第38話 先ず馬車より始めよ
アム率いるリューゲルからの視察団との会合から1ヶ月、ラエルスは立て続けに5つの代表と話し合いをしていた。イルファーレン、マグラスの街の代表、第二期線の沿線にある大きな町、ナゴコムとエヅオンの代表、そして海軍の輜重部隊の責任者だ。
海軍を除く街の責任者たちに売り込んだのは、リューゲルが提案してきたような乗合馬車を、皆の街にも作らないかという提案だった。それぞれの街が馬車を契機に活気づいてくれれば、それだけ鉄道の利用者も増える。街にとっては鉄道とセットで名物にもできるし、リフテラートで為されたような発展も夢ではない。
そもそも普通の街は移動手段が徒歩しか無いのだ。特に街の高低差が激しい所などでは、交通弱者への助けとなる公共福祉にもなる。もちろん御者や整備士などで雇用も生まれる。沿線の商店などと組んで何か企画を打ち上げてもいい。
ラエルスが打診すると実はうちでも考えていたという場所はあり、公共交通の広がりを実感できたのはいい収穫だったと思えるほどだ。
「色んな街に馬車が出来るのはいい事だと思いますけど、またどうして急に?」
ジークの質問も無理はない。と言うかそもそも鉄道の開業にああせてイルファーレンにも売り込もうとは考えていたが、確執もあったしこの時のために取っておきたかったので言わなかっただけなのだ。
「オーダーメイドで服を作ると高いだろ。あれはどうしてだと思う?」
「それは…やはり、自分に合ったサイズを特別に作ってもらうわけですから」
「その通り。じゃオーダーメイドに比べて、既製品の服はなんで安く売れると思う?」
ジークは少し考え、やがて何かに気付いたかのように顔を上げた。
「なるほど、オーダーメイドは特注品で規格が無いから高くて、普通に売ってる服は一定の規格に基づいて作ってるから安い。それと同じ事を馬車でやろうという事ですね」
「大正解だ」
「しかし、そんな事を思い付くのはラエルス様ぐらいですよ」
そんな事は無い。同じ規格で大量発注して全体の値段を下げようとするのは、JR東海やJR北海道ほどの大きな鉄道会社でもやる事だ。
JR東海では、最近導入されている普通列車の車両について、電化区間では313系、非電化区間ではキハ25形という車両に統一されている。この2つの車両、見た目は全く同じで中身が電車か気動車の違いぐらいしか無いと言ってもいいほどだ。
JR北海道の新型気動車H100形は、構造をJR東日本のGV-E400系気動車と共通にしている。
その他にも地方ローカル私鉄などで導入する車両は、その大半が新潟トランシスというところで作られたNDCシリーズと呼ばれるものだ。故に日本中で同じような車両が走っていたりする。
これらに言えるのは、設計を共通にすることで製造コストを抑えているということだ。同じものを大量に作れば、製造コストは抑えられる。これを馬車でやろうという算段だ。
ちなみに海軍向けのものは座席を取っ払った、兵員や物資の輸送用のものだ。座席は後付け、あっても無くても構造に問題は無い。隊商のものよりさらに大型なのだ、軍向けでも問題は無かろうと踏んでいたが、案の定すぐに購入の契約はまとまった。
これらの努力により、馬車1台に付き
*
「1台あたり金貨35枚ですか…だいぶ安くなりましたね」
「色々苦労しましたけどね。それで、いかがでしょうか。これなら3台ではなく4台買ってもいいのではないですか?」
馬車の契約がまとまったところで再びリューゲルの視察団に来てもらった。値下げに成功した馬車の金額を提示すると、アムは観念したように手を上げる。
「ラエルス殿は魔王討伐を成した功績者と聞いているが、交渉も得意なのですね」
「この程度の交渉でしたら楽なものです。もっと重要な、街や国の命運が懸かっているのに、いつまでもうだうだと結論を先延ばしにしようとしたどこぞの国王を説得する方が大変でしたよ」
「しかし乗合馬車の導入は、リューゲルの街を救うかもしれませんが滅ぼすかもしれません。この決定は重いものです」
とは言いつつ、アムは持ってきた計画書を開く。前回から手紙を通して何度かラエルスにアドバイスを貰いつつ、リューゲルの人に使いやすいダイヤ案を作って持ってきたのだ。
「列車はぴったり2時間おきと仮定して作りました。その他は手紙の通りに」
案では2つの路線があり、最初のリフテラートのように駅と中心街と結ぶ路線と中心街と住宅街の環状線とに分かれていた。環状線は1周23分、駅への路線は変わらず片道1時間半だ。
