第49話 王都での怪しい動き

「またいるなぁアイツ」

「ここ5日間ぐらい、毎日いますね」


 オルカル本線の中間地点、サティス旧城址駅で、2人の駅員がずーっと駅構内をウロウロしては何かメモを取っている怪しい人を監視していた。


「リフテラートの同期に聞いたら、前はそっちにもいたらしいぞ」

「へぇ…なんですかね。産業スパイ的な?」

「まさかな。こんな大規模で複雑なものを作ろうとしたら、大きい団体かそれこそ国でも絡んでこないと無理だろ」


 鉄道事業は、巷では王国始まって以来の最大規模の工事だとか革命だとか言われている。

 乗合馬車程度であれば私設のものも出てきてはいるが、鉄道となるとまず求められるのは工業力と資本力だ。そう生半可に手を出せるものでは無い。


「ま…念の為だ。本部リフテラートに伝えておくか」

「そうですね。っと、そろそろ次の列車の時間だ」


 2人の駅員はめいめいに持ち場に戻っていく。その後も不審な人はずっと、駅構内をうろついていた。


 鉄道設備を見て回ってる不審な人がいるという情報はラエルスの耳にも入っていた。

 ここまで様々な街に恩恵をもたらすものなのだ。当然どこぞの領主や有力者は是非うちにも鉄道を!とか言い出すだろうし、ラエルス自身それを期待している所もあった。求められれば鉄道建設の指導だって厭わないつもりだ。


 だがこうして陰でコソコソやられると腹が立つ。普通に協力してほしいと言われればいくらでもするものを、こうも出し抜こうという魂胆が明け透けだと当然良い気はしない。


「ラエルス様、どうされますか?」

 ジークの言葉に、ラエルスは手を顎に付いて考える。

「だからって捕まえるわけにもいかないだろうしな。ここは一つ、泳がせてみるか」

「泳がせ…捕まえて海にでも連れて行くんですか?」


 吉○新喜○ばりのズッコケを披露しそうになったが、すんでのところで堪えた。


「そうじゃなくてな、あえて放っておこうって事だ。そうすればそのうち、鉄道を探ってる奴が誰に雇われて何の目的かってのも自ずと見えてくるからな」

「そんなものですか?」

「そうさ。大体、もし何もかも模倣されたとしてもな、この高度な運行システムやドワーフ自慢の機関車を、どこの馬の骨ともわからん奴に理解できるはずが無い」

「うまのほね?」


 そうですよね失礼しました。


 *


 数日後。予想に反して、まずアクションしてきたのは向こう側だった。


「出た、王宮からの手紙だ。しかも王様からの封蜜入りだ」

 ルファから手紙を受け取るなり、ラエルスは思わず言った。


「そんな王様からの直々の手紙を呪いみたいに…」

「お、ルファのいう事もあながち間違っちゃいないぞ。良くも悪くも王様からの命令なんて絶対服従が当たり前なんだし、ある意味じゃ呪いみたいなもんだ」


 軽口をたたきながら封を開き内容を読み進めると、思わず顔を顰めた。

「この前鉄道の事を嗅ぎまわってる人がいるとは聞いたが、まさかこっちからだったとはな」


 内容は、ラエルスの経営する鉄道について機関車・客車・貨車の構造や運営システム。保安装置などの仕組み、鉄道電話について等々。鉄道の基礎を成す物事についての資料を、速やかに王宮へ提出せよとの事だ。


 建前として"国家事業となりえる鉄道を、このまま英雄とはいえ一民間人に任せておくには荷が重く、国家として建設に当たるための事前資料"となっていた。

 要はここから先は自分たちで建設するから、ラエルス達は今計画している以上に路線を建設するなという事だ。


 確かに鉄道沿線では他の街との人や物資の交流が非常に活発になり、新しい住宅地区が出来るとか有名な店が支店を開くとか景気の良い話が色々と聞こえてくる。その根幹にあるのが鉄道であり、当然人々は「鉄道のお陰だありがたい」となるわけだ。

 要はその賛辞を国に向けようという魂胆だろう。アホらしい。


 とは言え国王一人の思い付きで、事実上の国営鉄道を作るとは思えない。何せ数年前に長雨で飢饉に陥りそうになった時にも、隣国からの食糧の買い付けを「貸しが出来るのはよくない」と言って断るような男だ。


 誰か後ろにいて糸を引きでもしなければ、こんなハイリスクハイリターンな事はやらないだろう。それも大体検討が付いている。こっちの鉄道建設に海軍が参加しているのなら…ってところだ。


「しかしどうするのですか。渡してしまえば向こう王宮の手で鉄道が作られるかもしれませんし、それでは…」

「だがこの命令は絶対だ。だから呪いみたいなもんだって言っただろ?

