第26話 思わぬ需要

「石炭が足りないから売ってくれ?またどうして」

 イルファーレンまでの第一期線の工事も残すところ数キロとなった頃、突然そんな手紙がラエルスの元に届いた。


「石炭なんて何に使うんだろうね。蒸気船と鉄道以外に使い道なんてあったっけ」

 覗き込むグリフィアも不思議そうだ。

 元の世界なら暖房の燃料や一昔前の銭湯など、とにかく火力の欲しい所に使うのは当たり前だったのでわかるのだが、大概の事なら魔法で事足りるこの世界で何に使うのだろうか。


「差出人は誰なの?」

「えーと、モルト商会ってとこからだ。レンガを作って売ってるらしい。あぁ、レンガか…」


 差出人を見て何となくは合点がいった。レンガは粘土や泥を窯で焼き固めて作るものだ、何故かは分からないがレンガを大量に必要としているのだろう。


「でもそれって魔法でどうにかなると思うんだけどね」

「全くな。まぁとりあえず、話は聞いてくるよ。今は鉱山も鉄道の石炭専用みたくなってるし、販路が増えるのならありがたい事だ」


 *


 後日、モルト商会の代表者と話すと、考えてみれば当たり前なレンガ需要が生まれている事がわかった。


 この世界ではアスファルトなどというものはまだ無いので、大きな街の道はレンガで舗装されている事が多い。また地震の無い地域なのでレンガ造りの建物も多く、リフテラートも郊外では木造に混じってレンガ造りの建物が散見される。


 だがそうしたレンガ造りの諸々のものは、魔王軍との戦闘で破壊された所が多いというのだ。壊された所は魔王軍との対戦が終結した後も他の事に忙殺されて放置されていたが、このほどようやく復旧に着手されたのだそうだ。


 そこで大量のレンガが官民から受注されたが、窯はあるがレンガを焼くのに十分な熱量にまで火力を上げられ、かつそれを維持できるほど高度な魔法を使える人はそう多くない。


 作れるレンガの数に制限がある中で突然高まった需要に対応できるわけもなく、石炭などの燃料を用いて魔法の代わりとするしかない。だが石炭は海軍が蒸気船に使う分ぐらいしか確保しておらず、普通は民間には出回るものではないのだ。


 そんな折に石炭鉱山を作ったという、ラエルスの鉄道の噂が耳に入ったというのだ。ならばと思い、こうして石炭を融通してもらえないかと手紙を出したのだという。


「なるほど、話はわかりました。確かに私もあちこち旅しましたけど、レンガ造りのものは多かったですからね」

「そうなのです。ですのでそのレンガの製造の為にも、是非ともラエルス様の所有する鉱山の石炭を売っていただければと…」

 モルト商会の人は申し訳なさそうに頭を下げるが、そもそも断る理由も無い。だが快諾した上で一つだけ条件を付けた。


「今後鉄道は、少しづつオルカルの方へと延伸していきます。もしモルト商会の方でよければですが、今後の石炭輸送やもしレンガを運ぶ事などありましたら、ウチの鉄道に任せてもらえないでしょうか」

「そうですね…なかなか即決は出来ない問題ですが、その鉄道と言うんですか?オルカルまで完成したら、どのくらいでリフテラートから行けるようになるのですか」

「今のところ、目標は30時間です。これは早い列車での想定なので貨物列車はもっと時間がかかりますが、それでも今日の午後に発車したら明後日の朝には間違いなく着くでしょう」

 そう言うとモルト商会の人は目を見開いた。これも色んな人に説明してきて、もう何度も見た光景だ。


「2日で着くのですか!荷馬車で5日で着けば早いという距離なのに…」

「皆からは"鉄馬"とか呼ばれているそうですが、実際非常に快速な鉄の馬とでも思っていただければ」

「いやいや、噂は私のような者の耳にも届いております。ただ仰ったような速さと言うより、魔王軍との戦争が終結して以来落ち込み気味だった景気が戻ってきたと、そういう話の方が聞こえてきましてあまり鉄道の詳しい話は知らなかったのです」


 やはり雇用問題や景気回復は、市井でも大きな関心事だったらしい。確かにラメール乗合馬車や鉄道と、ラエルスにとってはやりたい事をやってるだけだが雇用には繋がっている。来た頃に比べてリフテラートの街も賑わいが戻ってきている気がするし、事実税収も上がっているようだ。


 それも有難い事だが、肝心なのはそこでは無い。何より、鉄道の威力が知れ渡ってくれなければ今後の建設に困るのだ。

 イルファーレン駅の建設に際してはあまり反対意見は上がっていないが、それは要するに鉄道のメリットデメリットが伝わってないからに過ぎない。


 この第一期線の開業やモルト商会との契約を元に、少しでも鉄道の良さが知れ渡ってくれれば御の字だ

 まずは草の根、次に民間の間に評判を知らしめ、最終的には国を動かすのが目標だ。そうでなければ、オルカルまで繋がるのに何年かかるかわかったものじゃない。


「申し訳ないのですが、今ここで即断できる話ではありません。一度戻って上の者に相談しなければなりませんので。ですがその際に、今の話をそのまま伝えてみます。私どもも運送費への支出は頭の痛い問題でして、悪い顔はされないと思います」

