第34話 特殊車両、ケとエ

「またよくわからない車両を作ったのね」

「いやいや、これも大事な車両さ」

 ラエルスは作成中の貨車を1両、違う用途として作らせた。先日の海軍との会談の中で出てきた、車両の重量を測るためだ。

 その重さを測る手っ取り早い方法は、検重線と呼ばれる線路付きの重量計のような線路を作り、その上に車両を載せる事である。


 昔の国鉄で行われており今のこの鉄道でも行っている貨物輸送の形態は、車扱貨物というものだ。貨車1両単位での輸送で、各駅で荷物を積み卸しする。この方法は一般車扱貨物という分類となり、その他に専用線車扱貨物というものがあった。

 専用線車扱貨物は各企業や工場へ引き込み線を引き、貨車はその企業専用のものが使われる。この際荷物賃を取るのはその重量から計算されることがあり、その際に検重線に車両を載せその重量から貨車の重量を引く事で荷物の重さを計算することがあった。


 当然検重線の重量計に狂いがあってはいけない。では検重線自体の矯正をどうするか、その際に使われるのが検重車だ。車内に秤を載せて車両そのものの重量を調節する事ができ、検重線の重量計を矯正する事ができる。ラエルスは作っている途中の貨車1両を検重車に改造し、これで各車両の重さを測ろうと考えたのだ。


「へぇ、重さを測るための車両なのね」

「そんなところだな。でも用途が用途だし、俺のいた世界でも15両ぐらいしかいなかったはずだけども」

「でも15両もいたの?」

「俺の住んでた国は鉄道大国だったからな。俺の生きてた頃はもうだいぶ衰退してたけど、生まれる50年前ともなれば国のあちこちに線路が張り巡らされてたものさ」


 へぇ、とグリフィアは感心したような声をあげる。なかなか口で言っても伝わりにくいだろうが、1975年当時の国鉄の営業キロは約21000キロだ。宮脇俊三の鉄道紀行文、"時刻表2万キロ"もここから取られている。しかもあくまで国鉄のみなので、私鉄も含めたらもっと沢山の線路が日本中に張り巡らされていたのだ。

 今のこの鉄道が鉱山線や本線を含めてようやく100キロを超えたぐらいと考えると、途方もない数字である。


 車両の中にはそれぞれ決まった重さの重りと、それを運び入れるための手動のクレーンが備え付けてある。あとは検重線を作れば車両重量を測る分には問題ない。思い返せば船に乗った時などは荷物の重量で荷賃を取られる事もあったのだから思い至らなかったのは不覚だが、まぁ取り敢えずはこれでいいだろう。

 車両記号は"ケ"だ。その名の通り、検重車のケである。


「それでもう2両は何者?」

 今回ラエルスが命じて作らせたのは、検重車だけではない。隣にはもう2両、見慣れない車両が連結されていたのだ。

 こちらは見た目は客車に近いが、1両は2軸車ではなくボギー台車の大型車である。だが普通の客車と違って窓はあまり多くなく、普通なら両脇についている乗降用のドアが片方しか無い代わりに、中央付近に大型の扉が付いている。


 そしてもう1両はと言えば、車両の両端に小屋のような部屋があるだけで、中央部分はそっくり無くなっている。凹の字のような構造で、日本で言えば阪神電車の事業用車両である202形のようなものだ。


「これは救援車ってやつだ」

「救援?助けに行く車両ってこと?」

「その通り。もし列車が駅と駅の間で壊れて動けなくなったりとか、あるいは万が一脱線したりしたときなんかに活躍する、いわば緊急用の車両だな」


 日本において昔は鉄道事故が発生すると、まずは復旧機材を積んだ自動車で現場に向かっていた。だが当時の道路網は未発達で自動車で辿り着けない場合も多く、その為にこうした救援車が廃車などから改造して多く作られた。とは言えこの世界では自動車自体が無いので、最初から万が一にはこの車両を出すつもりだが。


 積んであるのは主にジャッキや鋼材、滑車に枕木や予備のレールなど、脱線した車両を復旧させたり壊れた線路を仮復旧できる程度のものだ。日本の救援車にはこれに加えてガスバーナーや投光器が載っていたが、この世界ではこれらは魔法で代用できるため省略してある。

