響け鉄路の轟き
第24話 汽笛一声リフテラートを
開業式は華やかだ。おらが街に鉄道が来たというのはそれはもう大変な喜びで、沿線の町や村の人は総出で文字通りお祭り騒ぎとなる。
沿線の各駅ではどこでも祝賀会が開かれ、学校の吹奏楽部が繰り出して演奏したり乗務員に花束を贈呈したり、あるいは三日三晩も踊り続けてみたり。とにかく昔の日本の鉄道の開業ときたら、それはもう大変に賑やかなものだったのだ。
しかしそれはあくまで、鉄道の有用性が知れ渡ってからの事。最初の頃の開業式はそこまで派手ではない。
そしてこの世界では、馬車という金持ちの象徴とも言えるものが気軽に乗れると言うのはめでたい事だと皆が直感的に感じる事が出来たが、鉄道というよくわからないものが出来ると言ってもピンと来ないのだろう。
鉱山線の開業式は、乗合馬車の時ほどのお祭り騒ぎという雰囲気ではなく始まった。
しかし新しい乗り物が出来ればまずは乗ってみたいと思うのが心情、お祭りと言うほどでは無いにしろ、リフテラート駅を5時20分に発車する始発列車に乗ろうと早朝にもかかわらず大勢の人が駅前に集まっていた。
ちなみに今日限定の臨時便として、乗合馬車も各地から駅前に5時頃に着く便を運行しているのでなおさらだ。
「いよいよ開業か、さてみんなに受け入れられるかどうか…」
「大丈夫よ。確かに巨大な鉄の馬って感じだけど、実際に乗ってみれば凄さを分かってくれるって」
何故かラエルスよりグリフィアの方が自信たっぷりだ。だが転生者である自分とは違い、この世界で生まれ育ったグリフィアがそう言うのだから多少は気分も楽になる。
賑わいの中には、オルカルから来たのであろう人も見受けられた。この世界の写真は高価なものなので、新聞に相当する街看板ももっぱら絵で伝えるのが主流だ。まだ外は薄明るい程度なのに、せっせとスケッチに励む人たちもいる。
彼らがオルカルをはじめとして各都市に散って鉄道の開業を伝え、乗ってみようかと訪れる人が出てくるまでに1ヶ月といったところだろうか。
リフテラート駅はメインターミナルと言うだけあって駅舎の中も広く作ってあり、入って真正面に鎮座する切符の窓口、そして左には広い普通車用の待合室があり、右には比べるとやや狭いが特別車用の待合室がある。もっとも鉱山線は普通車のみなので、しばらくの間は普通車用に開放するが。
特別車用の待合室に隣接するように、貴賓室も設けられてある。ここは国王や諸外国からの賓客が利用する部屋で、内装は一流の職人を呼んでかなり凝った作りとなっている。
今日は開業の日なのでドアだけ開けて見学できるようにしてあるが、普段は閉められる予定だ。また国王が視察に来るとかいう話になるまでは、清掃以外で開けられることも無いだろう。
5時10分、始発列車がホームに推進運転で入線してくる。線路配置的にはホーム上で機回しもできるが、当駅始発の列車は推進運転の方式が取られる。
おぉーと言う歓声に迎えられ、列車は甲高いブレーキ音を響かせて停止した。
当然自動ドアなどという便利なものではなく全て手動だ。開け放たれたドアに、適当にホーム上で待っていた皆が我先にと乗り込む。整列乗車という概念も無くて当然、日本だって朝ラッシュの混雑が慢性化するまではどこもこんな感じだったのだ。
普段は機関車に客車3両を連結して走る事を予定しているが、各駅のホームは6両分まで対応しており、この列車も2両増結して5両編成だ。
鉱山線を走る旅客列車は1日に2本の編成があれば足り、3往復ながら設定した港線の列車は1編成で足りる。
開業に際して用意された客車は14両、鉱山線は3両編成が2本で6両、港線の列車に2両、そして公設市場に行く人向けに貨物列車に連結する1両、あと5両が予備車となる。
機関車は7両、リフテラート駅と鉱山駅の入換用も含めて1日あたり5両要るので予備が2両。
貨車は石炭輸送用の貨車が30両と、沿線の農作物を運ぶ貨車が20両だ。それぞれ2本ずつ設定され、連結両数は需要に応じて変動する。
沿線の家々からの小荷物輸送や郵便輸送も承るが、これは客車の一部に荷物を載せられるようにしてある"合造車"と呼ばれるものを数量用意して対応する。
今は路線網も少ないのでこれでいいが、やがて各地へ路線が伸びた時には小荷物専用の荷物車や郵便専用の郵便車も必要になるだろう。
やがて5時20分、汽笛と共にゆっくりと一番列車はリフテラート駅を離れて行った。
"汽笛一声新橋を、はや我が汽車は離れたり。愛宕の山に入りのこる、月を旅路の友として。"
と歌われる鉄道唱歌だが、この世界ではさしづめ、発車してすぐに右側遠くにちらりと見える海を旅の友としようか。
