第27話 軍艦が来た!?

 リフテラートに軍港は無い。もちろん有事の際には漁港が接収され軍の基地となる事はあるし、海に魔王軍の手下が現れ海上航路が封鎖された時などは軍港として使った実績もある。


 だが普段は平和な漁港だ。天然の良港や要塞と言うほどでは無いが、よく魚も獲れるのでいつもなかなかの賑わいを見せている場所だ。

 しかし漁港に隣接する気象観測所、とは名ばかりの物見櫓にいた観測員からの一言で穏やかな空気は一変する。


「おい!軍艦だ!軍艦が向かってくるぞ!」

「なんだって!?何隻だ!国旗は見えるか!」

 大きい船は数あれど、側面に砲門が付いていればそれは軍艦だ。それがこちらに向かってきているとなれば、まず疑うのは他国による侵略である。


「国旗は…この国のものだ、5隻いるぞ!」

 自国の軍艦であれば侵略の線は消えたが、次に浮かぶのは"軍港でもないのに何故?"という疑問だ。だがそれを考え対処するのは、気象観測員の仕事ではない。

「とにかくロイゼンさんに報告だ!」


 *


 数刻後、代官のロイゼンや街の有力者と早馬で駆け付けたラエルスの一家が見守る中、リフテラートの漁港の少し沖合に5隻の軍艦が錨を降ろした。

 だがその姿は見るからに満身創痍で、中にはマストが折れてしまっている船もある。


 皆が興味と不安がないまぜになりながら見守る中、一隻の艦から短艇が降ろされ数人がこちらに向かってくるのが見えた。


「何事でしょうか」

「戦か何かって雰囲気でもなさそうだな。帆は折れてるけど船体に砲弾の穴が開いてるわけじゃなし、昨日の嵐か?」

「街では大した事は無かったですが、沖合では強かったのかもしれませんね。一隻蒸気船がいるようですので、曳航してもらったのでしょう」


 話しているうちに短艇は港へと到着し、数人の兵士が港へと降り立つ。その中で制服を見るにもっとも地位の高そうな男が、集まった聴衆に向けて叫んだ。

「我々はアムダス王国第三海戦部隊旗艦、シルファクト号の船長、オルランド中佐である!この街の責任者と話がしたい!」


 リフテラートの責任者は、言わずもがなラエルスである。前に歩み出てオルランドの前に立つと、並ぶ兵士たちは自然と背筋を伸ばした。それもそうだ、艦長と一緒に来れる程の年功のある兵士にとって、救世の英雄であるラエルスの顔は誰もが知っている。もちろんオルランド自身もだ。


「領主のラエルスです。此度はどういったご用件でしょうか」

「地方の領主に収まったとは聞き及んでおりましたが、ここでお目にかかれるとは思わなかった。私はオルランド、第三海戦部隊旗艦の…いや、あまり好きな説明ではありませんが、カルファ将軍の弟と言えば分かりますでしょうか」

 あぁ、と得心する。確かにカルファ将軍は弟がいると言っていた。


「話には聞いております、こちらこそ会えて光栄です。それで一体どうされましたか、戦では無さそうですし、嵐にでも当たりましたか」

「その通りなのです。実は…」


 そう言ってオルランドは、嵐に遭遇して帆船の帆や魔法使いを失い自力航行が不可能な事。蒸気船でマグラスまで曳航していきたいが、その蒸気が足りなくて融通して欲しい事。水や食糧の補給や病人の為に接岸したい事などを語った。


「…と言うわけなのです。もちろん代金は後払いになりますが、しっかりと払わせていただきます」

 提示された条件は、ラエルスにとってはさほど難しい条件ではない。幸い不作というわけでも無いので食糧に多少の備蓄はあるし、水も取り立てて足りないわけではない。流行病も無いので病院にも余裕がある。


 石炭は、これは周りで聞いていた人たちは驚いていた。要求された量は50トン、馬車で運ぶなら鉱山との間を200往復以上はしなければならない。

 しかし今は鉄道がある。石炭輸送用の貨車に積める量は1両12トンほど、単純に計算しても5両で足りる。


 鉱山には突発的な需要に対応できるように常に100トン近くの備蓄を置いてあり、既存の貨物列車に石炭車を5両連結すればすぐにでも50トンぐらい運べるのだ。心配する必要も驚く事も無い。


「わかりました、接岸を許可します。漁船も多くいるので、干渉しない所にお願いします。水と食糧ですが、これは明後日までぐらいには必要な量を用意できましょう。石炭ですが、これは明日の10時前には60トンほど用意できますがよろしいですか?」


 さらりと言いのけたラエルスに、今度は兵士達が驚いた。オルランドとて50トンは無理だろうと思っていたし、その半分でも手に入れば早馬を出して次の大きな港町に石炭の用意を要請するつもりでいたのだ。


