第42話 船と鉄道

「海運社からなんて何だろうね」

 部屋に戻って手紙を開けてみると、思いもよらない文が綴られていた。


「ほう、鉄道連絡船か…いや、違うな。日本郵船みたいなところか」

「なんのこと?」

「ほら、見てみ」


 手紙には、自社の船便とラエルスの鉄道と共同での輸送の提案が記されていた。中にはユリトースの港からマグラスまでの定期航路開業のチラシが同封されている。


「これってつまり?」

「このユリトースからのお客さんを鉄道で各地へ運んで、逆に船に乗るお客さんを鉄道で集めませんか。とかそういう感じだな。あとは旅行客なんかを互いに斡旋したり、貨物の連絡輸送なんかもできるな」


 日本では鉄道と船はかなり深い結びつきがある。こと島国である日本では、現代にように飛行機が主流になる前は海外に行くとなれば船一択だ。その為には港まで行かねばならず、そこには鉄道が使われた。


 青函連絡船(青森~函館)や宇高連絡船(宇野~高松)、関門連絡船(下関~門司)に仁堀連絡船(仁方港~堀江港)や宮島航路など国鉄が運営していた連絡船とは違い、海外に向かう航路は当然ながら国鉄とは関係は無い。

 しかし旅客の便宜を図るために稚内桟橋駅、横浜港駅、舞鶴港駅、長崎港駅などの専用の駅が設けられ、海外に向かう船の発着に合わせて列車が運行されていた。


 だがユリトース海運からの提案は少し違う。ユリトースやその他の各国からの人を自らの船でマグラスへと運び、船のお客さんのアムダス王国内での輸送をラエルスの鉄道で行うという例えるならば専売契約のようなものだった。


 海外航路との連絡を取った国鉄は、船会社と契約を交わしていたわけではない。このやり方はどちらかと言えば、戦前に日本郵船が運航していたシアトル航路などの海外航路に近いものがある。


 日本郵船はアメリカの鉄道会社と手を組んで、横浜からタコマまでを自前の船で運び、そこから先をノーザンパシフィック鉄道。同じくシアトルまでを船で運び、そこからはグレートノーザン鉄道というような輸送形態を確立していた。

 こうして現地の大陸横断鉄道を用いれば、パナマ運河を通っても遠回りになる日本からアメリカ東海岸を短絡する事ができたというわけだ。


「つまり船でマグラス港へ来た海外の人たちは、まず鉄道でマグラスの街なりに向かうってわけね」

「そういうことだな。元々マグラス港への線路は作るつもりで土地も押さえてあるし、線路だけならすぐに敷ける。あとは旅客船の入港に合わせてこっちが列車を走らせればいいってわけだ」


 元より各港への列車も、船の入港予定に合わせて臨時列車が運行されていた。東京発の舞鶴港行きなんかは東京から大阪方面に向かう急行や特急に2両ばかりの1等車を連結し、米原で切り離した後に今度は北陸に向かう列車に再度連結して舞鶴を目指したりしていたぐらいだ。


 ここでは入港に合わせて数両の列車を仕立て、あとは定期急行なりに連結するのがいいだろう。客のほとんどはオルカルを目指すだろうし、いくらリフテラートが有数の観光地だとは言え向かう人数はたかが知れている。


「海外からのお客さんも多くなるな。まさかこんなすぐに多国語表記が必要になるとは思わなかったが…」

「あぁー…そうよね。でも公海共通語だけでいいんじゃない?そもそもいくら外国に門戸を開いてる港って言っても、そんないろんな言葉が並んでるのなんか見た事ないわよ」

 グリフィアの言う通りで、ラエルス達も初めて言葉の違う外国に出た時は言葉も文字も通じずに苦労したものだ。


 だがそれで良しとしないのが、グローバル化が進んだ世界から転生した者のサガだ。もてなしとは何より快適に動けることだとラエルスは思う。

「確かにな。でもいくら観光のためとはいえ異国の地を訪れて、自分の読める文字があるっていうのは安心するものだぞ。それにこれまでみたいに外国へ行くのは命がけってわけでもないんだし、これからは平民でも旅行するって人が増えるぞ」

「うーん、そうかも。もう旅行は特権階級か命知らずの冒険者だけのものじゃないものね」


 国中に魔獣が闊歩していた頃は、極端な話では地方から街に出るだけでも命がけな側面があった。魔獣はどこで遭遇するかわからないし、それが弱いものであるという保証も無いからだ。


 それでも護衛を雇っていれば何とかなる陸上と違い、海の上では遭遇してしまうと生きて帰るのは難しい。それ故に、海を渡って外国に行くという概念そのものがこれまでは無かったのだ。


