第20話 お召し列車(小運転)

 翌日、いよいよ鉄道視察の日である。

 港から駅までの短い線路のみの乗車となるが、それでも乗るのは国王をはじめとした国の重鎮ばかりだ。おのずとラエルスの身にも力が入る。ここで失敗しては目も当てられない。


 賓客を乗せた列車で失敗した案件といえば、現在の京浜東北線が東京~桜木町間で開業する際に行われた試運転で、来賓が乗っていたにもかかわらず準備不足による電力トラブルにより立ち往生し、鉄道院総裁が新聞に謝罪広告を載せたという話がある。


 当時のそれはいろいろと新しい技術を用いた電車運転であったにもかかわらず準備を怠ったからなので、今回はそこら辺はきっちりとやっておく。線路の状態、機関車や客車の点検、全てばっちりだ。異世界でまで同じ失態は犯せない。


「さて、乗る前にその"鉄道"とやらはどういうものなんだね」

 朝、再び集まった一同の前で国王が質問する。

「はい。平たく言えば、馬車を大きく超える大量輸送機関です」

「大量、とは言うがどのくらいだ」

「そうですね。口で説明するよりも、まずは見ていただいた方が良いかと思います。こちらへどうぞ」


 そう言って一行をリフテラート駅へ案内する。既に駅併設の車庫には説明用に並べてある機関車や客車、貨車が並び、察しのいい者は見るだけでその効果の程が分かったのか周りの者や側近と何か話している。


「皆さんの足元にあるのが線路と言うもので、いわゆる通り道です。鉄道はこの上を走ることになります」

 一同がぱらぱらと頷くと次の説明に入る。


「まずはこちらが機関車です。動力は蒸気機関なので、蒸気機関車と言います。二人の人が乗り、それぞれ運転と石炭をボイラーに投入する作業を担います」

「すまない。わからない者もいるだろうから、まずは蒸気機関の説明を頼む」


 国王に言うのはもっともで、蒸気機関は一般的で無いがゆえに国や軍の上層部でも仕組みや効果を知らない者が多いのだ。

 ラエルスは蒸気機関の大雑把な説明をして、鉄道の説明の続きに入った。


「次に客車です。こちらは人が乗るためのもので、普通車と特別車に分けられます。普通車は定員が多い代わりに料金を安く設定し、特別車は定員を少なくして内装を豪華にする代わりに料金を高めに設定します。貴族階級の利用も想定しての事です」

「成る程。ではその客車とやらは、どれだけの人が乗れるんだね」

「お見せしているのは普通車ですが、こちら1両…これらの物を車両と言い単位を両と言いますが、1両あたり48人となります」


 ラエルスの言葉にざわめきが起きた。ラメール乗合馬車ほどの大型の馬車でも載せて20名少し、軍用の輸送馬車では30名ほどだ。それより1.5倍ほど多いとなれば、それだけでもかなりのものだ。


「次にこちらが貨車と呼ばれるもので、荷物や様々な物資を運ぶための車両です」

 指し示した先には黒く塗られた数両の貨車、穀物や家畜などを運ぶ有蓋車ゆうがいしゃや建物の建築資材になる砂利や石、石炭も運ぶ無蓋車むがいしゃなどだ。今のところ運ぶものは決まっていないが念の為に作っておいた、液体を運ぶタンク車もある。


 それぞれの説明をすると、乗合馬車の時とは違って皆が興味深げに色々と話している。

 それもその筈だ。大量の人や荷物を運べるという事は、より国の発展が見込めるという事。財務や貿易で考えれば他国とのやり取りがより捗る様になり、それは国の内部の豊かさに繋がる。

 軍人からすれば、有事の際にオルカルから速やかに軍港マグラスに人や物資を運べるのは大きい。


「想定ではこの客車を5両ほど繋げて、リフテラートからマグラスを経てオルカルまでを結ぶ予定です。貨車は10両程となるでしょう。この機関車は馬車に比べてとても快速なので、2日もあればこの両都市間を結べるはずです」


 ここに来て初めてラエルスの口から飛び出した壮大な計画に、視察団は一層どよめきに包まれる。一度に200名以上の人が移動し、大量の物資が運べるようになるのだ。魅力的どころの話ではなく、文字通り経済が変わる。


