第33話 祝、開業!どころではなく

 海軍、正しくは海戦隊だが、文字通りこの国の海防を担う屈強な海の男たちだ。魔王軍の手下には海に棲息する魔物もおり、その際にはラエルス達の一行も軍艦に載せてもらって沖合まで討伐しに行ったことなどもある。


 その海軍が何の用事かと言われれば、思い当たる節はある。少し前に海軍の船に石炭や糧秣の補給を支援した事だ。あの時に船に乗っていた高官達には鉄道の諸々の事を簡単に説明はしたが、今になってこうして連絡を取ってくるのはそれに関連しているとしか思えない。


 落ち合う日は、向こう海軍の方からイルファーレンまでの開業日としたいと指定されていた。

 ラエルスの実績をすれば海軍からの要請を日程が悪いと言って断る事も出来たが、何より気を引いたのは手紙に記された"建設の人員、金銭的な支援"の文字と、末尾の海軍最高司令官のカルファ将軍のサインだった。つまり上手くすれば、海軍経由で国からの支援を取り付ける事が出来るという事に他ならない。


「開業式に出るどころじゃないなこれは」

「でも午後でしょ?最初だけちょろっと出て、すぐに出ればいいじゃない」

「そうだな、そうするか」


 そんなわけで開業式は、一通りの祝辞を終えるとすぐに失礼してきた。こういう時は必ずへべれけになっているミノとルーゲラに捕まりかけたが、辛くもその手を逃れると会談の場として指定した場所へと向かう。こうした式典のたびに盛り上がるたびにドンチャン騒ぎしてくれるのは嬉しいが、色々大丈夫なのだろうか。


 指定されたのは、リフテラート港の一角にある軍関係の建物だ。中に入り奥の部屋に通されると、既に手紙の差出主は待っていた。

「待っておったぞ、ラエルス殿」

「お久しぶりです、カルファ将軍」


 *


 話によると海軍上層部では、カルファ将軍の弟であるオルランド中佐が座乗していた船が難破寸前にまで追い込まれていた事と、それを蒸気船で曳航しマグラスまで戻ってきた事。そして道中の石炭の補給で立ち寄ったリフテラートでの鉄道の存在が、かなり大きく話題になっていたというのだ。


「それで、海軍が鉄道建設に人員と資金面での協力をする代わりに、有事の際の全面的な協力。そして平時でも鉄道を利用させてもらおうと思ったのだが、どうだ?」

 カルファ将軍の提案はラエルスにとって、そして今後の鉄道建設にとって非常にありがたい提案だった。少なくとも資金援助だけでも効率は上がるし、人的協力があればマグラスとイルファーレンの双方からの工事も可能となる筈だ。だがラエルスは提案を丸呑みにするつもりは無かった。


「建設に対するご理解とご協力には感謝の念に堪えません。ですが私の信念として、この鉄道を完全なる軍事に利用することは避けたいのです」

「ほう、それはまたどうしてか。ラエルス殿にはあまり響かないかもしれないが、これも国の為ではないか」

 カルファ将軍の疑問はもっともであろう。だがなまじ第二次世界大戦時の戦中戦後の鉄道を知っているラエルスには、有事の際の全面協力だけはどうしても飲めない条件だったのだ。


 鉄道ほど大量の物資や人員をまとめて運べるインフラは無い。世界各地において鉄道は、植民地支配や経済政策のために建設され、ともすればすぐに軍事転用されていた。イギリスの3C政策やドイツの3B政策でも鉄道建設は骨子とされ、日本でも国鉄宇品線や小倉裏線、その他にも軍用飛行場や駐屯地への引き込み線は数多建設された。


 最初に鉄道を軍事に利用したのはドイツ帝国だが、その後は世界各地で利用されるようになり日本とて例外ではない。戦時中は民間人や民間の貨物よりも軍人や軍需物資の輸送が優先され、旅客列車の本数は大幅に減らされ少ない列車に客が集中していた。

 さらに地方のローカル線では不要不急線というものが設定され、極端に輸送人員が少ない路線については線路が剥がされたりもした。線路は貴重な鉄資源として、武器や戦車に姿を変えたのだ。


 現代でも時折自衛隊の戦車や車両を輸送する貨物列車が設定される時はあるが、それは平時の話だ。これだけ有効に活用できる鉄道を敵が見逃す筈も無く、ともすれば艦砲射撃や爆撃の標的になってきた。撤退する際に鉄道を敵に使わせない為に、ドイツでは線路を破壊する専用の車両もあったほどだ。


 ラエルスの目指す鉄道は、あくまで民のための鉄道である。決して国家の為ではない。軍人が利用するのに問題は無いし軍需物資の輸送でも引き受けはするが、その為に定期列車を運休したり軍関係だからと言って優遇したりはしないのがラエルスの条件だ。


