第23話 "駅"と"駅"の違い

 鉱山線は山の方に向かう路線なので、当然鉱山に向かって登りとなる。逆に言えば帰りは下りなので、機関車が加速するのは駅を発車した時だけで後はほとんど惰性で流して走るようなものだ。


 行きの力強いドラフト音に耳を奪われていた狼兄妹は、帰りの少し静かな列車内である事に気付いた。


「ラエルス様、駅には必ず停車していたように思うのですが、先程の駅は通過してよろしいのですか?」

 先程の駅というのは、鉱山駅を出て少しの所にある炭鉱夫たちの住む街に設けた駅だ。この駅は交換設備を持たず、1本の線路に1本のホームという棒線駅と呼ばれる構造をしている。


「あの駅は通過しても大丈夫な駅だな。まぁ今の状態なら途中駅を通過しても問題は無いんだが…そうだな、通過した駅と通過してない駅の違いは何かわかるか?」

「違いですか、そうですね…列車の行き違いが出来ないとか」

「そうだな、それは大きい。だけどもっと違うもので何かないか?」


 狼兄妹がうーんと考えていると、グリフィアの口から正解が飛び出した。

「信号が無いとか?」

「その通り。さっきの駅には信号機が無かっただろ?あんな感じの駅は厳密には"停留所"と言って、交換できる駅同士の中、つまり閉塞区間内に存在する駅の事を指すんだ。

 交換駅で必ず停車するのは閉塞の通行許可証であるスタフを受け渡しするためだけど、停留所はその必要が無いから通過できるってわけさ」


 3人ともわかったようなわかっていないような顔をしているが、そりゃそうだよなと思った。ラエルス自身も初めてその違いを知ったときは「駅は駅だろうに」とか思ったものだ。


 その後も列車に揺られながら説明の続きをする。

 信号も駅にある信号機は"絶対信号機"と呼ばれ、駅長の権限で動かす信号となりそれを無視して後退する事などは許されない。駅に設置されるのは駅構内への進入を許可する場内信号と、発車を許可する出発信号だ。通過列車がある場合はこれに加えて通過信号と遠方信号というものが必要になるが、それはまだまだ先の話だろう。


 信号は腕木式信号機と呼ばれ、これは板と赤と青に塗られた2枚のガラスとランプで構成される。

 駅の信号てことワイヤーで繋がっており、腕木が上がっていればランプが進行表示の青色ガラスを照らし、下がっていれば停止表示の赤色ガラスを照らす。万が一ワイヤーが切れたら自動的に腕木が下がって停止表示となるので、間違えて進んでしまうという事も無く安全というわけだ。


 ちなみに現代日本ではほとんど全てが色灯式信号に置き換わられ、現役で使われているのは青森県の津軽鉄道のみだ。


 途中駅は全て2つのホームを有し片方のホームは駅舎と隣接し、もう片方のホームはその両側に線路のある島式ホームと呼ばれる形である。いわゆる2面3線の形であり、スタフのやり取りがしやすいようにホームは互い違いの千鳥式配置となっている。

 なお線路のうち1本は貨物用で、各駅ではそこから分岐して貨車を置いておく線路が1本伸びていて、その引き込み線でも貨物の積卸しが出来る様になっている。


 日本の駅では貨物ホームは、旅客ホームとは別の場所に線路を引き込んで設置する場合が多い。今では線路が撤去されてホームだけ残っていたり、あるいは保線車のねぐらとなっていたりするが、当時は到着した貨物列車から人が押して入換をしていたのだ。


 だが現在の日本の鉄道輸送は、一つの大きな貨物駅にトラックで荷物を運び、列車は"着発線荷役方式"という貨車を切り離したり移動させずに、本線上で荷物を積み卸す方法が一般的である。


 とは言えこの世界で巨大な貨物駅を作って、というほど運ぶ物も無いしそもそもトラックなんて便利なものも存在しない。なので着発線荷役方式を採用しつつ、昔のような手押しでの入れ換えも各駅で行うこの形に収まったというわけだ。


「沿線の駅でも荷物を積むのですか?」

「もちろん。農家っていったら基本的には自分たちが食べるものと、売る分を余計に作るもんだろ?これまでは自前の馬車なりなんなりで運んでたんだろうけど、鉄道を使えばこれまでより沢山の量をあっという間に市場まで運べるからな。もちろん荷賃はいただくけど、馬車を買って維持するより安上がりだろ」

「確かに。馬車は買うとなかなか値が張りますし、壊れたら直すのも大変ですからね」


 リフテラート駅から港までの路線から分岐して、公設市場までの引き込み線も建設中だ。貨物列車で一旦リフテラート駅まで運ばれ、そこから公設市場まで直接品物を届けられるという寸法だ。

 こうした市場には線路が引き込まれていた所もあり、閉場した築地市場の特徴的な弧を描いている建物もかつては汐留貨物駅からの線路が伸びていた名残だ。


 さて鉄道が出来るという事は、言わずもがな沿線の発展に繋がる。魔王軍が倒されその手下の魔獣が闊歩する時代は終わり、街から離れた場所でも安心して開墾できる環境となったのである。


 これまで街以外の場所が発展して来なかった理由は2つ、魔獣に襲われる可能性が高い事と街までが遠く不便すぎたからだ。

 だが1つ目は解決し、もう1つは鉄道によって解決する。だからと言ってすぐに街が出来るわけでもないが、長い目で見ればやがて沿線には家が立ち並ぶだろう。


 こうして見ると、シ◯シティとかA列◯で行こうとかを現実でやってる気がするな。沿線に豆腐を届けなければ。


「ね、あの短い線路はなに?」

 2つ目の交換駅を発車したタイミングで、次はグリフィアから質問が飛ぶ。短い線路とは駅を出て線路が1本になる手前にある、分岐してすぐに脇にそれて、そのままバラストが積んである線路の事だ。


