オルカルへ行く前に

第41話 第二期線開業

 軍が建設に参画するとこんなにも早いのかと、ラエルスは驚いていた。海軍が建設に参加するようになってわずか1年、総延長350キロほどをこの短期間で作ってしまったのだ。

 無論日本の新しい鉄道と違って踏切も作れれば保安装置もそこまで難しいものではない。海岸線沿いは平坦な土地が多いので高架も築堤もトンネルもそこまで多いわけではなく、極端な話、線路を敷いて電話線を敷けばそれで済むのだ。


 とは言え早い。最大の関門はマグラスからオルカルまでの最後の150キロとは言え、驚異的な速さだ。

「これが海軍魂ってやつよ」

 なるほどカルファ将軍が誇らしげに言うのも頷けるというわけだ。鉱山線や第一期線を作ってきた工夫たちは既に鉄道建設には慣れているだろうが、その人たちの作った区間と比べても全く遜色ない。


「早すぎて追加で必要な車両の方が間に合いませんでしたよ」

「ははは!まぁそれも解決したのだろう?こうして開業日を迎えられた事こそが重要だ」


 将軍の言う通りだ。一生の仕事だと思っていたが、沿線住民や海軍の協力もあって予想よりはるかに早く建設は進んでいる。残すは最難関のバサル峠越えのみだ。


 新しいダイヤでは基本的に普通列車の2時間間隔は維持しつつ、通しで走る急行が2往復と区間列車が路線の中間にあるサティスと言う古い城下町を起終点としてそれぞれリフテラート方面とマグラス方面に1往復ずつ。他に夜行列車が1往復だ。


 追い抜きや交換待ちの兼ね合いでどうしても間隔が空いてしまうところには、一部駅を通過する準急列車を運行する。

 またマグラス近郊は人の往来も多いというので、そこだけは1時間間隔で普通列車を設定した。この区間や将来的に王都へ鉄道が伸びた際には、タブレット閉塞に代わる次世代の保安装置を使用しなければならないだろう。駅間距離も決して短くないので、いくら全駅で交換可能とは言えダイヤは結構キツかったりする。


 夜に移動しない代わりに朝はとても早い。乗合馬車がそうだったように、始発は5時台や4時台だ。だが暗闇の脅威も薄れ夜に活動する人も増えている事から、夜も22時頃まで列車が走る事になる。ダイヤ上、日が変わる間際まで走るものもある。


 当然警備隊も大幅な増員となり、イーグルはやる気満々だ。食堂車も本格稼働となるので、新しく編成された食堂部のコックたちの指導にグリフィアやミアナもてんやわんやだった。


 こうなると当然車庫もリフテラートと一期線の中間にあったカリトスだけでは足らず、第二期線の中間であるサティス旧城址駅を含めた沿線3か所に車両基地を設けてある。サティスとマグラスには機関庫も設置され、いまや人族の労働者も混ざって作っているドワーフの村の機関車工場は大賑わいだ。


 所要時間は普通列車で13~14時間、急行列車で10時間弱だ。これまで数日単位でかかっていたマグラスとリフテラートの間がこれだけの時間で結ばれるのであれば、これを革命と言わずして何と言おうか。


 今回の開業式は、ラエルス達はマグラスで参加している。招待を受けたのもそうだし、今後はオルカルへ向けて延伸するという演説めいたものを行う為でもある。


「いや、ラエルス殿。噂はかねがね聞いておりましたが、早いですなこの乗り物は」

 上機嫌で話しかけてきたのは、マグラスを領地とする領主、オーランだ。

「馬車の数倍の速さですからね。最初にリフテラートから鉱山まで建設した時は、速さには驚いてくれましたけど何分実用性に欠けるものでしたし…」


 鉱山線は完全に数少ない沿線住民と鉱山労働者のための路線だ。路線単体の旅客人員を見れば、それはもうひどいものである。


「実は私の息子もはるばるリフテラートまで行って鉄道に乗ったそうでして、あれはすごい!とか馬車なんて時代遅れだ!なんて言い出して困ったものでしたよ」

「それはそれは…でもどうですか、実際に鉄道を目にしてみて」

「いやはや、今なら大興奮で帰ってきた息子の気持ちもよくわかりますよ。確かに鉄道のこの速さを体験してしまうと、新時代の幕開けを見ているようです。ほら、汽笛だって新時代の音のようだ」


 ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする。とは習ったものだが、なるほどこの世界では汽笛の音が文明開化の音なのだとか。将来の教科書に載るかもしれない。


 領主がそうであるように、マグラスの街でも鉄道の噂は広まっており、試運転の列車を走ったり馬で追いかけてみたりと言う人もいたそうだ。ミルングとリフテラートが出来た時点で馬車で1日の距離が2時間で着くという事は衝撃を持って迎えられ、駅や大規模な機関庫と車両基地の建設にもイルファーレンのような反対運動は無かったという。オルカルに次ぐ、王国第二の街でありながらだ。