「というわけです。普通の貨物列車に軍の物資を積んだ貨車を連結したりするのは構いませんし、その為に臨時列車を仕立てるのも吝かではありません。ですが軍関係の人や貨物の輸送のために、他の旅客列車や貨物列車を運休させたりする事は出来ません」


 ラエルスの言葉を聞いて、カルファ将軍は深く頷いた。

「なるほど、ラエルス殿の言いたい事はわかった。確かにこのような便利な交通手段は広く民のためにあるものだ、有事の際とは言え我々が占有するのは良くないだろう。

 だがラエルス殿やグリフィア殿の功により魔王が討伐されて以来、諸外国では休戦中だった昔の領土紛争がちらほら再燃している所があると言うのだ。我が国とて領土問題はあるし、いつそれが再燃するかは分からない。

 魔王が討伐され魔獣が極端に数を減らしたからと言って平和にならないというのも歯痒い思いだが、しかしこれが国際社会の現実なのだ」


 それは高位な軍人としての素直な本音だった。魔王は世界の脅威だったがゆえに、世界各地にあった紛争地帯は全てが休戦状態になっていたのだ。

 魔王が世界を支配したのは実に50年にも及んだが、たかがそれだけの期間で紛争の記憶が消え去る筈がない。魔王が倒されてから早くも数年経ったが、その間に世界各地ではちらほらと紛争が起きているというのだ。


「と、言うわけじゃ。ムルゼたち陸軍がどう考えてるかは知らんが、我々海軍としては鉄道というものを極めて重要視している。こう言ってしまっては失礼だが、ラエルス殿個人でリフテラートからオルカルまで結ぼうというのは無理があるのではないか?」

 実際その通りだ。開通は出来るかもしれないが、その後の維持はとなるとかなり厳しいものがある。ラエルスは小さく頷いた。


「やはりな。儂が考えるに、まずはせめてマグラスまで完成させ頭の固い国の上層部連中に鉄道の有用性を訴えるところからだろうな。聞けば国としては鉄道への支援を渋ってると聞くが、実際に大量かつ効率的な輸送の現場をみれば彼らの気も変わるじゃろう」

「確かに、カルファ将軍の言う通りです。しかしそれでも、全面協力は出来ないのです。その代わり有事の際に、軍需輸送の為の貨物列車の増発やその為の料金を値引く事を約束しましょう。もちろんマグラスをはじめとした海軍施設へ線路を敷き、そこに専用の貨物列車を走らせてもかまいません。更にこれは直接建設作業に当たった人たちに配っているのですが、建設作業に従事する海軍の軍人には鉄道の半額乗車証を支給しましょう。これで如何でしょうか」


 ラエルスにとってこのぐらいの条件は容易いものだ。軍関係の輸送を、あくまで一般貨物とする。こうすれば軍の輸送とて大口顧客であり、大口顧客には割引が付きものだろう。

 半額乗車証とて、日本の鉄道会社でも社員に貸与している社員乗車証のようなものだ。そもそも鉄道というこの世界に初めて持ち込むものに従事し働いてくれた人たちに報いるのは当然だろう。

 カルファ将軍もこの条件で納得したようで、笑みを浮かべて握手を求めた。


「ではこれでいこう。まずは軍の技術者と工兵を今時点での建設現場へと派遣し勉強させ、終わった者から反対側から建設を開始させよう。第二次開業はどこまでを予定しているのだ?」

「ナゴコムまでです。ちょうどイルファーレンとマグラスの中間あたりの」

「分かった。こちらでは海軍工兵の大半を建設に当たらせ、マグラスからナゴコムまでを請け負おう。なに、最初のうちは手さぐりだろうが、慣れてしまえばアムダス海軍魂を見せてやるさ」


 *


 イルファーレンまでは早速列車に乗ってみるというカルファ将軍たち海軍の高官たちを駅まで送る最中でも詳細を詰めていたが、その中で軍側からある質問があった。

「ところで蒸気機関車はかなりの重量物だと思うが、鉄橋などでの耐荷重の計算はどうなっておるのかな?」


 言われて思い返してみれば、鉄橋は全てドワーフ達に一任して作ってもらっている。列車が通るのに十分耐えられるように、としか指示しておらずあとはドワーフ達の経験と勘に任せっきりだったのだ。


 とりあえずその場はドワーフ達に任せきりだったと素直に話し、今後各車両の重量を正確に計算して伝える事を約束した。この世界とて当然構造計算云々の話はあるわけで、重ささえわかれば何も経験と勘に頼らなくても鉄橋は作れる。

 車両重量を測る方法としてもっとも手っ取り早いのは、車庫の中に重さを測るための設備を設ける事だ。ラエルスの頭の中で、一つの特殊車両の構想が浮かんでいた。


 ――――――――――


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