 まぁ見てろって。どこまでこっちの鉄道を忠実に真似できるか、見ものだぞこれは」


 ラエルスはそう言ったが、命令に対して従う旨の手紙の出した後には、あれも教えろこれも教えろと言う命令が立て続けに届くようになった。

 領主とはいえ、王宮からの命令には逆らえない。さすがに鉄道建設に従事する軍人を含めた、建設関係の人々に建設に加われという命令は無かった。だがそれは軍の対立を考えれば必然ともいえる。


 結局マグラスからソレラスまでの路線が開業する頃には、その時点でのラエルスの作った鉄道のノウハウを全て教える事になっていた。丸パクリするなら、やがてこちらの鉄道で走ってるものとそっくりな車両が国営鉄道の名の下に走り始めるわけだがはてさて。


 *


 一方オルカルでは、要求通り送られてきた鉄道に関する資料を見てほくそ笑む人たちがいた。その中心にいたのは、ラエルス達のパーティーには何かと煮え湯を飲まされた、王国軍陸戦部隊最高司令官であるムルゼ将軍だ。


「カルファの奴め、妙な部隊を作ったとは聞いていたがこの鉄道に関連するものだったか」

「しかしその資料も今ではこちらにもあります。設計図さえあれば作るのは容易い。まったく、御し易い王様殿でありがたいことです」


 ラエルスが冒険者だった頃、やった事と言えば何も魔王軍の手先を倒すばかりではない。

 病気の人に薬草を届けたり急ぎの荷物だと言うのを代わりに届けてあげたり、あるいは鉄砲水で流された橋を再建したり新しく田んぼとなる場所を整地したり。


 依頼の有無に関わらず、ラエルス自身の気が済まないということで各地で半ば慈善事業的にその時できる精一杯をやってきたのだ。

 富や権力は手に入れる方法はいくらでもあるが、人々の信頼はこれらでは買えない。


 しかしながらこうした活動は、多くの敵も生む。

 税の中間搾取を行い住民からの税金を溜め込んでいた貴族。密かに魔王軍の手を結び利益を得て、捜査を辛くも逃げ切った商人。領内の農民全てに計画的な農業を押し付け、結果的に局地的な飢饉を起こし、ラエルスから「キタチョーセンかよ」という意味不明な言葉をかけられた領主。


 とにかく不当な利益を得ていた人たちは、ラエルスのパーティーに怨みを持つ者が多い。要は裏金が入らなくなったり権力の座から失墜したからなのだが、こういう連中の報復こそ面倒なものだ。


 そしてそんな連中が、ムルゼを中心に集まっていた。敵の敵は味方、仮にも一度は権勢を振るった者たちだ。頭が悪いわけではない。謀略を考えだしたら天下一品だ。


「してムルゼ将軍は、どこに鉄道を敷こうと考えているのですか」

 一人が尋ねると、ムルゼはふふんと鼻を鳴らした。


「決まっておる。王都オルカルから、ヒルトースだ」

「ヒルトースですか!確かにアッタスワル盆地第三の街であるあそこなら、収益も見込めましょう」

「ですがどうせなら、第二の街であるカリンの方が良いのでは?」

 腰巾着よろしく賛辞する者がいれば、冷静な意見を出す者もいる。ヒルトースは盆地の南側、カリンは東側にある街だ。確かに方向は全く違う。


「それではダメだ。いいか、ヒルトースはどんな街だ」

「バサル峠の入り口の街ですが…」

「そこだ。いまラエルスの鉄道はバサル峠を越えようとしているらしい。当然越えた最初の駅はヒルトースに置かれるだろう」


 ムルゼがそこまで話すと、集まった面々の顔にも徐々に理解の顔が浮かんだ。

「奴の鉄道はそこまでで終わりだ。後のオルカルまでは我々がやる。向こうが苦労して峠を越えてきたところで、その先の美味しい区間は全部持っていけるという事だ」


 要するに鉄道の旨味となる部分を全部持っていこうという算段だ。アッタスワル盆地内は王都に近いという事もあり、そこそこ人の多い街も点在している。これまでラエルスが敷いてきた鉄道の沿線に比べれば、はるかに稼ぎやすい土地なのである。


「さすがムルゼ殿、策士であられる!」

「あの峠越えは馬車でも難儀する区間ですからな。そこを突破するには当然多額の費用が掛かる筈…」

「その区間は向こうが勝手に作ってくれるさ。ムルゼ殿は利益率の高いところに鉄道を敷くのだ。利益の上げられそうなところに重点を置く、正しい企業の在り方だ」


 皆の賛辞の声に気を良くしたのか、ムルゼも鼻高々と言った様子だ。

「まさに皆の言う通りである。奴の鉄道は多額の建設費を回収できずに経営難になるかもわからんな。そうしたらこちらが買収してしまえばいい。どんなに厳しい条件を付けようとも、奴は呑まざるを得ないだろうさ」


 既に鉄資材やそれを加工する職人やドワーフ達の都合も付けてある。建設要員もどうにでもなるだろう。何せ国がバックアップについているのだ、ラエルスの鉄道よりはるかに良いものを作って見返してやろうではないか。それが集まった面々の共通認識だった。


 ――――――――――


 皆さんはJR(国鉄)と私鉄との仁義なき戦いは好きでしょうか?

 作者は大好きです(即答)


 なんだそれ?と思った方は、関東で言えば東京(品川)~横浜~横須賀でのJRと京急電鉄のバトル。中京なら岐阜~名古屋~豊橋でのJRと名鉄。関西で言えば京阪間のJR、京阪電車、阪急電車や阪神間でのJR、阪急電車、阪神電車の絡む三つ巴の客取り合戦を調べてみてください。


 京急がなぜあそこまでぶっ飛ばすのかとか、名鉄パノラマカーは何故作られたのかとか、阪急京都線は実は京阪が作ったとか、色々と面白いものです。

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