「よろしくお願いいたします。なにぶんこちらも出来たばかりで、まだ固定のお客様がいないものでして。モルト商会のような大手の商会が使ってくれれば、こちらとしても宣伝になりますので」


 モルト商会はレンガの製造、舗装、建設などに関するあらゆる事業に関して、この国一番と言っても過言ではない。今回のレンガ造りの家や舗装に関しても元は国からの依頼だそうなので、これを通して少しは見方が変わってくれるといいのだが。特にあのムルゼとかいう偏屈将軍。


 荷物が増えたからと言って本数を増やすのが難しいのが、現在使っているスタフ閉塞の難点だ。そんなわけでモルト商会の分は、既存の貨物列車に貨車を増結するのみとなる。と言っても石炭はリフテラートからは馬車か船で運ぶので、今は本数を増やす必要は無い。


 貨車を数両増結しただけでも、モルト商会の要求する量は十分に満たす事が出来た。代わりに受け取る金額も、まだまだ経営基盤が貧弱なこの鉄道にはありがたい収入源だ。

 これで徐々に鉄路が伸びるにつれて、顧客が増えてくれれば鉄道の運営も安心だろう。いつまでも税収だけでは賄えない。


 取り敢えず少しづつではあるが鉄道の便利さが周知されてきた事にラエルスが安堵すると、少しずつ雨が降ってきた。

「こりゃ…荒れそうだな」


 この世界で長く暮らしているうちに、空模様で何となくその先の天気がわかるようになっていた。南の空に浮かぶ黒い雲を見やり、家路を急いだ。

 そのころ南の洋上の嵐の真っ只中で、今後の鉄道を左右する出来事が起きていた。


 *


「帆を畳め!持ってかれるぞ!」

「やってます!しかしこんな突風じゃ…!」


 数隻の軍船が、嵐の真っ只中で右往左往していた。南の洋上で時折発生する嵐は、前触れが分かりにくい割に発生すると時折やや強い暴風雨を起こさせる。

 とは言え普通は船を沈めるようなものではなく、適切な回避行動を取っていれば大丈夫ぐらいなものだ。


 しかしこの嵐は違った。荒れ狂う波は容赦なく船の甲板を洗い、軍船の兵士達を翻弄する。もし海に落ちたとしても、とてもじゃないが助けられる状況ではない。風も凄まじい勢いで吹き、帆船を強引に押し流していく。


 甲板では波を被りながら、懸命に兵士達が帆を畳んでいた。だがあまりの揺れにそれすらも捗らない。やがてミシミシと嫌な音がしてきた。


「マストから離れろ!折れるぞ!」

 誰かの怒鳴り声が聞こえるやいなや、メインマストを支える木が音を立てて折れ、そのまま居住区画の一部を破壊し海中に没した。


「損傷報告!」

「士官室に直撃しました!数人の士官が怪我した模様です!」

「火災は!?」

「ありませんが応急班を待機させています!」


 船団は4隻の帆船と1隻の蒸気船で構成され、洋上で小規模な演習を行なっていた。しかも運の悪い事に、帆船のうち1隻には海戦部隊最高司令官のカルファ将軍の弟である、オルランド中佐が副艦長として座乗していた。


 最高司令官の弟が座乗している船を沈めるわけにもいかぬと兵士達は必死に応急措置にあたるが、無情にもその船も他の船も次々とマストが折れたり、あるいは魔法で船を守ろうと奮戦していた魔法使いが負傷、もしくは流されたりして行動不能に陥っていった。


 帆に風魔法を当てて動かすという方法を採用しているものの、並の魔法では船は動かない。

 どこの船でも専門の魔法使いを乗せており、大型の軍船ともなれば1隻あたり5人ほどが乗船している。


 この方法の脆弱性は、それら魔法使いがいなくなってしまったり帆がダメになると船が動かなくなってしまう事だ。

 嵐が過ぎ去ると帆船4隻は全て帆を折られるか、魔法使いが流されたり負傷したりして満足に動けなくなってしまっていた。


「動ける船はあるか」

 臨時でオルランド中佐の艦船に全ての船の責任者を集めると、中佐はそう尋ねた。

 洋上で全ての船が行動不能になったとあれば、それはすなわち遭難という事だ。緊急信号弾を打ち上げるか、あるいは強い火魔法を用いて救助を求めるのが通常だが、いつ来るかという保証も無い。


「私の船でしたら、機関部の排水を行えば動けます」

「そうか、貴様の船は蒸気船だったな。4隻まとめて曳航出来そうか」

「馬力に問題はありませんが、燃料石炭が足りません。どこかで補給しない事には、到底マグラスまでは辿り着けません」


 ふむ、とオルランドは考え、一つの質問を航海長に投げかける。

「最寄りの、軍船が入港できる港はどこか。軍民問わず、だ」

「一番近い大きな港ですと…リフテラート漁港です」


 その名前を聞いて一瞬兄がこの前行ったなという事を思い出し、オルランドは全艦に下命した。

「では全艦を曳航索で連結し、進路をリフテラートに取れ。現地でなんとか石炭を調達しよう」


――――――――――


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