第32話 車両記号の意味

 列車は予定時間の通りにミルングへと到着した。急行列車の予定ダイヤ通り、丁度2時間5分である。

「もう着いたなんて…なんか信じられません」

 ルファが呆然と、少し遠くに見えるイルファーレンの街を眺めながら呟いた。馬車で1日かかるのが2時間だ、まさにこれこそが目指した交通革命なのだ。


 試運転では帰りでも同じように、普通列車が先行し急行列車が途中で追い抜く予定だ。なので途中で追い抜いてきた普通列車がミルングに到着するまでは、しばらくは待ち時間である。

 ミルング駅の周りは、ハッキリ言ってしまえば何もない。元よりミルング自体が数件の家しかないので当たり前であって、むしろ駅の存在が極めて異質である。

 第二期線では一気に軍都マグラスまで伸ばす予定ではあるが、それまではこの小さな村が終点だ。当面はオルカルからリフテラートを訪れる人々は、皆がここで乗り換えるのだ。目覚ましい、とまでなるかはわからないが、そこそこの発展を見せる事だろう。


「ね、ラエルス。この車両に書いてあるのって何?」

 駅のホームで時間を潰していると、グリフィアが車両の下の方を指さして聞いた。そこには"ロ103"と書かれていた。

「あぁ、これはだな……」


 さて鉄道講義の時間だ。

 鉄道車両にはそれぞれ固有の番号が振られていて、それぞれに決まりや法則が存在する。このロ103と書かれた客車は、結論だけ言えば100型客車の特別車、その3両目という事である。

 番号の振り方として参考にしたのはJRだ。都市圏でよく目にする車両にも1両ずつ、クハE235-1とかモハ323-10とかいう番号が振られる。


 例えば"クハ"と言ってもクとハでは意味が違う。クは運転台付きの制御車、ハは普通車だ。このように文字は車両の種類やグレードや重量を指す。車両の種類はこの他に

 モ=モーター電動

 サ=付随車

 キ=気動車

 がある。


 グレードは1等車から3等車まで順にイ、ロ、ハに分かれる。現代日本においてはロはグリーン車、ハが普通車であり、一部の豪華列車ではイが使われる程度だ。

 これらは用途記号と呼ばれ、他には

 ネ=寝台車

 シ=食堂車

 ユ=郵便車

 ニ=荷物車

 テ=展望車

 エ=救援車

 ヌ=暖房車

 フ=緩急車(ブレーキ車)

 など数々ある。

 寝台車ではハネがB寝台、ロネがA寝台だ。イネもあったが昔の話である。

 重量の記号はそれぞれ重さ別に記号なし、コ級、ホ級、ナ級、オ級、ス級、マ級、カ級に分かれる。ただしこれは客車のみで、貨車には使われない。

 最初に例に示したクハE235-1などで言えば、E235系という車両の運転台付き普通車という事だ。


 国鉄やJRの車両はこれらの記号によって分類され、例えば廃止された寝台特急北斗星に連結されていたオロハネ24-501と言う車両では、最初の4文字だけで重さがオ級の車両(32.5t以上37.5t未満)のA寝台とB寝台の合造車という事がわかる。


 貨車はこれも何を運ぶかでそれぞれ文字があり、

 有蓋車=ワ

 無蓋車=ト

 コンテナ車=コ(現在の貨物列車はこれが主流)

 タンク車=タ(現在でも原油輸送などで用いられる)

 石炭車=セ

 大物車=シ(大型変圧器輸送などに用いられ、シキ800など車輪が16も付いている車両もある)

 家畜車=ウ

 冷蔵車=レ

 通風車=ツ(風通しを良くした車両で、野菜や果物などの生鮮食品を運ぶ。魚は冷蔵車で運ばれる)

 などこちらも様々だ。

 重量は軽い順になし、ム、ラ、サ、キである。覚えやすい。


 昔はセラ、レサ、トムフなど色々貨車があったが、現在ではせいぜいコキとタキぐらいしかメジャーな貨車は残っていないだろう。ワムハチと呼ばれていたワム80000型と言う貨車ならば、よく倉庫になって日本各地に転がっていたりするが。


 ちなみにかつて存在した一番長い形式名は、今のJR飯田線の前身、伊那電気鉄道に存在した"サロハユニフ100形"という車両である。記号が示す通り、二等三等合造の郵便室に荷物室付きの緩急付随車だ。一緒にすればいいという問題ではないと思うが。


 なんて話を一気にすれば、当然聞いていた3人はショートしている。ラエルス自身覚えるのに時間がかかったものであるし、この短時間で一気に説明すればわからないのも当然だ。何故覚えたのかと問われれば、オタクだからと言う他無いが。


