第40話 夜こそ移動に充てよ

「食堂車は見込みが立ったから、次は寝台車だな」

 一気に路線が長くなったので列車の運転にも時間がかかる事から、食堂車を用意した。さて次は寝台列車を走らせるべく、寝台車を設計しなければならない。


「寝台?列車の中で寝るの?」

「そうだ。夜の寝てる時間に移動できるから、時間の有効活用になるぞ」


 その言葉に皆は絶句していたが、ラエルス自身は初めから、オルカルまでの鉄道には寝台列車を走らせる心づもりでいた。これまで夜は街で眠り、明るい時間にのみ移動するのが普通だった。それが寝て起きれば目的地というのは間違いなく画期的なはずだ。


 元々鉄道が出来た頃は利便性ではなく、単に列車の速度が遅いため長距離走るのであれば夜通し運行せざるを得ない状態にあった。例えば名古屋から大阪では今でこそ新幹線で50分で行けるが、鉄道の出来た頃はこの間で1泊できるぐらい時間がかかったのだ。


 初めて東京から下関までの直通特急が走った時は、新橋を出て大阪まで12時間、下関まで25時間かかったそうだ。これが普通列車ともなると、東京を夜に出て下関には翌々日の朝に到着となる。日本の列車で列車の中で2泊というのはちょっと信じられない。


「なるほど。すると夜にリフテラートから列車に乗って、朝にマグラスに着くというわけですか」

「そういうことだ。朝に着いたらすぐに馬車に乗り換えれば、オルカルも随分近くなるだろ」


 ジークが感心していると、グリフィアから指摘が入った。

「うーん…魔獣がいくら減ったといっても、一応ほとんどは夜行性だからね。襲われたりしない?」

「もちろん警察隊は昼の列車より多く乗せるし、その分料金が上がるのは仕方ない。もともと寝台列車は定員が少ないから、いやでも高額になるしな」

「どのくらい?」

「そうだな…寝台車にもいろいろグレードはあるけど、銀貨10枚10000円から20枚20000円は取ってもいいな」


 ちゃんとは考えてなかったので日本の寝台料金から少し盛ったぐらいの値段を提示したら、思いのほか驚かれた。

「そんなにするの!結構高いように思えるけど乗るのかな」

「乗るさ。結局馬車代や宿代に比べたらって話になってくるし、それを考えるならもう少し高くてもいいぐらいだ」


 寝台料金は結構高い、とラエルスは思っている。一番安くても6000円を超えるし、高いと20000円以上だ。

 寝台車両の種類は多種多様だ。日本の寝台列車は大まかに分けてB寝台、A寝台にわかれ、A寝台でもさらにグレードの高いものはSA寝台と書かれたりもする。


 B寝台はもっともポピュラーなもので開放型3段か開放型2段寝台というものがある。これは車両の端に通路があり、そこに面するように枕木方向に3段か2段の寝台が並んでいるもので、一昔前の寝台列車と言えばこれといったようなイメージのある構造だ。

 他には一人用個室であるソロ、シングル。二人用のツインがある。ソロとシングルの違いは部屋の大きさだったりで、実際両方ついているサンライズエクスプレスのソロは結構狭い。


 A寝台はというと、これはかなり幅広い。古い車両だと中央に通路があり、その両端に2段寝台が線路方向に並んでいるプルマン式と呼ばれるものがA寝台だ。

 だがプルマン式は2013年に廃止された寝台特急日本海以降は無く、時代が新しくなるにつれて個室が主流になっている。


 この個室もまた種類がいろいろとあって、B寝台の個室を単純にグレードアップさせただけのようなものもあれば、ベッドとは別に椅子と机が別に用意されさながらビジネスホテルようなもの。

 SA寝台にもなると個室内にテレビがあったり洗面台にトイレ、さらには専用のシャワーがあったりもした。


 さてこの世界の寝台列車はまだ草案しか考えていないが、作るのはB寝台となる普通寝台とA寝台となる特別寝台だ。普通寝台は開放型3段寝台がメイン、特別寝台はプルマン式の2段寝台だ。

 客車も乗り心地と輸送力を重視し全車ボギー車で、普通寝台を5両と特別寝台を2両、それに食堂車を加えた8両編成だ。いくらドワーフ達の作る機関車の性能がいいとはいえ、さすがにこれぐらいが限界である。当然、ロビーカーなどの洒落たものを連結している余裕は無い。


「さて、あとは試作車が出来てからだ。もう結構できてるみたいだし、あと10日ぐらいもすれば落成するはずだよ」


 *


 寝台車の試作車が出来たという連絡を貰って、ラエルス達はリフテラート駅に向かった。車両工場は相変わらずリフテラート駅構内に設けてあったが、路線が伸びればだんだんと手狭になるかもしれない。


「これが寝台車両?大きいのねぇ」

 食堂車以外でも食事は食べるだろうという事で、すっかり食事メニュー開発担当と言った顔でラエルスの邸宅に居候しているミアナも付いてきている。


「むしろこれまでの客車が小さかったからな。これを機に普通客車も大型化していきたいところだが…」

「今のままでも馬車より大きいしいいと思うけどなぁ。だってこの寝台車だって、ミルングから乗ってきた車両の倍ぐらいあるよ?」

「そ、俺のいた世界だとこれぐらいが普通だったからな」


 大体日本の在来線の車両において、1両辺りの長さは20メートル前後だ。私鉄などでは18メートルだったりあるいは21メートルだったりするし、新幹線では25メートルである。