 それが要求を上回る60トンを明日の朝には用意できるという。一体どんなカラクリなのかと、気になったのはオルランドだけでは無い。


「失礼します。曳航してきました蒸気船の航海長、ルークス大尉であります。ラエルス殿は60トンもの大量の石炭を明朝には用意できると申しましたが、差し支えなければどのようにして用意するのかお見せ出来ないでしょうか」

 当然の疑問だし、当然の要請である。それだけの大量輸送ができるものは薬にも毒にもなり得る。軍人として、その性質を知りたいと思うのは無理もない。そして断る必要も無い。


「ルークス大尉、いいでしょう。皆さんも明日の9時頃に再びここへ来てくだされば、どのように運んでくるのかお見せしましょう」


 *


 翌日、ラエルスに案内されたリフテラート港の駅で、付いてきた兵士達の皆が度肝を抜かれる事になった。

 蒸気船をそのまま小さくしたように煙を吐く鉄の塊が、石炭を満載にした貨車を牽いて滑り込んできたのだ。

 あらかじめ鉄道の事は色々と説明しておいたが、それでも実物はかなりのインパクトがあったらしい。


「これで60トンか…」

 そう呟いたのは蒸気船の機関長だ。動力として一般的ではない石炭の積み込み作業の煩雑さとそれを嫌う気持ちは、元の世界の比ではない。

 鉱山から石炭を運び、それを船に積む。元の世界では当たり前の作業だが、この世界ではハズレ中のハズレのような仕事のようだ。


 それが緊急で寄港した場所で石炭を要求したら、わすか一晩で要求以上の石炭を用意されたのだ。呆然とする気持ちもわからなくもない。


「鉄道で運べるのはここまでで、後は従来通り人か馬で運ぶ方法になってしまいますがよろしいでしょうか」

「いやいや、十分過ぎます。鉄道が無ければ一体どれだけの馬匹の代金を支払わねばならないのかと慄いていたもので…」


 オルランドのあっけらかんとしたその言葉に苦笑しつつ、ガントリークレーンでも作ってみせたらどんな反応をするのだろうかとラエルスは内心でほくそ笑んだ。


 人海戦術で積み込みを進める傍ら、マグラスまでの航海で必要な水と食糧とを積み込む。嵐に遭遇すると真水を失ったり食料が水に浸かったりして非常に辛い思いをするというのは、ラエルスも波乱の冒険の旅で経験済みだ。


 なので余計に船乗りの苦労が偲ばれる。しかし海に魔獣の姿が無くなったので、これまでは海上交通は忌避されてきたものだったが伸びるかもしれないなとふと考えた。


 オルランドたちが来てから3日も経つと石炭や糧食の積み込みも終わり、いよいよマグラスへ向けて出航となった。

「何から何まで申し訳なかった。必ず後日、代金は届けさせる」

「いえ、無事な航海を祈っております。ただ最後に、一つ聞いてもよろしいでしょうか」

「何なりと」


 ラエルスは口を開く前に、蒸気船の方を見る。

「あのような蒸気船を、海戦隊ではどの程度所有しているのですか」

「詳しい数は軍機になりますが…大体10隻程度でしょうか」

「今後増やす予定は?」

「今のところはありません。ですが、此度のような事も考えるとそうも言っていられないかもわかりませんね。そもそも石炭を持ってくるのが大変だったから魔法式の帆船が発達したわけなので、この鉄道がより広がれば蒸気船も見直されるかもわかりません」


 オルランドの言葉にラエルスは思わず「ほう」と声を上げた。何となく軍人は頭が固いというイメージがあったが、恐らくオルランドは現状の問題点を分かったうえで今のような話をしている。この世界では鉄道は新時代の乗り物だ、この人の様に頭の柔らかい人ならば今後の建設も楽になるだろう。


「戻ったら兄にも伝えましょう。聞けば兄はこの鉄道の視察に来ていたというではないですか、ラエルス殿も精力的に鉄道を延伸しているようですし、何かお力になれる事もあるでしょう」

「いやはや、そう言っていただけると有難い。今は私財と領主としての税金で建設しておりますが、やはり官民一体となって建設し早くオルカルまで伸ばしたいと考えておりましたから」


 蒸気船を先頭に、5隻の軍艦がリフテラート港を去っていく。それを見送りながら、ラエルスはぽつりと呟いた。

「しかし外輪船ねぇ、ホントのサスケハナ号じゃあるまいし…スクリュープロペラってのはまだ無いのかね」

「またよくわかんない事言ってる。何だかわからないけど、今度軍にでも話してみたら?」

「そうするか」


 この呟きのお陰で、わずか数年で船舶の技術が大幅に進歩することになるのだが、もちろんそんな事は知る由もない。

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