 さらに凹の字型の車両にはクレーンも付いている。とは言え人力頼りのなんとも心許ないものだが、万が一があった際には何かと使う事も多かろう。


「さっきはケだったけど、こっちは"エ"なのね」

「救援車にはエが振られてたからな、それに倣ったわけだ」

「でもこの車両って、当然だけど普段は動かないんでしょ?」

「もちろん、動かない方が良い車両だな」


 そうは言っても無くてはならない車両だ。機関車に牽かれて車庫の奥へと消えていく検重車と救援車を見送ったが、不幸にして救援車の出番はすぐに訪れた。


 *


 数日後、事故が起きたと聞いてすっ飛んできたラエルスは、現場を見て思わず溜息を吐いた。


「大事だと思ったけど、泣き別れか……」

 大事でないわけではないが、職員があまりに顔を青くしたり赤くしたりして来たものだからてっきり脱線転覆でもやったか人身事故かと思ったが、来てみればポイント転換不良による軽微な脱線なようだ。


 列車が通過中にポイントを切り替えてしまうと、1両の前と後ろの車輪が別々の線路に入ってしまう事がある。泣き別れと呼ばれる現象だ。

 ちなみにポイントの開通してない反対側から進入してしまう事は割り出しと呼ばれる。


 現場はリフテラート港の駅構内で、側線での貨車の入れ替え作業中に起きたのだという。こうした駅では駅舎でポイントを制御するのは、本線や発着線の限られた場所のみだ。他の入換に使う側線のポイントなどは一つ一つ個別に切り替え用の転轍機があり、入換にあたる作業員が都度切り替える。


 今回の事故はつまるところは慣れが生んだ慢心のようで、列車の最後尾が通過していないにもかかわらずよく確認しないで転轍機を動かしてしまったのだという。凡ミスと言ってしまえば凡ミスだし、執務の厳正は、安全の要件であるはずなのだが。運転安全規範でも唱和させるか?


 時刻は10時を回ったところで、明るいうちには復旧作業は終えられるかもしれない。何はともあれ復線しなければ、そのうちに貨物列車の入換に支障をきたす。

「とりあえず救復旧作業だ、救援車の手配は済んでるな?」


 救援車の導入によって事故発生時のマニュアルには、脱線時には救援車を手配する事を記してある。その通り納車したばかりの救援車は、ラエルスが現場に到着してからすぐにやってきた。


 まだろくに訓練もしてないので手つきはおぼつかなかったが、それでも車内からジャッキを取り出して慎重に脱線した貨車の下に据え付けていく。車両を持ち上げ滑車を用いながら少しづつ横にずらして線路上に復帰させると、救援の機関車に牽かせて一旦当該の貨車を退避させる。台車や台枠に傷がついているかもしれないので、この貨車は工場入り確定だ。


 車輪が枕木も傷付けているので、これは救援車に積んでいる予備の枕木で修理する。すべて終わった頃には陽が落ちかけていた。あたりまえだが鉄道模型のように、脱線した車両をひょいと持ち上げて手で直すほど簡単では無いのだ。


「しかしまぁリフテラート鉄道の最初の事故がこの程度で済んで、運が良かったと言うか何と言うかだな」

「申し訳ございません。再発しないよう徹底させますので…」

 リフテラート港駅の駅長は平身低頭だが、こうした事故が無い限りなかなか啓蒙にも限界がある。


 むしろこの程度の事故で各駅に厳達を行い、業務の確実な遂行を促せるのであれば安いものだ。幸いなことに死傷者はおらず、貨車も空荷だったので誰か荷主に損害が出たわけでもない。こう言ってしまってはなんだが、釘を刺すぐらいには丁度いいぐらいだ。


 とは言えこれからは、こうした軽い事故は増えていくだろう。

 ハインリッヒの法則というものがある。労働災害の経験則のようなもので、1つの重大事故の前には29の軽微な事故があり、その前には300の異常があるというものだ。


 今回の事故は29の軽微な事故に当たるだろう。起きてしまった事は仕方ないとして、あと28回をいかに起こさせないかが大事だ。現場の人と話し合って、再発防止策を作らなきゃなぁと新たな構想を練るラエルスだった。

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