第45話 輸入しよう、ワイバーン(加工済)

「お、無事に発送されたみたいだぞ」

「何か買ったんですか?」


 届いた手紙を見て思わずあげた声に、すかさずジークが反応した。


「ワイバーンの肉」

「えぇっ買ったんですか!?と言うか運ぶのに何日かかるんですか」

「手紙が届くの自体、時間がかかるしな。多分5日後ぐらいじゃないか?」

「腐ったりしません?」

「もちろん薫製さ」


 前にヤードを見に行った際に話していたワイバーンの肉だが、帰り際にマグラスの付き合いがある大商人のところに寄って相談してみるとどうも輸入出来そうな算段が付いたのだ。

 ちょうどこれからマリズムに行く交易船が出るとかで、輸入する物の中に入れておくと快諾をもらった。とは言えどう安く見積もってもいい値段だったが。


「手紙との誤差を考えれば、多分4日後ぐらいには着くんじゃないか」

「ワイバーンの肉ですか…どんな味がするのか、ちょっと楽しみなような怖いような…」


 調理担当のルファは苦笑いだ。もっとも燻製肉なので調理のレパートリーも限られているはずなのだが、それでもなんとかして美味しい料理に仕上げてしまうのだから我が家の女性陣は恐ろしい。なんだかんだ居候しているミアナも含めて。


「そう言えばこの前街に降りた時に駅になんか見慣れない建物があったけど、あれは何?」

 鉄道の延伸事業で忙しいラエルスに変わって、時折街で諸々の用事をこなすグリフィアが尋ねる。


「駅の構内のやつか?」

「そうそう。ホームになんかできてたからさ」

「そりゃ跨線テルハだな」

「こせん…?」

「ミノさんの宿に荷物運搬用の昇降機を付けただろ?あれと似たような物さ。ワイバーンの肉を受け取りに行くときにでも説明するよ」


 *


「ずいぶん荷物用のスペース増えてない?」

「元から拡張は見込んでたしな。貨物列車も見直したし」


 本格的なヤード集中型輸送に移行してから、貨物列車の運行形態を大きく見直した。

 それまでは全ての列車が各駅に止まり、そこで荷物の積み下ろしを行いながら走っていた。貨物輸送には車両1両を丸々荷主が借り切る"車扱"と、1両の中に色んな行先の荷物が詰まれる"小口扱"とがあり、これまではほぼ全てが小口扱だったからこそできる技だ。更に言えば、途中から分岐するような路線が無いので途中駅での複雑な貨車の入換を必要としなかったこともある。


 だがこの方法では到着に時間がかかりすぎる。現に初期ダイヤの貨物列車はリフテラートを早朝に出ても、深夜も走ってマグラスに着くまで丸一日かかる。各駅での積み下ろしに大きく時間を割いているので、鉄道の強みを活かしきれていなかったのだ。


 もちろん今時点でのライバルは荷馬車のみでこのぐらいでも全く問題は無いのだが、将来的に路線が広がった際にこの方式ではいろいろと問題が出る。

 なのでまず、一部主要駅の貨物設備を大幅に拡張した。マグラスの貨物ヤードに相当するものは中間駅のサティスにも作ってあるが、それ以外の駅でも貨車の組み立てた分解が容易にできるように貨物線や貨物ホームなどを拡充したのだ。


 貨物列車も大きく分けて二つの種別に分けた。一つは短区間運転ながら各駅に停車し荷下ろしを行うもの。もう一つは、主要駅間を結ぶ急行とも呼べるものだ。短区間運転の列車が各駅で荷物の積み下ろしを行い、主要駅で目的地別に整理され急行運転の貨物列車に連結される。

 トータルの所要時間はあまり変わらないが、こうする事によって将来的な路線拡張の際に効率よく貨物を仕分けできる余地ができるというわけだ。


 さらに急行列車や一部の普通列車に客室の一部に荷物を積めるようにした合造車を連結した。これにより小規模の荷物や郵便ならわざわざ貨物列車に積む必要も無い。もちろん急行列車に積む分については速達料金をいただくが。


「するとあの建物は、貨物ホームとこっちの旅客ホームとを行き来するためのもの?」

「その通り。荷物専用だけどな」


 日本の国内外問わず、港や大きな倉庫には"テルハ"と呼ばれるクレーンの一種がある。これは高いところや天井に設置されたレールのような形をしたI字の梁を、ホイストクレーンが移動して重量物でもスムーズに運べるようにしたものだ。


 日本の鉄道で小荷物輸送や郵便輸送が旺盛だった時代、ホーム間でこれら荷物をやり取りするのは手間がかかる上に危険が伴っていた。そのため線路と直角に桁を渡し、荷物を入れた台車を吊ってホーム間でやり取りする方法が生まれた。これが日本で独自に発展した跨線テルハだ。


 雪国では雪が付かないように密閉型のものが作られたり電化区間では荷物が落下して架線が損傷するのを防ぐための方式もあったのだが、鉄道貨物形態の変化によりほとんどの駅で撤去されてしまっている。


 ちなみに貨物輸送が小規模な駅では、渡線車というものが荷物輸送に活躍していた。これは線路に交差するように荷物かご用の線路を敷き、ホームの切欠いた場所に設置した台車に荷物を載せてホーム間を行き来させるものだ。ちなみに本線側のレールを乗り越えていくため、そこそこ揺れるらしい。