発車すると建設中のオルカル方面への路線を右に見ながら大きく左にカーブして、一路鉱山の方向へと向かう。鉱山線とオルカル方面とで二分していた建設作業員も今ではオルカル方面に集中投入となり、日に日に線路はその距離を伸ばしている。
満員の汽車はぽつぽつと家の点在する原野をひた走り、7分ほどでやがて最初の交換駅へと滑り込んだ。
実際にはここで炭鉱駅から出てくる貨物列車と交換するのだが、運行は明日からなので今日は馬が代わりにスタフを持って沿線を走り、これを列車とみなしている。スタフ閉塞の特性上、今後何らかの事情で運行ダイヤが乱れた時には、この方法でスタフを運ぶつもりだ。
スタフを交換して出発進行、その後は交換は無いので終点の炭鉱駅まで一人旅だ。
終点には5時51分の到着、9分で機回しをして折り返し6時発のリフテラート行きとなる。
列車には列車番号と呼ばれる番号が振られ、下りは奇数、上りは偶数となる。今の列車は下りの1列車、折り返しは上りなので2列車だ。
鉱山線の旅客列車は0番台、港線の線内で完結する旅客列車には100番台、貨物列車には300番台、回送には900番台が割り振られる。
今でこそ単純だが、オルカルへ向かう路線には快速や特急などの優等列車も設定する予定なので、こうした列車では列車番号も区別される予定だ。
乗ってきた人達は半分ぐらいはそのまま折り返し、もう半分ぐらいは次の列車で戻るようだ。
ラエルス達は次の7時20分発の列車を待たず、すぐの6時発の列車で折り返す。鉱山駅は前にも来ているし、そもそもこんな早朝では操業も行なっていない。
戻りの2列車は、2つ目の交換駅で同じくリフテラートを6時に出てきた3列車と交換する。ここでスタフの交換を行い、リフテラート駅のスタフを持って終点までひた走る。
行きはワイワイ話していたグリフィアと狼兄妹は、早朝ということもあってか今はボックス席に身体を埋めて寝てしまっている。
日本の鉄道の黎明期、客車の椅子は木で作られ、その上に畳が敷いてあった。日本らしいと言えばその通りだが、当然この世界には畳なんて無いしそもそも畳である必要も無い。
なのでこの車両は最初からクッション付きの椅子だ。乗合馬車の椅子も最初は木のままだったが、鉄道開業に合わせてこちらもクッション敷きにしている。
ちなみに海外の鉄道車両にはプラベンチのような椅子で走ってる列車もあるらしい。その点、まだクッションがある日本の車両は良いわけだ。実際柔らかいかどうかは別として。
さてこの世界ではというと、お客さんの反応を見る限り上々と言ったところだろうか。
クッション自体は珍しくもなく、街に出れば日本より価値は高いにしろ平民でも手が届く値段で売っている。
しかしともすれば、柔らかい椅子というものが貴族の特権みたくなっているこの世界だ。新たな交通機関にふかふかの椅子というだけでも世間の耳目を集めるには十分という事だろう。
列車は定刻でリフテラート駅に到着する。向かいには港線の列車が発車を待っており、乗っていた乗客の大半がそのまま港線の列車に流れていった。本当は港線にも乗っておきたかったが、3人は眠そうだしこの後の予定もあるので今日はこれで良しだろう。後は無事に今日が終わるのを祈るのみだ。
3人を起こして駅を出ると、次の鉱山行きの旅客列車は8時半まで無いにもかかわらず沢山の人で賑わっていた。
駅の敷地は柵で仕切ってはいるが、当然外からでも駅の構内は見える。ちょうど出発信号の腕木がガタンと音を立てて青になり、リフテラート港行き104列車が汽笛を鳴らし煙を上げた。それと同時に観衆からもおぉーとかすごーいとかいう声が上がる。
親にねだって早起きして来たのだろうか、列車がゆっくり動き出すに連れて子供たちが一緒に走って追いかけたりしているのも見える。どこの世界でも、子供たちはとりあえず追いかけたくなるらしい。
「いいねぇ、新時代って感じがする」
眠そうに目をこすりながら、グリフィアがそんな事を呟いた。
「新時代ね、そうでなきゃ困る。国の為と言うより民衆の為に作った鉄道なんだし、あとはたくさんの人に使ってもらいたいものだ」
この後は乗合馬車の時と同じく、有力者を集めて今後の展望等々を話さなければならない。ラエルス自身はもう少し鉄道を眺めていたかったが、これも責任者の仕事だ。最後にもう一度駅の方を振り向くと迎えの馬車に乗った。
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JR東日本の房総地区で走っている209系2000番台と2100番台、JR九州の九州北部で走っている817系2000番台と3000番台という電車は椅子が硬すぎるというので鉄オタ界隈では割と有名です。
あれはクッションと言うより、ただ布を貼っただけです。
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