第43話 逼迫する貨物輸送
「もう駅で捌ける量じゃねぇな」
「まったくですね。これじゃ…」
第一期線の中間にあるカリトス駅で、信号係と助役の二人の駅員が立ち話をしていた。目線の先には高く積まれた貨物の山、1日わずか2本の貨物列車では追いつかなくなってきている大切な荷物だ。
開業してから右肩上がりで増え続けていた小荷物は、第二期線が開業してから限界を超えつつあった。
貨物列車は全ての駅に細々と停車して荷役を行なっており、各駅には一部を除いて引き込み線を用意しており停車時間の中で直接荷下ろしをしたり、貨車の増解結を行なっている。
だが第二期線が出来たからというもの、遠くまでの荷物で貨車がいっぱいで載せきれないという事が頻発していたのだ。
「とりあえず上に知らせておけ。あんまり滞留しても困るし、お客さんが離れてしまっても困る」
「一番困るのは助役じゃないですか?日課の朝の運動のスペースがどんどん狭くなっちゃって」
「そういうことだ。ほら、ぼちぼち隣から閉塞の電話が来るぞ」
信号係の駅員が駅舎に向かうのを見送って、助役は溜息を吐く。すぐに増便してもらわなければ、貨物輸送が回らなくなるのも近いだろう。
*
「貨物列車の増発要望か。確かに色々策を打ったからか、最近の輸送量は右肩上がりだからな」
「そんなに?一時は運ぶ物が無いとか言ってたのに」
「最初の頃はな。便利に慣れちゃえば、みんな楽な方を使いたがるものさ」
とは言いつつも、増発すればいいという問題ではないなとラエルスは考えていた。
現にラエルスのもとにも新たに何を運びたいとかこれは運べるかという質問の手紙は各地から届いており、その中には駅での荷下ろしが危険だったり不可能なものもあった。
鉄道はありとあらゆるものを運べるが、積み下ろしの場所はそれぞれの特性に対応させなければならない。郵便や小荷物なら駅のホームでも可能だが、大きなものならば専用の貨物ホーム。砂利や石炭などならホッパー、石油などでも専用の積み込み施設が要る。
これらも重要だが、貨物が増えた時に何より大事なのは、それらの大量の車両をしっかり整理することだ。今では鉱山線とオルカル本線の2路線しか無いが、将来的に路線が増えたりした時にはまずは方面別に貨車を仕分けなければ混乱の元になる。
「いよいよ本格的に、貨物駅を作る必要が出てきたってわけか」
「なんか前にちらっと言ってたやつ?」
「そうそう。あとは今ある駅にも、より多くの貨物を捌けるように改良を加えないとな。またドワーフ達のところ通いだ」
脳裏に浮かぶものは多々あれど、実現できるか否かはドワーフ達の技術力にかかっていると言っても過言ではない。蒸気機関車を実現してしまう彼らに心配は無用な気もしたが、念の為しっかりとイメージ図と使用用途を記載した書類を作り出すのだった。
*
数日後、ラエルスはマグラスで、海軍の人と会っていた。相手は海軍に設立された、鉄道隊の隊長であるアッチェル中佐だ。
海で戦う軍に何故鉄道隊かと言われてしまえばそれまでだが、この国の首都は盆地の中だ。おのずと中枢も兵器廠なども首都に存在する。
船という大量の兵員や資材を使う海軍にあって、これまで陸地での移動は独力で行うには困難が多かったようだ。それを鉄道に肩代わりしてもらい、見返りとして軍も鉄道建設に協力するという話になったらしい。
ちなみに陸軍はだんまりだ。トップの意地なのだろうが、兵たちには迷惑な話なのではないかとも思う。
「また広い敷地ですな。ここをどうするのですか」
ラエルスと共にマグラスの郊外にやってきたアッチェルは、目の前に広がる土地が鉄道用地と聞いて驚き半分で尋ねた。
「巨大な貨物駅を作ります。今更言うでもありませんが、マグラスは西のリフテラートからこの街を通って東のカールズを結ぶ王国南街道と、オルカルからバサル峠を抜けるオルカル街道の接続点です。さらにマグラス自体が王国内でも有数の外国との港町、となれば必然的にこの街に集まる貨物は大量になります」
ラエルスの説明にアッチェルは頷いて先を促した。
「実のところ、既に各駅で扱っている小荷物も限界に達していまして、それらを集約できる場所が必要という事情もあります。合わせて他の場所にも貨物駅を作ったり主要駅にも改良工事を加えたりはしますが、将来的な旅客、貨物ともに結節点になるこの地に、今のうちに大きな貨物駅を作っておきたいのです」
そう言いつつラエルスは用意していた青写真をアッチェルに見せ、一つ一つの設備について詳しく説明していく。
「成る程…つまり、今のところはリフテラート方面とオルカル方面のみだが、将来的にはここの設備で4方面からの貨物を捌こうというわけですな」
「その通りです。最近の雇用状況は改善に向かって景気も回復してると聞いているので、この貨物駅はドワーフ達にも協力してもらいなるべく機械化を進めて省力化を図ります。無人化とまではいきませんが、最小限の人数で運用できるようにします」
