第30話 スタフ閉塞は融通が利かないので
開発した魔法電話は鉱山線での実験の後に、ただちに各駅に配置された。これまで駅同士で何か連絡をする場合は誰かが列車に便乗するか、もしくは馬を走らせるかしかなかった。
そうは言ってもよほどの緊急事態でない限り、これまではそれで事足りていた。ラエルスがあくまで電話の開発に拘ったのは、スタフ閉塞では列車の増発が厳しく、増発するにはどうしても電話が必要だからだ。
スタフ閉塞の弱点は、同一方向に複数の列車を発車させられない事にある。だがオルカル方面への本線では、大別して普通列車、急行列車、貨物列車の3種類の列車が走ることを想定していた。
鉱山線のような短い路線ならこのような簡易的な方法でも良かったが、長距離路線の急行列車ともなると途中駅での追い抜きなども発生する。スタフ閉塞のままではまずこれが出来ず、これでは急行列車の強みが生かせない。
明知鉄道の急行大正ロマン号のような、"急"いで"行"かない観光列車ではないのだ。
そこでラエルスは、新たにタブレット閉塞と呼ばれる方法を取り入れるために魔法電話を開発したのだ。この方法は交換駅同士で連絡を取り、列車の進入をお互いに確認した後にタブレットと呼ばれる通行票を用いる方法である。
タブレットとは金属の板状のもので、中央に三角だったり四角だったりの穴が開いており、各駅間の閉塞ごとにそのマークは決まっている。列車の運転士は駅でそれまで走ってきた閉塞のタブレットを渡し、新たなタブレットを受け取る。
受け取るとすぐに手持ちの運行表に記されたマークとの一致を確認し、初めて次の閉塞区間に進入するというわけだ。
最初に両駅間で閉塞を確認する電話をして、その後に駅に置かれたタブレット授受機と呼ばれる機械を操作する。この際に電鈴を鳴らすのだが、その程度なら電話ほどややこしい機械も必要ない。
授受機は片方の機械でタブレットを出すと、もう片方の授受機ではタブレットを出す事は出来なくなる。これらは電気信号でやり取りされるが、この世界では魔力を信号に見立てて行う。特殊な魔力を鍵として用いる事はあるので、それを応用しただけだ。
何よりこの方法は、スタフ閉塞のように通行票となるタブレットが一つの閉塞で一つだけでは無いのが大きい。タブレットは一閉塞に付き複数用意されるが、機械的に一区間につき一つしか存在できないようにコントロールされるからだ。
これによりスタフ閉塞ではできなかった、同一方向に連続して列車を運行することが可能となった。また先発した列車が閉塞区間を抜けて次の交換駅に着く前に次の列車を発車させたい場合にタブレットを持たせる事が出来なくなるが、これは先発の列車に"続行板"なるものを掲げて運行させることで解決できる。
続行板はつまり一つの閉塞の中に2本以上の列車がいる場合、先発の列車が"まだ後ろに列車が来るから注意されたし"の意味で掲げるものだ。日本で見られるのは、高知県のとさでん交通の朝倉~伊野間の早朝深夜のみだ。その区間は正しくは通票閉塞という、タブレット閉塞とはまた違う方法だが。
ともあれこれで、本線の増発も容易となった。オルカル本線のイルファーレンまでの開業に向けて既存線区にタブレット閉塞を導入し習熟させ、本線が開業し次第各駅に配属させる。それまではひたすら訓練だ。
そんなわけでラエルスは、リフテラート駅での習熟訓練の様子を視察しに来ていた。もちろんグリフィアと狼兄妹も一緒である。専門的過ぎて面白くは無いと思うとは言ったのだが、それでも来たいと言うのなら止める理由も無い。
と言うか実はこの3人、鉄道にハマってたりしないか?