 しかしミノに見せられたアンケートを思い出せば、リフテラートを訪れるお客さんには外国人も増えているという。徐々にではあるが、海を渡っての旅も大衆化してきた証だ。


「するとなんだな。外国語を話せる人を雇わなきゃいかんな」

「公海共通語はいいけど、ユリトースの言葉だと…ナージャル語か。いるかなぁ」

「ま、探す他無かろうな」


 自分の所で養成するのが確実ではあるが、手っ取り早いのは話せる人を雇うことだ。

 まさかこんなインバウンドに関わる諸々まで考える事になるとは思わなかったラエルスだった。


 *


 手紙には試験航海でマグラスに立ち寄る日程も書かれていたので一行は見学を申し込んでみたところ、二つ返事で快諾の返事が来た。

 そんなわけでマグラス行きの急行列車に揺られているわけだが、こういう時の狼兄妹は大体テンションが高い。


「私、大きな船をこんな間近で見たのは初めてです!」

 目をキラキラさせて、思わずルファが叫んだ。


 マグラス港に着くやいなや、出迎えたのは巨大な船だ。冒険者時代に乗った武骨な軍船と違い、凝った意匠と装飾が垣間見える、文字通りの豪華客船というやつだ。


「お待ちしておりました。ささ、こちらへ…」

 出迎えてくれたユリトース海運の人と一緒に船に入ると、皆んなで思わず声を上げた。


「すごーい…」

「今の船ってこんな豪華になってるんですね」

 乗船口から船の中に足を踏み入れると、まず目に入ったのは広いホールだ。ラウンジと一緒になっているようで、少し離れた場所にはこれまた高そうな椅子とテーブルが均等に並んでいる。横浜の山下公園にある氷川丸を思い出させる。


「ラエルス様たちが魔王を討伐し航海の自由が我々の手に戻った事で、ようやくこうした絢爛な船を作る事ができました。どうぞ、客室の方もご覧ください」


 促されるままに通路を進み、普通客室や特別室、下に降りて荷物室や機関室、上にあがれば操舵室に船長室とあちこち案内してもらう。狼兄妹は当然のことながら、グリフィアやミアナも物珍しそうに見回っていた。


 そして最後には、食堂でランチを振る舞ってくれるそうだ。

「そう言えば船も真水って貴重なはずですよね。この辺りはどうしているのですか?」

「さすが鋭い事をお聞きになられる。この船、ラルフ号では、船底の方に設置してあります。バランスを取るという意味でも、重心は低い方がいいですから」

「これだけ大きい船だと、結構な量の水を貯めておけるのではないですか」

「はい。しかし先程の客室を見ての通り、高級な部屋にはシャワーも設けられております。なのでなかなか、足りてるようで足りないんですよ」


 一体どうやって水を上まで組み上げてるのかとか疑問は尽きないが、その辺も魔法か何かでどうにかしているのだろう。ある意味電気以上に万能なのが魔法というやつだ。


 そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。列車内で出すものと違って、肉や魚、野菜もふんだんに使われた豪勢なものだ。


「生鮮食品も結構あるようですが…保存はどうしているのですか?」

 グリフィアがシェフに尋ねると、シェフが誇らしげに答える。


「これらは全て、厨房の冷蔵室と呼ばれる場所で保管しております。最新鋭艦のラルフ号では大量の氷を室内に置いて温度を低く保っている部屋がありまして、長持ちしない食品は全てそこで低温保管することで鮮度を保っております」


 発想は貨車の種類の一つである冷蔵車と同じだ。冷蔵車は港から鮮魚を市場へ運ぶために使われたが、この際にも大量の氷で中の温度を低く保っていた。現在の開業区間は割と海沿いなので鮮魚列車を走らせる必要性は薄いが、オルカルまで開通した折にはこの鉄道でも鮮魚列車が走るだろう。


 ちなみに鮮魚列車は市場へ向かう速さが命という事もあり、鮮魚特急と呼ばれる列車も設定されていた。幡生(山陽本線)~東京市場(東海道線貨物支線、いわゆる築地市場)間をとびうお号、博多港(博多臨港線)~大阪市場(大阪環状線貨物支線、野田駅から分岐していた)間をぎんりん号、鮫(八戸線)~東京市場間を東鱗1号という名前で走り、鮮魚列車の中には東京駅を通過していくものもあったという。


「冷蔵室かぁ、広い船ならではってところだね」

「だな。さすがに列車内で同じことをやるのは難しいし、そもそも船みたいに出港したら何日も補給できないってわけじゃないからな」

「言われてみればそうね」


 グリフィアが納得している間にも料理は運ばれてくる。街の高級レストランにも引けを取らないほどの豪華なメニューだ。


「なんか…これ食べた後に列車で食べる料理がアレってのも…」

「鉄道の方が船より制約が多いからな、その辺強調してみても良さそうだ。ま、安心しろよ。この国に旅行に来た人たちはまず蒸気機関車に驚くだろうし、その中で食事できるってことにも驚くはずさ。なんにしても、グリフィアの料理が劣るなんて事は絶対無いさ」


 頬を赤らめて頷くグリフィアを見て、ミアナがわざとらしく手で顔を扇いだ。

「あーあ、相変わらずお熱い事で。てか私も作ったんだけど?」

「ミアナ様、このお二人は隙あらばこうなるので気にしない方が良いかと」


 ジークのツッコミにミアナは大笑いだ。見れば船のスタッフも笑いを堪えている。少し自重した方が良いだろうかと考えるラエルスだった。


 ――――――――――


 秋田は奥羽本線、土崎駅から分岐する貨物支線の終点に秋田港駅と言う駅があります。かつては貨物専用駅でしたが、今ではクルーズ船の乗客専用ホームが設けられています。もっとも次に使われるのはいつになる事やら…


 ちなみに長崎県のJR大村線の駅で南風崎はえのさき駅は戦後間もなくの復員軍人輸送船の受け入れ基地で、舞鶴港や敦賀港などと合わせてこの駅から沢山の復員軍人の方を乗せた臨時列車が大阪や東京を目指して走りました。


 横浜港駅なんかは、有名な赤レンガ倉庫の片隅に当時のホームが残っていたりします。また赤レンガ倉庫の近くには何本か線路が埋められて残っていたりもします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る