参考にしたのは、現在のJR武蔵野線にあった武蔵野操車場だ。細かく点在した貨物駅や駅での小荷物を扱う小口輸送から現在のコンテナ輸送への形態変化により活躍した期間は短いが、様々な設備を自動化して省力化に特化した操車場だ。
「なるほど…ラエルス殿はオルカルの経済学者のような事を話される」
「どういう事ですか?」
感慨深げに頷くアッチェルに聞き返した。
「ラエルス殿のパーティーのお陰で魔王との長きにわたる戦争が終結してもう数年が経ちましたが、当初惨憺たる状態だった国内経済もだいぶ持ち直してきました。なんでも王都ではベビーラッシュだそうで、産婆さんは大忙しだそうです」
その話はラエルスも聞き及んでいた。リフテラートでも最近では赤ちゃんが増えたとかで、家の内装をリフォームするとか幼児用のおもちゃだとかそんな話題がよく聞こえてくる。その度にグリフィアがチラチラ見てくるのは、今はあえて心を鬼にして気付かないフリをしているが。
「当然、雇用率は大幅に改善していて、これまで大量の人を必要としていた職では人集めに苦労している所もあるようです。その点、ラエルス殿のいう所は時代を先取りしていると言ってもいいのでしょうな。
魔法だけではどうにも解決できない分野では機械化を進める。これ自体はあまり日の目を見ない分野の話でしたが、この鉄道によって見直す運動も始まっております。将来的には、魔法だけに頼らない国になっていくのかもしれませんね」
魔法には非効率的なところがあるとは思っていたが、少なくとも機械文明になる事は無いだろうとラエルスは考えていた。そもそも魔法以外の概念が無い世界において、機械文明的な発想は生まれないと思っていた。
だが実際には蒸気船が存在するしドワーフ達も理解してくれるとかで、蒸気機関が発達する素地があった。もちろん本当の機械文明に欠かせない電気が無いので発達には限界があるが、こういった発想が出てくるだけでも意外なことだ。
よくあるファンタジーのように、いつまでも世界史で習うような古臭い生活ではないという事である。
「魔法だけでは限界がある場面もありますしね。少しずつでも機械に頼れるようになれば、もっと住みやすくなるのかもしれません」
ラエルスはそう言って見せたが、やがて化石燃料がもっと様々な場所で使われ石油なんか掘り出すのだろうとも考えていた。そうなればおそらく、一気に環境破壊が進む。
今でこそ見慣れたものだが、最初この世界に来たときは、大自然の美しさに感動したものだ。
やがて現代日本とのギャップに苦しむことになるのだがそれはそれ、この美しい国がそれこそ世界史のような道を歩むのかと思うとなんとも居た堪れない。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。とりあえずここに作る貨物駅が、将来的な物流の要となる事でしょう」
その言葉に、アッチェルが思い出したかのように言った。
「物流といえば、オルカルには王都物流協会というものがありましてな。これが王都内の様々な荷物の運搬を担う荷馬車の人たちの教会なのですが」
「その協会がどうかしましたか」
「個人的な話で申し訳ないのですが、弟がここに所属して荷馬車をやっていまして。前に鉄道の話をしたら、長距離輸送はともかくこういう街中の輸送はどうするのだと聞かれましてな」
最初に鉄道を作るときにも揉めた話だ。現在のリフテラートやイルファーレン内での荷物輸送がそうであるように、オルカルやマグラスでも街中は荷馬車が活躍する事だろう。
だが違うのは、その街の大きさだ。リフテラートのような小さな町と、マグラスやオルカルのような大きい街を一緒にしてはいけない。
「確かに今まで荷物は荷馬車が運ぶのが普通でしたが、これからは長距離は鉄道での輸送がメインとなるでしょう。ですが鉄道の短所は小回りが利かない事、それを補完するのが馬車です。これは各地に開業した乗合馬車と同じです。
ただマグラスは大きな街です、オルカルはもっと大きい。必然的に走る荷馬車の数も多いはずなので、その辺りは考慮しなければなりませんね。それこそアッチェルさんの弟さんの協会と話し合ってみてもいいかもしれません」
その後もいくつか話をして、数日後にオルカルで王都物流協会の人とも話し合いの場を持った。貰った意見を元に貨物駅の計画を一部見直し、再び建設に当たる海軍鉄道隊と突き合わせる。
やがて海軍の屈強な男たちが、土地の造成に入る。地面を均等にならし、貨物駅の端には丘を作る。この丘が物流の拠点たる貨物駅の要だ。数か月後にはここに、鉄道貨物の一大拠点ができる事だろう。
――――――――――
武蔵野操車場は現在の三郷駅~吉川駅(当時新三郷駅は未開業)の間にあった貨物ヤードです。全国各地にこうしたヤードはありましたが、武蔵野操車場ではコンピューターも活用した合理的な貨物駅として活躍しました。
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