「えーと、それで?これは何のためにわざわざこんなに細かい区分を作ってるの」

「簡単な話だよ、管理を簡単にする為さ」

 ラエルスがなんてことないという風に言うと、3人は余計に疑問が深まったようだ。

「いやだって、こんなややこしい事になってるんじゃ逆にわかりづらくない?」

「確かに今のうちはまだ車両も種類も少ないからな。でも今後さらに延伸したりいろんな場所に線路が伸びたりして、車両がどんどん増えたら大変だ。その時にはこういう記号で、どの車両が何の用途でどんな車両なのかを一発で分かるようにしてある方が便利ってわけ」


 この鉄道の車両では重さの記号は全て省略する予定だ。と言うのも、ここまでの重量物の重さを正確に測る方法が無いからである。だがその他の記号は全て用いるつもりだ。そのうちこの世界にも鉄道オタクが現れ、どの車両が繋がってるとかで一喜一憂する日が来るのかもしれない…?


 *


 折り返して再びリフテラートまで2時間少しの旅路である。行きと同じくロ103号車に揺られる事となる。そうは言っても二軸車なので、日本の鉄道に慣れているラエルスにとっては乗り心地は決していいとは言えない。それでも馬車よりマシだが。


 リフテラートまでは約100キロとは言え、ここから更に500キロほど先にあるのが目的地のオルカルだ。

 ドワーフ達の努力もあって早い機関車を作ってくれたので、少なくともオルカルまで夜行列車でなければ行けないというほどでは無くなった。全長600キロなら東京から神戸の少し先程度、大正時代の急行列車なら約12~13時間と言ったところだろうか。このぐらいならば朝に出て夜に着くことも夢ではない。


 もちろんオルカルを目指す場合、途中でバサル峠という急峻な峠道が存在する。東海道線も熱海~函南間を貫く丹那トンネルが出来る前は、国府津~沼津間で現在の御殿場線を東海道線として運行されていた。御殿場線も山越えとなるために、山北駅などには補助用の機関車のための基地があったりしたのだ。


 だが馬車で通ったバサル峠は、御殿場線とは比べ物にならないぐらいの急峻な山道だ。日本で言えば碓氷峠並みと言ったところだろうか。

 鉄道は結局のところ車輪とレールの摩擦で走るものだが、あまり勾配が急すぎると当然走れなくなってしまう。勾配の単位をパーミルと言い、1‰は1000メートルで1メートル高くなる程度の坂だ。碓氷峠では最高66.7‰であった。


 急坂を登れないのも蒸気機関車ではなおさらで、25‰でさえ蒸気機関車ではかなり厳しいものだ。今でこそ電車が軽々と登っていく路線でも、蒸気機関車が主流だったころは補機が連結されていた区間もある。岩手県の十三本木峠越えとなる、東北本線(現在のIGRいわて銀河鉄道)の奥中山駅(現在の奥中山高原駅)付近などだ。ここも25‰の勾配区間が連続し、東北随一の難所であったのだ。

 乗り心地の改善もさることながら、工事の効率化やいかに峠を越えるかなど課題は多い。


「次はどこまで路線を伸ばすの?」

「とりあえずはマグラスだな。だけど350キロぐらいあるし、多分途中の街で一旦区切る感じになると思うな」

「でも建設を始めてからイルファーレンまで約1年でしょ?それも不況の折で建設に従事できる人が確保できたからで、これから先オルカルまで出来るころにはもう40歳ぐらいになってるんじゃない?」

「そうなんだよなぁ。国の補助も無いし、いつまでも自前じゃ負担しきれないし。大きな商社かなんかにスポンサーになってもらうしかないな、それもこのイルファーレンまでの開業で注目を浴びてくれればいいんだけどな」


 今の鉱山線のみでは当然、イルファーレンまで来なければ鉄道を見る事は出来ない。この本線の一部開業で注目を浴びてくれなければ、本格的に今後の展望を考えなければいけなくなる。


 再び列車に揺られてリフテラートに戻り家に戻ると、郵便受けに封筒が入っていた。別に手紙自体はよく来るのでいいのだが、いつかのように封蝋があって一瞬身構え

 る。

「いや…王宮じゃないな。これは、海軍から?」

「軍からなんて珍しいね。でも何の用事だろ」


 居間で手紙を開くと、そこには全く予想外の内容が書かれていた。

「建設の支援?」

「海軍が鉄道の建設を手伝ってくれるってこと?」

「みたいだけど…とにかく、一度会って詳しい事を聞いてみるしかなさそうだな」


 ―――――――――――


 記号はJRで使われているもので、私鉄では独自の記号を使っている所もあります。モーター車では"デハ"というのが使われている所が多いです。

 またJRの中でも四国だけは独自の番号の振り方をしており、このような記号を振っているのは特急うずしお・剣山・むろとで用いられるキハ185系と一部の古い普通列車のみです。

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