「お疲れ様です、ラエルスさん」
「お疲れ様です。ギャラリーもいますが、いつも通りお願いします」
「わかりました」
リフテラート駅の信号助役はそう言ってグリフィア達に一礼すると、定期列車のリフテラート13時16分発貨物306列車の進路開通を行う。
定時で出発した貨物列車にもタブレットは持たせているが、ここからスタフ閉塞では不可能だった同一方向への次の列車の発車という段取りに入る。
貨物列車は港駅行きで着くのは24分、港発の折り返しは50分だ。なのでリフテラート駅30分発で機関車単独の臨時列車が港に向けて出発し訓練を行う。
まずはリフテラート駅から港駅への直通電話の隣に置かれた電鈴を3回鳴らす。電気じゃなくて魔法で鳴らしてるのだから魔鈴とでも言うべきか。
「これは?」
「向こうの駅に、これから電話をかけますよって伝えてるんだ。ほら、返事が返ってきた」
すぐに再び電鈴が3回鳴った、電話をかけてもいいという事だ。電話を取り、港駅の信号係と閉塞の打ち合わせをする。
「リフテラート駅です。試901列車、閉塞」
「試901列車、閉鎖承知」
電話を使うのはこれと閉塞解除の打ち合わせのみだ。たったこれだけの為にわざわざ電話を作ったのかという話でもあるが、これが一番重要なのである。
次に再び、電鈴を今度は2回鳴らし、すぐに再び2回鳴った。これは最初に鳴らした方がタブレットを出しますよと言う意味だ。
各駅にはタブレット閉塞機と呼ばれるタブレットを管理する機械が置いてあり、この中に通行票となるタブレットが入っている。次にこの機械のボタンを数秒押した。
「さて、少し待ちだ」
「待つの?」
「少しだけな。ほら、もう大丈夫だ」
ラエルスが見つめる先で、信号係は閉塞機に付いている表示が"全開"になっているのを確認し、解錠ボタンを押してタブレットの収まっている引き出しを開けた。そこには通行票となる、平たい金属のタブレットが一つだけ載っていた。
「あの待ち時間は何だったんですか?」
「あの間では到着駅側、つまりこの場合は港駅の方が操作するんだ。つまり…」
リフテラート駅で閉塞機のボタンを数秒押すと、魔力による信号が到着駅側に飛ぶ。すると到着駅側の閉塞機の表示は"半開"を示し、解錠ボタンを押すと引き出しが半分だけ開く。
この状態が到着駅側の定位であり、これで誰もがこの閉塞区間ではこちらに列車が向かって来ているんだなという事が分かる。半開のまま解錠ボタンを押すと出発駅側に信号が飛び、出発駅側の閉塞機が"全開"を示すようになるというわけだ。
「これで終わり?」
「まだまだ。肝心の列車が発車してない」
取り出したタブレットは、タブレットキャリアと呼ばれる専用の容れ物に入れられて運転士に渡される。ここで運転士はタブレットに空いている穴の形を確認し、合っていれば出発信号機を確認して発車するというわけだ。
試運転の機関車が発車するのを見届けると、すぐに電鈴を再び3回鳴らして電話をかける。
「試901列車、リフテラート駅を定時出発」
「試901列車、定時出発承知」
ここまでが列車が出て行くまでの流れだ。
少し待って列車が港駅に到着すると、今度は到着駅で運転士からタブレットを受け取った信号係は、閉塞機の上からタブレットを入れる。
これがしっかり格納されて初めて、到着駅側で半開だった引き出しを閉める事ができる。
その後到着駅側で電鈴を4回鳴らす。これがタブレット格納完了の合図で、出発駅側も電鈴を4回鳴らして応える。
返事が来ると到着駅側では閉塞機のボタンを数秒押し、すると出発駅側の閉塞機のメーターは"半開"を示す。
これでようやく出発駅側の閉塞機の引き出しを完全に閉めることができ、ここまでがタブレット閉塞で1本の列車を運行するのに必要な手順だ。
説明し終えると、3人揃って溜息をついた。
「はぁ、色々と面倒なのねぇ」
「面倒さ。だけど安全性はバツグン、それこそ1時間に何本も列車が走るようになったらこの方式じゃ無理だけど、当分はこの方式でやるつもりだよ」
「でもこれだけ大変なら、逆に手違いは起きづらいってわけね」
「今の手順をしっかりやらないと、そもそも通行票が出せないからね。何か不正な操作でも行われない限り、絶対安全ってわけよ」
イルファーレン方面への延長も順調に進み、必要な客車や貨車もドワーフ達や様々な町の職人のもとから届けられている。鉄道工事が隆盛なものだから、ドワーフ達の村では出稼ぎに言った仲間を全員呼び戻し、それでも足りずにオルカルから人を雇い入れたりしているそうだ。
魔王討伐が為されてから数年、しかし経済はすぐには持ち直さない。転生する前の世界でもリーマンショックとかいうのがあり、経済が数年は元に戻らなかったのをふと思い出した。
鉄道が文字通り軌道に乗れば、いまだ危ういこの国の経済状況も少しは良くなるだろう。そのさらなる発展の足掛かりとして電話を作り、タブレット閉塞機を作ってきたのだ。
イルファーレンの商工会を説き伏せる事は結局できなかったが、代替案はもう考えてある。新しい閉塞の取り扱いも順次訓練中だし、完成した線路から試運転も開始している。最初は半ば趣味で始めたと言ってもいい乗合馬車と鉄道だが、ここまで来ると残りの生涯をかけた一大事業にしてやるという気概がみなぎってくる。
さてこれからの計画を、と頭の中で考えていると、ある事を思い出して思わず声が出た。
「あ、そうだ」
「どしたの?」
「いや、タブレットキャッチャーを作ってもらわなきゃなって」
「何ソレ」
「タブレットキャッチャーってのはだなぁ…」
こうしていつもと変わらぬ夜は更けていく。ラエルスの説明と、グリフィアと狼兄妹のはてなマークを残して。
――――――――――
タブレットキャッチャーというのは、通過する列車が駅で専用の土台に据え付けられているタブレットを受け取るための道具です。Youtubeなんかで検索すると特急北海が通過授受を成功させたり、急行砂丘が授受を失敗する動画などが出てきます。
ちなみにタブレット授受を失敗すると、閉塞区間に入るのに必要な通行票を持たずに入ってしまうことになるため、列車は急停止してタブレットを取ってこなければなりません。
今回はだいぶマニアックな内容ですが、多分まだまだ加速します。ご注意あれ(何を)
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