 オルカル本線でも中間駅の中で沿線人口の少し多い、貨物取り扱いもほどほどにあると見込まれるいくつかの駅では導入している。


「ほら、あんな感じだ」

 見上げた先では、ちょうど跨線テルハにぶら下がるホイストクレーンが荷物かごを吊って運んでいる。時刻は11時前、ちょうど普通列車と急行列車の到着時間を控えており、12時台には同じく普通列車と急行列車が発車するので、その2つの列車に積み込む小荷物や郵便を貨物の受付場所から運んでいるのだろう。


「頼んだやつは次の急行に積んでもらってるから、そろそろ来るんじゃないかな」

「わざわざ速達料金払ったの?」

「いや、まけてもらった」


 この鉄道を一から築いてきたんだ、そのぐらい良かろう。


 *


「リフテラートー!リフテラートー!終点でございます!鉱山線にお乗り換えの方は3番線へ、市街地方面乗合馬車"ラメール"にお乗り換えの方は、駅を出まして左側へ…」


 威勢の良い駅員の声と共に、到着したばかりの列車から次々と人が降りてくる。急行料金は決して安いとは言えない額だとラエルス自身も思っているが、それでもこうして利用する人がいるのなら良しだ。


「さて、ここで待っててもしょうがないから、荷物の受付に行こう」

「ここで受け取れれば楽なのにね」

「そこまでわがまま言えんさ」


 たった今到着した急行列車の機関車の次に連結されている貨客合造車から、次々と荷物が下ろされていく。それらは手際良く台車に載せられ、跨線テルハへと向かう。

 ホイストクレーンに吊るされてホームを跨いだ台車は貨物の集積場の方へと向かい、台車から降ろされるとすぐに整理されて受け取り主の到着を待つ。


 その隣では荷物の受付が行われており、時間がかかるが最安の貨物列車便、時間も値段もそこそこだが数に限りがある普通列車便、割高だが最速の急行列車便と仕分けられ、さらに行先別に振り分けられる。今は路線が一本のみなので効果が薄いが、複数の路線が出来てくるとこの段階で荷物の行き先を分けて整理して載せないと、荷物がどこに行ったか分からなくなってしまう恐れがあるのだ。


「ラエルスです。急行で到着した荷物がある筈なのですが」

「ラエルス様ですね、少々お待ちください…こちらですね。マリズム王国からとは、またずいぶん遠いところから」

「ちょっと面白そうなものがあってね」


 他愛のない話をしながら荷物を受け取る。あとは駅前に止めた馬車で家に帰って、早速ワイバーンの肉の味見大会だ。


 荷物の受け取りなんて一人でいいのに、何故か絶対グリフィアは付いてくるしならばと狼兄妹も付いてくる。家にいても暇だからとミアナも付いてくる。


 5人でぞろぞろ歩くのも目立てば、その中には容姿端麗な女性が3人もいる。いい加減に慣れたが、こうして人の多いところを歩いていると嫉妬やらなにやら色んな目線をぶつけられる。


 リフテラートの人たちはそもそも領主なのだし、瀕死の街を救ってくれたのだからそんな事は無いのだが、列車で他所からやってきた人たちの目線は中々に刺さるものだ。


 だがそれは同時に、そこに領主ラエルスがいるというわかりやすい目印にもなる。そんなわけで街に出ると要職の人に捕まることがあったわけで、今日も見事に捕まった。


「おーい、ラエルス!いいところに!」

「ルーゲラさん!お久しぶりです、どうかしたんですか?」

「いやぁ、前にウチの店で食っていった観光客が漏らしてた事なんだけどさ。こういうのはラエルスに相談した方が良いだろと思って」


 そう言うなりルーゲラは1枚の紙を手渡した。その観光客が漏らしていた事を忘れないように書き留めていたのだという。ガサツに見えて、意外とマメらしい。


「余計な事考えただろ?」

「いえ?」

 顔付きだけで分かるというのだから恐ろしい。


 さてメモ書きの内容を見てみれば、まさに将来的にやろうとしていてこれから設計に着手しようとしていた事が書かれていた。

「なんだって?」

「"せっかく海が綺麗で鉄道も海岸線を走るんだから、もう少し景色が見たい"とか"海風を感じたいところだったけど、馬車に比べるとそこはダメだった"とかそんな感じだな。要するに、もう少し開放感が欲しいってわけだ」

「馬車に比べればそうだろうけどねぇ。でも鉄道で開放感なんて…」


 確かに馬車に比べれば閉塞感は強いだろう、当たり前だ。だが馬車ほどでは無いにしても、鉄道で開放感を感じさせる事は出来る。一番わかりやすいところでは、全国で走っているトロッコ列車だろう。トロッコでは窓を取り払い、外の風を直接浴びながら風景を楽しめる。


 そしてラエルスは、鉄道がオルカルまで延伸した際に導入しようと決めていた車両があった。昔々の、新幹線が出来るより前に走っていた名門特急列車の最後尾に連結され、その車両に乗ること自体が一つのステータスとされた車両。


「展望車を造るぞ」

「何ソレ?」


 だよなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る