 今のJRになる前の国鉄時代の客車は20.5メートルが多く、この世界でもせめて食堂車と寝台車は20.5メートルで作り、今は10メートルほどの2軸の普通車両もおいおいは合わせていく予定だ。


 車内に入ると、おおよそラエルスが注文した通りの内装に仕上がっていた。

 デッキから車内に通じるドアにはこの世界の文字で"普通寝台"と書いてある。本当はB寝台にしたかったが、この世界にアルファベットに対応する文字が無いので仕方ない。


 ドアを開ければ、お世辞にも広くはない通路の横に3段寝台が並んでいる。現代の四季島だのトワイライト瑞風だのを見てきたラエルスにとってはあまりに貧相な寝台車だし、それこそ博物館に入っている10系寝台を見ているような気分だ。

 だがこれまでタブーだった夜に移動することを主目的とする車両という事もあって、他の皆は興味津々だ。


「これが寝台なのですか?」

「結構狭いのねぇ」

「これは?折り畳みの椅子?」


 この世界の人々の身長は、現代日本のそれと比べるといささか低い。江戸時代の人々の身長は今より低かったなんて話も聞いた事があったし、この辺は文明レベルに比例するのだろうか。

 ともあれ、完成した寝台車はこの世界では高身長になるラエルスにとっては少し狭さを感じる程度だったが、一緒に視察している鉄道関係者にとっては居住スペースは十分なようだ。


「何がありがたいって、電源車を用意しなくてもいい所だな。魔石さえあれば小さい灯りでもすぐに手に入るんだし」

「その代わり消費量がすごいと思うんだけど…」


 グリフィアに若干呆れられているのは枕もとの寝台灯だ。電気を使うものであれば床下か別に電源車を連結させてディーゼル発電機でも置かなければならないところだったが、この世界では魔力灯が実用化されている。

 魔石も有限とは言え、枕もとの灯で使う魔力量など魔石に含まれる魔力を考えれば微々たるものだ。しかもずっと付けているわけでもないし、足りなくなったら久しぶりに魔獣狩りといくのもいいだろう。


 それと折り畳み式の小さなテーブルもある。ベッドには起き上がれるほどの余裕は無いが、主要駅に設ける予定の売店で売る飲み物ぐらいは置けるだろう。

 …と言うのは建前で、実際の所は現代の感覚で携帯とか置く小物置きのつもりで設計したのだ。後から気付いて無理やり用途をでっち上げた。ま、あって困るものでもないだろうと。


 開放型寝台に取り付けられる折り畳み式梯子は、ざっくりしたイメージ図を描いただけでドワーフ達がものにしてくれた。改めてその発想と技術力はすごい。


「へぇ、こうやって広げると梯子になるのね」

「折り畳み式の梯子なんて二つ折りしかイメージ無かったけど、こんな細長くもなるんですね!」

 ジークは梯子をガチャガチャやりながら目を輝かせている。どの世界の男の子もこういう機械的なやつに弱い?


 ちなみにこの世界にも煙草に相当するものはあり愛煙家も多い。馬車の中で吸って火の粉が燃え移って火事とか、寝たばこして家や宿が火事とかどこかで聞き覚えのあるような事もたまにある。


 しかしこの鉄道に喫煙車両を作る予定は無い。現代でもかろうじて大阪・京都・奈良・名古屋を走る近鉄線の特急列車には喫煙車はあるが、基本的にどこの列車も車内は禁煙。東海道新幹線には喫煙スペースがあるが、せいぜいその程度だ。

 では昔はと言うと、むしろ禁煙車にはステッカーが貼られ放送で注意喚起するほど、車内で喫煙可能なのが当たり前だった。ラエルスは転生前も後も煙草はやってないのでよくわからないが、これら喫煙者も立派な顧客だ。


 というわけで、寝台車には喫煙スペースを設けてある車両も用意する。もちろん新幹線についているそれのように換気装置があるわけではないので、客室側に密閉して壁に窓を付けただけの簡易的なものだ。それでも無いよりはマシだろう。


「近いうちに、この列車で寝て、起きたらマグラスって旅ができるのかぁ。でもなんか、夜中に動いてるってのが怖くて寝れなさそう」

「ま、そこは慣れだろうな。イーグルに警察隊はみっちり仕込んでもらうから、魔獣の襲撃とか賊ぐらいなら追い返せるはずさ」

 ミアナの質問にラエルスが答えると、ミアナは気の毒ね。と呟いた。


「イーグルに狙われたんじゃ、どんな賊も歯が立たないね」

「まったくだ。その分寝台列車はそこそこ高額になるけど、金で買える安全なら安いものだろ?」


 ラエルスの言葉に狼兄妹ははてなマークを浮かべたが、グリフィアとミアナはしみじみと頷いた。

 本当にそうだ。魔王討伐への道のりも、金で安全が買えるのなら買っていただろう。


 ―――――――――――


 開放型B寝台の通路にある補助椅子で肘でもつきながら、ぼんやり流れゆく車窓を眺めていたい人生でした。(伝わらない)


 お待たせしました。作者がここ最近仕事の兼ね合いで毎日4時台起きの生活をしているので、帰ってくる頃にはやる気が失われてました。

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