「鉄道と乗合馬車の開業記念だ!今日は安くするよ!」

「マグラスで泊まるときには是非ともウチの旅館をごひいきに!」

「街中の案内のご用命なら…」


 マグラスの駅前は、いよいよ待望の鉄道がやってくるとの事で大賑わいだ。漏れ聞こえてくる話では、このために仕事を休んだとか抜け出してきたとかそんな声も聞こえてくる。

 この世界にも学校に相当するものはあるのだが、そこの生徒たちも先生引率で見学しに来ているほどだ。

 やはり鉄道開業のお祭り騒ぎはどこの世界でも変わらない。


 *


 開業日の夜、オーランが主催して様々な人を集めて晩餐会が開かれた。


「ようこそおいでくださいました。マグラスは軍港である以前に漁師たちの海の街、今宵はマグラス自慢の海鮮料理をたんと召し上がってください」


 並ぶのは色とりどりの魚料理だ。焼き魚などは他の街でもそこそこの金額を払えば食べられるが、何より目立つのが刺身の数々だ。こればかりは生もの、遠くへ運ぶ事が出来ないので食べられる場所も限られる。オルカルでさえ結構な額を出さないとありつく事は出来なかった。


 とは言えラエルスは日本食を懐かしんで時々食べていたが、リフテラートに来てからはご無沙汰だったのだ。おのずと、手が船盛りで積まれた刺身の方へと延びる。


「ラエルスはほんと生魚好きよね」

「前の世界でも好きだったからつい、な」

「そのノリで食べ過ぎて破産しかけたこともあったわねぇ」

「やめてくれ、黒歴史だそれは」


 もう過ぎたことなのでミアナとグリフィアは笑っていたが、当時はめっぽう怒られた。

 ラエルスだって久しぶりの日本っぽい食事に舞い上がったのは事実だったが、まさか切り身3枚で銀貨5枚5000円も取られるとは思ってもいなかったのだ。


「だけどアレだな。せっかくマグラスまで伸びたんだし、路線の途中の内陸の方にも魚を届けたり、逆にこういう海沿いの街に山菜を届けたりもしたいな」


 これこそ鉄道の恩恵、傷みやすい海の幸や山の幸を素早く沿線の各地へ届ける事ができるのは、鉄道をおいて他に無い。


「最初の頃に言ってたもんね。でもそうなると、色々契約とか話し合いとか大変じゃない?」

「そうなんだよな。いくつか駅弁絡みで卸してくれるところにそれとなく聞いてみたんだけど、やっぱりこれまで当たり前に地元でしか食べられなかった食べ物を、遠くでも食べられるようになるって概念が信じられないみたいでな。なかなかその辺を理解してもらえないんだよ」

「うーん、分かる気がするなぁ。そもそもこの距離を一昼夜で行けるってのもいまだにちょっと信じられないし」


 そもそも鉄道なり通信なりが発達し始めた頃は、こうした意見が普通だったのだという。中には教会が「黒魔術だ」とか「悪魔だ」とか断じた例もあったそうだ。

 この辺は価値観がアップグレードを待つ他無いが、手っ取り早いのはこちらから固定観念をぶち壊しに行くことだ。


「特産市みたいなことをやるのは手かもしれないな」

「どういうこと?」

 ラエルスのあまり聞き慣れない言葉にグリフィアが聞き返す。


「鉄道沿線の街で作られたものや採れた産物なんかを鉄道で運んで、どこかの街で市場を開くのさ。例えば途中のエヅオンは山が近くて、山に成る果物なんかが名産だ。

 サティスは養蚕の街、絹製品が有名。リフテラートとマグラスは港町、中でもマグラスは外国との主要貿易港でもあるから外国の製品が多く入ってくる。リフテラートじゃ魚と肉は食えるけど、なかなか今言った他のものって無いだろ?」

 皆が首肯した。確かに果物なんかはリフテラートではなかなかお目にかかれない。


「だから鉄道で運んで市場を開くのさ。これまで高値でしか買えなかったものを、鉄道で大量に早く運んで安価で売る。新しい市場の在り方だ」

「なるほど…またどこぞの商工会みたいに反発を買わなきゃいいんだけど」

「これも時代さ。自分で作り上げておいてなんだが…」


 古き伝統は時代と共に消え去るのみだ。鉄道で駅馬車が廃れたように、新幹線で長距離列車が廃れたように。


 そんな話をオーランに打診すると、この辺はさすがに知見の深い領主だからかすぐに快諾してくれた。場所はマグラスとリフテラート、そして中間のサティスだ。沿線各地の領主を通じて色んな店や卸問屋から品物を集め、各駅前に設けられている広場に市を開く。こうする事で、まずは一大消費地になるであろう3つの街の人たちに鉄道の力を感じてもらおうというわけだ。


 *


 マグラスでの開業式とパーティーを終えて家路につくと、ちょうど郵便配達人と出くわした。


「ラエルスさんですか?」

「私です」

「手紙ですよ。海外からなので、どこかの偉い人かもしれませんね」


 確かに蜜蝋で封がしてあるが、差出人の名前に見覚えが無い。どこか訪れた事の無い国の王か、あるいは…


「ユリトース海運?」

 差出人はマグラスへも船を送っている、都市国家ユリトースの海運社からだった。


――――――――――


 大変お待たせしました!


 ダイヤグラム作りで結構な時間がかかってしまい、書き溜めてはいたのですが公開できずにいました。

 取り敢えず4話分を隔日で投稿いたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る