2時間に1本の列車のすべてに接続するならば、駅への路線には2台必要となる。それに加えて環状線が30分ヘッド、こちらは1台運行だ。必要な台数が合計で3台、予備が1台で4台というわけだ。
ダイヤは完全に分断されており、例えば住宅街に住む人が鉄道を利用したいのであれば中心街の停留所で乗り換える必要がある。これも一つのやり方ではあるのだが、やはりここは利便性優先であるべきだろう。
値段は環状線がリフテラートに倣って1回の乗車で
「…どうでしょうか」
恐る恐ると言った風にアムが尋ねる。
「いいのではないでしょうか。ただ一つ指摘するとすれば…」
そう言ってラエルスは、ダイヤ案に色々と書き加える。
「まず、最終便が早すぎます。そもそも暗いうちに移動しないというのは、魔王との長きにわたる戦争の際に出来た文化です。もう戦いは終わったのですから、護衛を付けてでも遅い時間に走らせるべきです。でないと遠くからリューゲルに来る人、帰る人の利便性が損なわれてしまう」
「しかし護衛を付けてまでというのは費用が…」
案の定視察団の一人が疑問の声を上げた。当然だ、初期費用が莫大とわかっていて追加で金のかかることを容認するわけがない。
「今現在、マグラスからリューゲルまで馬車でどれくらいかかりますか」
「丸1日はかかりますな。冬だったり天気が悪ければ、途中で1泊する必要もあります」
「そうでしょう。ではこの馬車で駅まで1時間半かかりますが、鉄道は駅からマグラスでどのくらいで走ると思いますか」
あえて質問で聞くと、恐る恐るという風な返事が返ってくる。
「4時間…いや、あの距離だと3時間は切りますか」
「1時間ちょっとです。正確には65分」
おお、というどよめきが広がる。
「馬車と合わせて3時間を切ります。従来の街道を使う馬車は減るでしょうから、その分の人と金を当てればさして問題にはならないはずです」
片道3時間ともなれば、これまで2日がかりだったマグラスへの往復が日帰りで可能になる。すると当然朝の早いうちに出発し、なるべく遅い時間に帰ってくるのが望ましい。視察団もその事に気付いたようだ。
「なるほど…でしたら、夜も走らせるのが得策というわけですか」
「そう言う事です。このことについては再考を願えればと思います」
「わかりました。他にはなにかあるでしょうか」
「いえとりあえずは。鉄道のダイヤがまだ完成していないので、完成次第、列車と接続できるダイヤに修正しましょう」
*
「ラエルス様、一気に仕事を増やしすぎでは?」
「他の街の馬車のことか?大丈夫だ、そもそも運営するのは各々の街だからな」
本当は各街の乗合馬車もラエルスの手で運営するのがいいのだろうが、軋轢を避けるのとその地域に密着した形での運営がよかろうという事で、あえて運営を任せている。もっとも多少なりとも出資はしているので、現代風に言うなら子会社と言ったところだろうか。
「でもこれで、色んな場所で馬車とか鉄道を新しく立ち上げようって動きになればいいね」
「だな。リフテラートとオルカルの他に路線を広げるつもりも無いし、後は各々の街や領任せだ」
「そうそう、中心街の隊商の人とかが集まるお店で、どこかの領で鉄道を作ろうなんて話が上がってるみたいよ」
「うーん、ダメとは言わないけど…公共交通って概念と難しさと知るためにも、馬車から始めた方が良いと思うんだけどな」
「初期費用の高さはあんまり知らないみたいな雰囲気だったし、どうなるのかな」
あくまで冒険者時代の稼ぎと魔王討伐による莫大な報酬があったからやれているのだ、並大抵では出来ないだろう。
先ず隗より始めよ、もとい。先ず馬車より始めよ、と言ったところか。
「あ、そう言えばさ」
「どうした?」
グリフィアが1枚の手紙を持ってきた。
「ほら、列車の中で食べる食事の話なんだけど…」
「進展あったか?」
「いや、なかなか一人じゃ行き詰まっちゃってさ。ミアナに相談してみたのよ」
「へぇ、また久々に聞く名前が」
「それでね。なんか興味津々みたいで…」
われらがパーティーのグリフィアと並ぶ食料係、ミアナのことだ。きっと素晴らしい提案をしてくれたのだろう。と思っていたら、次に飛び出したのは予想外の言葉だった。
「せっかくだからこっちに来て一緒に考えよって言うのよ。なので3日後、ウチに来ます」
もう少し早く言ってほしかった。
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