約をかけさせてもらおう。


 *


 それから2ヶ月ほどで、バサル峠の麓のソレラスから盆地側の街であるヒルトースまでの路線は開業した。


 とりあえずこの区間に入れる機関車を制限し、その機関車のみ強度を増した新しい連結器に交換している。あとは急ブレーキをかける事を禁止とし、危険があった時でも常用するブレーキで最大のものをかけるようにした。その代わりに営業速度をぐっと落とし、万が一トンネルやのり面の崩落、落橋などの緊急事態の際にでもすぐに止まれるようにした。所要時間はその分伸びてしまうがこれも安全のためだ。


 そして肝心の連結器だが、リフテラートやマグラス近辺の引き込み線で活躍するような小型機関車以外の、在籍するほぼすべての車両に付けるというのは、これはかなり時間がかかる。

 だがせっかくできた線路を連結器の取付完了まで遊ばせておくわけにもいかず、とは言え営業中に連結器が壊れましたというのではシャレにならない。


「で、この方法になったと」

「原始的と言ってしまえばそれまでですけど、こんな風に対処するのが一番いいのかもしれませんね」


 峠を行き交う列車に取り付けたのは、替えの連結器をぶら下げておけるアタッチメントのようなものだ。そこの予備の連結器をぶら下げて、万が一があった時は現地で交換して運行を再開しようという目論見である。


 発想のヒントになったのは、かつての日本で行われた全国の鉄道車両の連結器を一斉に交換した際に行われた手法だ。

 海外では今でも現役だが、昔の日本の鉄道で用いられた連結器は、北海道を除いて「連環連結器」や「ねじ式連結器」と呼ばれるものが使われていた。これもイギリスから輸入したものだったが、連結や解放に手間がかかる上に狭い場所での作業となり、万が一列車が動いてしまうと連結手が圧死したり轢死したりしてしまう。

 特に日本の鉄道で採用された狭軌では間隔が狭く、逃げ場がない事から死傷事故が多発した。


 その上この2つの連結器の内、連環連結器同士での連結は禁止され運用上不便が多かったこと。当時は連結器の強度が低く、重量級の列車の牽引には不向きなこと。更に勾配に弱いことなどなど。とにかく時代と共に運用に支障をきたすようになっていたのだ。


 最後に関しては、1909年に塩狩峠と呼ばれる北海道の宗谷本線の途中にある峠で列車分離事故を起こし、乗り合わせていた鉄道院の職員が殉職したのは有名な話だ。小説「塩狩峠」で描かれている実際の事故である。


 さてこれだけ問題がある連結器なので新しいものに交換しようという話になった。今でも機関車や客車、貨車では一般的な「自動連結器」と呼ばれるものだ。

 だが交換するとなるとかなり大変だ。交換が行われたのは1925年7月だが、この時点で今のJRの路線の大半は完成している。交換する機関車は約3200両、客車約9000両、貨車は約46000両に上っていた。


 当然時間をかけてゆっくりやっていたのでは連結器が違う車両が出てきてしまい、運用上に不便をきたす。そこで5年かけて職員の訓練や準備を行い、一斉に交換できるように備えた。


 その際に全国を移動する貨車がどこでも連結器を交換できるように考え出された方法が、新しい自動連結器を木枠にぶら下げておく「腰弁当」方式だ。これらの方法の活用と丸一日貨物列車を全て運休させるという異例の措置により、当時全く孤立していた四国と北海道を除きわずか一日で全ての連結器を交換したのである。


 さてここではそれを利用し、万が一に備えたフェイルセーフ的機構として運用する事とした。新しい強度を高めた連結器は順次取り付けていくが、要はそれまでの繋ぎというわけだ。


 峠を行き来するすべての車両の連結器を交換するまでは当然時間がかかるので、それまでは速度を落としての運転。つまり本数の少ない暫定ダイヤである。

 だが初日のヒルトースの賑わいは、それはそれは尋常では無いものだった。と言うのも街中に聞こえてくるのは峠越えが楽になったという歓喜だけではなく……


「峠越えの中継点の街なのに、そのうち王都まで鉄道が出来てスルーされたら商売あがったりだ」

「最近は人も増えたと思ったら、これじゃまた不況の時に逆戻り」

「鉄道も雇用かもしれないが、そう簡単に家業は変えられない」


 こればかりは変革だと諦めてもらうしかない。と、簡単に切り捨てられるわけでもない。

 鉄道建設の際には何とか説き伏せたが、やはりいざできればこうした不平不満が出てくるのは当然のことだ。


 そう考えながら、ラエルス達はヒルトースの街外れの駅から少し中心部に向かって歩いていく。ややすると自分たちの駅よりはるかに立派な建物が見えてきた。


「あれか、問題の」

「こっちはオルカルと繋がってるからね。お客さん多いんじゃないの」


 目の前に建つのは、王宮指導で作ったという鉄道だ。高らかに王立鉄道を謳い、バサル峠で座屈と戦っている最中に鳴り物入りで開業した。なんでもここヒルトースとオルカルでは、国主導で開業記念パレードまでやったとか。という話を海軍鉄道隊の人から聞いたが、税金の無駄遣いではなかろうか。


 早速切符を買って駅に入る。峠越え区間の開業式典への出席もあるが、本来の目的は敵情視察だ。オルカルへの延伸を目論むラエルスにとって、これは絶対に欠かせない。

 素性がバレないように変装していった方が良いのではと狼兄妹には心配されたが、それは却下した。これは視察だが大いに牽制も兼ねている。自分たちの技術を丸パクリしたであろう鉄道の運用、大いに観察してやろうではないか。


 汽笛が鳴ってガチャガチャンと連結器同士が引っ張られる音がする。列車はゆっくりと駅を動き出していった。


 ――――――――――


 連結器の交換は本州と九州とで別日に行われていますが、それぞれ一日で終わらせてします。

 北海道の鉄道技術は最初から自動連結器を備えていたアメリカのものを輸入したため、連結器の高さの微調整のみで済んだそうです。


 ちなみに本州と九州とを結ぶ関門海峡トンネルは戦時中の完成なので、この頃はまだ線路は繋がっていません。しかし関門連絡船により車両の航送が行われていました。

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