第36話 鉄道警察隊発足

「しかしまあ、何度も走ってると飽きてくるもんですね」

「まったくだな。だけどやっぱり、夜の運転ってのは慣れないもんだ」

 冬の夕方は日が暮れるのも早い、イルファーレンの一つ手前の駅で発車待ちをする貨物列車も既に前照灯を煌々と照らし、発車待ちの短い時間を過ごしていた。1日2往復走る貨物列車の2本目のミルング行きは、イルファーレン手前には既に暗闇の中を走ることになる。


「荷物の積み下ろしは終わったな?」

「大丈夫です」

「交換列車も定時到着のようだ」

 機関士が前を向くと、ちょうど駅員が交換列車のタブレットを盛ってきた。こちらも持っていたタブレットを手渡し、出発の準備をする。


 少し待つと、駅の出発信号の腕木がガタンと音を立てて進行を現示した。

「下り線出発進行ー」

「はい下り線出発進行ー」

 汽笛一斉、ゆっくりと列車は動き出す。次のイルファーレン駅までは10分足らずの道のりだ。


 この辺りの駅のある場所は、駅というよりただの信号場だ。列車は駅を出ると、すぐに無人の原野の中を進む事になる。

 少し走ると、突然下から突き上げるような強い衝動を感じた。

 咄嗟に機関士は機関車にのみにブレーキのかかる単弁と列車全体にブレーキのかかる自弁を、両方非常の位置まで動かした。だが足元から伝わる振動は増し、ガガガと嫌な音を立てて激しい振動を伴って列車は停止した。


「な、なんだ?脱線か?」

「の、ようです。さっき交換した列車は何ともなかったのに…」

「とりあえず俺は車掌に連絡を取るから、お前は駅に戻って次の列車の抑止を…」


 そこまで話した瞬間、貨車の方から大きな音がした。驚いて見てみると、盗賊と思しき数人の男が貨車の扉をこじ開けるのが見えた。一応賊と遭遇した際の規定は、賊に立ち向かおうとはせず静かにやり過ごすことだ。だがこの機関士や機関助士も、ラエルスやグリフィアさえも、馬よりも高速で走る汽車を襲う族がいるとは思ってもみなかったのだ。


 抵抗が無いとみるや盗賊は次々と貨車を物色し、20分ほどすると持ちきれなくなったのかそそくさと夜闇に消えていった。

「ぶ、無事か?」

「大丈夫です…とにかく、駅に連絡しなくては…」


 *


「人的被害が出なかったのが、不幸中の幸いってところか」

「まさか脱線させてまで奪うとはねぇ…」

 商人の馬車が襲われるという話は当然今でもあるし、その為に賊と遭遇した際の規定も定められた。だが実際襲われたとなると、本腰を入れて対策に乗り出さねばならない。


 何より怖いのは、賊の間で鉄道はいいカモだと思われることだ。鉄道貨物なら何とか足を止めさえすれば、あとは無抵抗で荷物が奪える。なんて事が知れ渡ってしまったら、賊は次々に貨物列車を狙うだろうし誰も貨物を鉄道で運ぼうなどとは思わなくなるだろう。そうなると旅客列車の客足にも影響が出るかもしれない。


「何か対策しなきゃなぁ」

「賊を迎え撃つとなると、やっぱり護衛を雇うとか?」

 グリフィアの言葉に狼兄妹は首肯する。


「隊商も護衛を雇うのが普通ですしね」

「でも護衛は別に馬を用意するのが普通ですし、まさか鉄道の護衛に馬を使うわけにもいきませんし。どうしましょうか」

「ルファの言う通りだ。鉄道の場合は隊商みたいな護衛というより、列車を警護するという方が正しいかな。つまるところだな…」


 要は鉄道警察を発足させようというものだ。護衛のように一時的な契約ではなく、鉄道会社として腕の立つ者を雇い訓練し、列車の警乗に特化した人材にする。こうする事で襲う外敵や車内の治安維持に努めてもらおうというわけだ。


 現在では鉄道警察というと駅にいて痴漢や盗撮、窃盗などの鉄道に関する犯罪を追いかける専門のようになっているが、かつては鉄道公安職員と呼ばれ現在の様に各都道府県の管轄ではなく、国鉄の一つの組織として存在した。

 発足は戦後数年経った頃で、当時はまだ戦争の痛手から完全に回復しておらず、直江津駅リンチ殺人事件や坂町事件など、列車を取り巻く治安もあまり良くなかったのだという。


 ちなみに鉄道公安職員は国鉄の分割民営化の際に、民間企業となるのに内部に警察組織がいるのはどうなのかというのが問題になり、現在のような鉄道警察となったのだそうだ。


「なるほど、護衛とかをいっそ雇っちゃって、鉄道の警護に当たらせようってわけね」

「しかし、護衛を引き受ける冒険者たちの中には、こうした雇われるのを嫌う人もいます。そうそう都合よく集まるでしょうか」

「ま、確かにそうだけどな。雇用はするし給金も出す、こちらで専門的な訓練もするけど、辞めたいならそれならそれで構わない。訓練するんだから間違いなく技術は上がるし、護衛のレベルの底上げも立派な地域貢献ってやつだ」


「すると誰か教える先生が必要ですが、心当たりがあるのですか?」

「一応な。アイツが引き受けてくれるかってところだが…」

 尋ねるジークをよそに、グリフィアはラエルスの言う"アイツ"が誰なのか見当がついて苦笑した。確かに引き受けてくれそうだけど、はてさてどうなる事やら。


 *


 ミルング10時丁度発、リフテラート駅12時17分着。この列車にはミルングかイルファーレンに前泊した、リフテラートを目指すありとあらゆる人たちが乗ってくる。駅に到着すると、5両編成分の乗客がどっと降りてくる。