「あれは安全側線ってやつだな」

「安全…?あの線路がどう安全なの?」

「例えば万が一、列車のブレーキが壊れたとかで止まりきれなかった時に、あの線路に突っ込んで無理やり止める為の線路さ」

「へぇ、ちょっと強引?」

「言われてしまえばそうだけどな。まぁ、本線上にまで出て行っちゃったら正面衝突だし、それよりマシってわけよ」


 安全側線とは、こうした線路が収束する前に設置される事が多く、速度の低い列車に対しては有効だ。

 出発信号機と連動しており、赤信号ならば安全側線側にポイントが開通するようになっている。本来止まらなければならない赤信号を無視して通過してしまうことを冒進と言うが、万が一この冒進が発生した際にも安全側線に突っ込んで脱線させることで他の列車への被害を防げるというわけだ。


 とは言え速度が出すぎた列車では安全側線は意味を成さない。鉄道事故ではかなり知られている三河島事故がその典型的例で、起点の上野駅から2つ目の三河島駅で貨物線から来た下り貨物列車の運転士が赤信号を見落とし、安全側線に突っ込むも勢いを受け止めきれずに本線を支障。

 そこに下り普通列車が突っ込み、反動で上り本線を塞いだところに更に上り普通列車が突っ込むという三重衝突事故にまで発展した。


 他にも六軒事故や青山トンネル事故など安全側線が機能しなかった事故はあり、こうした事故を防ぐためにも本来はATS自動列車停止装置を整備したいところだ。まだ研究中なのでいつ整備できるかは不透明だが。


 列車は快調に走り、やがてリフテラート駅に戻ってきた。全線で一つの閉塞なので、機関士はここでスタフを駅員に渡す。

 試運転はこれでおしまいなので、列車はいそいそとバックでホームを離れた。ちなみに機関車が最後尾になって動くことを推進運転という。


 列車は一度引き上げ線に入った後、リフテラート駅構内に広がる機関庫や客車庫へそれぞれ分かれて入庫していく。それぞれの車庫に入ると整備担当者は、車両の点検や整備に余念がない。

 今はまだガラガラの構内だが、オルカルへの路線が延伸するにつれてどんどんと賑やかになっていくだろう。早く往年の尾久客車区や宮原客車区のような風景が見てみたいものだ。


「どうだった?初めての列車は」

 帰り際にラエルスが尋ねてみると、グリフィアも狼姉妹も大興奮といった様子だ。

「すごかった!あれでオルカルまで行くんでしょ?確かに服はちょっと考える必要があるけど、でもオルカルまで2日ってのも納得って感じ!」

「煙の出ない方式もあるけど、まだこの世界には無い技術だからなぁ」

 時折こうして自分が転生者だという事を匂わせる言葉が出てくるが、最初こそ戸惑っていた狼兄妹ももう慣れたものだ。


「ジークはどうだった?」

「実際に乗ってみると楽しいものですね。見える景色も、馬車とは比べ物にならないぐらい早く通り過ぎて行って…鉄道沿いの街も、これでより発展するのでしょうね」

「ま、そこは各々の街の努力次第だな」


 鉄道が出来ると確かに沿線は発展するが、逆にそれまで街にあり馬車旅などでは必須だった多くの宿や馬小屋、貸し馬車屋などは一気に衰退する。そこは知恵と機転で乗り切ってもらうしかない。


「ルファは?」

「将来的には車内で食事もできるのですよね。ちょっと今の車両の揺れだと大変だと思いますが、これより揺れない車両で食事は出されるんですよね」

「勿論。さすがにこの車両じゃ飲み物飲むぐらいが精いっぱいだろうしな」

「ですよね。美味しい料理を食べながら列車に揺られてオルカルへかぁ…なんか、ワクワクしますね!」

「食堂車で食事をしながらってのは、俺が物心つく頃にはかなり贅沢な旅行になってたからなぁ」

「ラエルス様も経験は無いのですか?」

「無くはないけど、一回きりだよ」


 ラエルスが使ったのは、2015年に廃止になった上野から札幌を結ぶ寝台特急北斗星の食堂車、"グランシャリオ"だ。

 とは言えお高いディナーは食べられずディナータイム後のパブタイムの時に利用したのだが、あっという間に飛んでいく街灯りや駅を眺めつつの食事というのは、得も言われぬ特別感があって深く記憶に残っている。


「そう言えば、食堂車のメニューの方はどうだい」

 メニュー案を頼んでいたグリフィアに話を振ると、グリフィアはつつーと目を逸らす。

「お?どうしたよ」

「いやー最近なかなか忙しくて、まだ具体案が全然湧いてきておりません。はい」

「マジか」


 料理については門外漢のラエルスだが、鉄道建設と同じぐらい気の長い話だなと改めて思った。


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 線路が2本ある複線区間の場合の説明をしようと思ったのですが、多分本編中で出てくると思うので保留保留…


 A列車で〇こうという鉄道を敷いて街を発展させる街作りゲームがありまして、その際に資材を運ばないと建物が出来ないのですが、その資材が見た目が似てるとかで豆腐と呼ばれているのです。やってる人にしかわからないネタです、すみません。


 ちなみに作者は北斗星には乗りましたが、グランシャリオを使ったことはありません!未練!

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