「しかし、これでは既存の馬車は仕事を奪われるな」

 一人の高官がそう言うと、国内の商業を司る大臣の顔がサッと青くなる。


「そ、そうだ、ラエルス殿。これが出来てしまうと、既存の長距離輸送の馬車を運行していた商人たちが失職するんじゃないか?そうでなくてもこの不況、失業者が多いご時世に、それはあまり喜ばしい事では無いのだが」

「ご懸念は確かにそうです。しかし、実際はそうはならないと考えております」


 ラエルスはそう言って、蒸気機関車で準備をしていた人に合図を送る。その時、既に火入れをして準備が整っていた蒸気機関車が汽笛を鳴らした。思いがけず響いた大きな音に、一瞬皆が押し黙る。


「今のは蒸気機関車の、汽笛と呼ばれるものです。実際に走行すると音や振動も結構なものになりますので、建設の際には町の中心部から離れた場所に作る事になります。

 この鉄道が止まる場所、今皆さんがおられるここの事を駅と言いますが、必然的にこの駅も市街地からは離れた場所に建設されます。すると運んできた荷物を街の隅々にまで運ぶ必要があるわけで、それはまだまだ馬車の仕事となるでしょう。

 鉄道の開通によって間違いなく、これまで以上に物流は盛んになります。確かに鉄道と重複する長距離馬車は廃れるでしょうが、代わりに街中を行き交う馬車は増えるはずです」


 ラエルスの説明を皆が噛みしめた所で、いよいよ試乗だ。リフテラート駅から港までは10分もかからない距離だが、今までは乗ってみたいという街の人を宥めて貨物営業しか行っていなかった。別にそうと決まっているわけではないが、初めての人を乗せての運行はやはり国賓を招いてのものと決めていたのだ。


 ちなみに日本の鉄道が開業した1872年10月14日は、明治天皇や建設関係者などを乗せたお召し列車が新橋~横浜を1往復しただけで、営業運行は翌日の15日からの運行である。


 土を盛って砂利を敷いただけの簡易ホームに全く似合わない赤い絨毯を敷き、一応それっぽさを出す。安っぽさは否めないが、そもそも突然来るとか言い出した方が悪いと一人納得してこれで良しとした。


「こちらからどうぞ。少し段差がありますので、足元にご注意ください」

 ラエルスが客車のドアの脇に立って、国王たちを迎える。一時的にお召し仕様へと改造して賓客用とした普通車と、侍従や警護の兵士が乗る普通車の2両編成だ。もっとも客車は後回しにしていたのでまだ4両しか出来ていないが。


「内装については、この車両は皆様をお迎えするにあたって改造しております。隣の車両が一般の方々が乗る普通車となっておりますので、興味のある方はどうぞ」

 ラエルスがそう言うと何人かが隣の車両を見に行っている。鉄道とは直接関係なさそうな人もいたので、単純に興味だろう。


 汽笛一声、ブラスト音を響かせてゆっくりと列車は動き出す。ガタンという音と共に進み始めると、車内からはおぉと声が上がった。

 元より片道10分もかからない距離、あまり速度も出ない。お召し列車と言うよりも、車両基地内の試運転の際に用いられる小運転線を走ってるようだ。

 恐らく日本でも、こんなに短い距離のお召し運転などそうそう無いのではなかろうか。


 まずは港まで走り、港の貨物駅の積卸線に到着した。ここで機関車は機回しと呼ばれる反対側に機関車を付け直す作業を行い、再びリフテラート駅まで戻る事となる。


「いや、凄いですな。この短い距離だったのであまり速度も出ないのでしょうが、それでも馬車より全然早い。だが、実際はもっと出せるのでしょう?」

 機回し中に、街道などの交通関係を司る大臣が興奮を隠し切れない様子でラエルスに話しかける。男の子は何歳になっても乗り物が好きって事か?