 その中に周りの人だかりから頭一つ飛び出した、赤髪の大男が降りてきた。背には大きな槍を担いでおり、覆う袋に付いている持ち込み許可札がなんとも似合わない。


「いやぁ、しっかしアイツもすごいもんを作ったもんだ。イルファーレンからなんて普通丸一日かかるだろ」

 赤髪に鳶色の目、一際目立つその体躯を民衆に投げつつ、大男は手紙で指定された場所へと向かった。


「おう、来たか!」

「ずいぶん久しぶりね、元気にしてた?」

「久しぶりだなラエルス!グリフィアも!」

 ラエルスのいう"アイツ"とは、魔王討伐を共に戦った先鋒アタッカーのイーグルだった。故郷に帰ると言ったきりろくに手紙のやり取りもしていなかったが、聞いていた村宛てに手紙を送ると存外すぐに返事が来た。鉄道警察の話をするとこれまた二つ返事で了承の返事が来たので、ならば頼ろうというわけだ。

 ちなみに狼兄妹はと言えば、救世の英雄3人目の登場とあって固まっている。


「鉄道ってのもすごいが、やっぱり襲われたんだってな。イルファーレンでもそんな噂を聞いたぞ」

「やっぱりか。嫌な噂話が広まる前にも、早い所警察隊を作らなきゃな」

 イーグルは挨拶も社交辞令も抜きにして、いきなり本題に入る。お偉方と会う時には瑕だが、こういう時は話が早くて助かる。


 聞かれるがままに襲撃の際の状況をイーグルに話すと、初めて成る程と合点がいったようだ。

「走ってるあの汽車ってやつを走れなくしたうえで、積んでる物資を奪ったってわけか。確かに一番手っ取り早いんだろうけど、よくまぁあれ鉄道から奪おうなんて考えたもんだ」

「アメリカじゃ列車強盗もあったけどなぁ、まさかここでやられるとは」

「あめりか?どこだそれ」

「すまん、忘れてくれ」


 アメリカに限らず、海外の貨物列車のスケールは日本とは大違いだ。日本の貨物列車は最大でも25両編成だ。機関車を含めて最大520メートルと言ったところである。

 ところが海外の貨物列車ともなると平気で全長は1キロを超え、貨車は100両、牽引する機関車も前に4両と中間に2両とかそんな規模だ。

 すると当然スピードなんか出せるわけも無く、貨物駅の近くなどはほとんど歩く速度と同じぐらいまで減速する。そうなれば貨車の扉を壊して中の荷物を奪うのも容易というわけだ。


「で、強奪とか治安の悪化を防ぐために、鉄道警察なるものを作ると」

「そういう事だ。と言ってもまだ募集し始めたばかりだし、集まり次第イーグルに訓練してもらうって感じになるかな」

「分かった。とりあえず荷物を置きたいんだが、適当な宿は無いか」

「水臭い事を言うな、駅前の宿を1室押さえてある。料金は心配しなくていいし、食事は頼めば出してくれる長期滞在型の所だ」


 普段は領主だからと言って専横な事はしないが、この時ばかりは職権を使わせてもらった。もっとも事情を説明すると、宿の主人も引き受けてくれたのでまったく頭が上がらない。


「それで訓練するのはいいが、場所はあるのか」

「リフテラートの郊外にあるアザレス橋ってところの近くに、海軍の訓練場がある。今回はそこを借りたから、何でも自由に使っていいそうだ」

「お前いつの間に軍と…」

「ま、色々あってな。今じゃ鉄道建設に海軍も協力してるぞ」

「海軍…あぁ、協力を仰ぐなら、海軍だろうな」

 イーグルが笑い、つられてラエルスとグリフィアも笑った。理由は説明するまでも無い。


 *


 1ヶ月程経って、正式に鉄道警察隊が発足した。最初の隊員は30名、急行列車には2名、貨物列車には3名が警乗する。普通列車には散発的に2名が警乗する。


 イーグルは全列車に乗った方がいいのではと言っていたが、ラエルスは要人が乗る可能性の高い急行や狙われやすい貨物列車だけ全ての列車に警乗し、普通列車はランダムでいいと考えていた。


 かなり内地なのに魔法軍が攻め入ってくるという流言飛語が飛び交い、安全なはずの街から人が次々と逃げていく騒ぎがあった。そうして人は恐怖で動く、それは賊とて同じ。

 普通列車を襲おうとしてもどの列車に警察隊が乗っているか分からなくしてしまえば、それだけで躊躇われると言うものだ。


 最初の隊員は冒険者上がりから新人まで多様だ。半月で訓練したので技術的にも体力的にも不安はあるが、そこは警乗しつつ行われる訓練で技能向上を行う。

「さて、鉄道の安全は任せたぞ」

「おうよ。少なくとも郷里の村で燻ぶってるよりよっぽどいいさ」

 イーグルは笑っていた。先頭の前にも見せた笑みで当時は先鋒アタッカーと言うより戦闘狂バーサーカーなのかとも思ったけど、今はこれほど安心できる笑顔も無い。


「というか聞いてなかったけど、イーグルって故郷で何してたの?」

 グリフィアが聞くとイーグルはあっけらかんとした顔で答えた。

「村で?農作業一筋さ」

「「もったいない」」

 ラエルスとグリフィアの声がハモった。

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