「もちろんです。今の機関車ではまだ難しいですが、じきに馬の早駆けほどの速さで客車5両ぐらい引っ張って走れるようになりますよ」

 ラエルスの返事に質問した大臣や他に聞いていた人がどよめく。

 馬の早駆けは速度にして60キロ毎時を超える。優に馬車の4倍から5倍ほどの速さだ。もちろん馬一騎で運べる荷物の量などたかが知れているが、同じ速さで大量の人や荷物を運べるとなるとその事実の持つ意味合いは大きい。


「…運賃は、いくらだ?」

 ここに来てムルゼが口を開いた。不快感を隠そうともしない面持ちだ。

「予定では、ここリフテラートからオルカルまで1人銀貨25枚25000円を予定しています。実際にはここに他の料金が加算されますので、合計では銀貨30枚30000円程になる予定です。あくまで予定なので前後する可能性はありますが」

「高いな」


 ラエルスの説明をムルゼは両断した。

「ほう、何故でしょうか。商人の馬車に便乗する場合、運賃としての相場は大体銀貨15枚15000円です。5日かかって銀貨15枚と2日で30000円ならば、充分に妥当な設定だと思いますが」

「そう言うがな。普通車には48人乗れると言ったな?全員が同じだけの金を払ったら、片道走るだけでラエルス殿の収入は金貨14枚140万円を超える。そうでなくても領主である貴公が、国にその分の税を納めずにここまでの副収入を得てもいいのか?」


 ムルゼは暗に領主に禁じられている条項の中にある、"多額の収入をもたらす副業の禁止"に抵触しているのではないかという事を言っているのだ。見ると数人の大臣は確かにという風に頷いている。

 なるほどこれが派閥かと思いつつ、ムルゼの庶民感覚の無さに内心で溜息を吐いた。


「お言葉ですがムルゼ様、鉄道には沢山の人出の要る事業です。この機関車を運転する機関士や駅での従業員など人目に付く仕事から、線路の保守や設備点検など人目に付かない仕事まで沢山の人々に支えられて成り立つものです。それらの人々に十分な給金を与え生活してもらう為には、自ずとこれぐらいの料金設定になってしまうのです。そこはご了承願いたい」

「成る程人出がいるのだな。では兼務をさせるなどして、人件費を浮かせればいいではないか。結局給料の跳ね返りが料金ならば、給料を節約すればいいだけだ」


 異世界に来てまでそんなブラック思考の話を聞く事になるとは思わなかったが、思えば共闘した時のムルゼの部隊を思い返せば納得だった。軍隊の事は門外漢なのであまり詳しくは分からないが、それでも後方の兵站を担当する輜重隊の人を戦線が苦しいからと言って最前線に出すのがおかしいというのは、素人のラエルスでもわかる話だ。


 あまりの暴挙に見るに見かねてラエルス達がそれとなくムルゼの部隊の苦戦している所を助けたりしていたので、部下達とは良いコミュニケーションが取れていた。だがグリフィアとミアナに言い寄った事件の後というのもあってか、ムルゼは非難こそすれ感謝することは一度も無かったのだ。

 結局その行動が問題となり謹慎を食らったと聞くが、ならば今のこの態度はその意趣返しだろうか。


「兼務というのは無理があります。軍隊の様にそれぞれが高度に専門性の高い職種ですので、なかなか替えが効きません。船乗りが突然大砲を撃てと言っても無茶な話でしょう、それと同じです」

「私ならやらせるが?」

「それは貴方だけにしてください」

 堂々とそう言って見ると、他の人は憮然とした顔の者もいれば笑いを噛み殺している者もいる。ムルゼ派とそうでないものが分かりやすくていい。


 短いお召し運転が終わり国王達が帰路に付くと、ラエルスはふうと長く息を吐いた。それとなく金銭的な支援の要請もしたが、仮にも陸軍最高司令官のムルゼがあの調子では難しいかもしれない。そして数日後に来た王宮からの手紙にはこう記してあった。


『金銭的支援の件、今は国内情勢の不況のあおりから一企業に大金を投じる事は出来ないとして保留とする。大量の人出がいることは重々承知であるが、今一度経営計画を見直し、経費削減に努めること』


 ――――――――――


 本文では書ききれなかったのでこちらで補足します。

 関東で走る京浜東北線(当時の名前は京浜線)が開業する際に、当時の電車(山手線など)は直流600ボルトでの電化だったものが、京浜線では直流750ボルトが採用されました。当時の鉄道院においては最長距離での電車運転という事もあり、大出力で電化する事で輸送力アップを目指したのです。


 しかし記述した通り開業を急ぎ準備を怠ったために、公式の試運転で設備が故障。立ち往生してしまうというトラブルがありました。

 当然これにより開業は延期、半年にわたる入念な試運転の後に運行を再開させたようです。

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