第19話 国王達の視察

「王様から手紙?」

 ジークがそう言って差し出した手紙を、ラエルスは内心でため息を吐きながら受け取った。


「はぁ、またなんかロクでも無さそうな…」

「どうしてですか?国王から直接手紙を貰うなんて、まさに誉れじゃないですか」

 ジークが不思議そうな顔をするので、ラエルスは首を振る。


「いやいや、まぁ確かに王様から手紙を貰って舞い上がってた時期もあったけどね。実際に話を聞いてみれば、まぁ大概は面倒な話さ」

「そうなんですか」


 ジークはよくわからないと言ったような顔だが、冒険者時代に王様から直接来た手紙は大体ロクなものでは無かった。


 北の雪山にワイバーンの群れが出たから討伐してくれとか、隣国との国境付近で魔王軍が暴れていて、軍でも対処できるけど隣国を刺激したくないから退治してくれとか。


 国王からの頼みとあれば断れないのをいい事に、時折魔王軍とは全然関係ない依頼をされる事もあった。

 良く言えば頼りにされている。悪く言えば、いいように使われているという事だ。


 とは言えそんな大小様々な依頼を解決した事もあって王国内外の首脳部から信用を勝ち取る事ができて、それが魔王討伐に貢献した事は間違いない。


 しかし今は自由の身だ。そこで再び国王から手紙が来たのだから、しかめ面のひとつぐらいしたくもなる。


「んで、今更何の用事かねぇ」

 独り言を呟きながら手紙の封を切ると、そこには予想外の言葉が並んでいた。


 *


 その日の夕食は、王様からの手紙の話題で持ちきりだった。

「王様が乗合馬車と鉄道を視察しに来るって?」

「なんだってさ。しかも王様だけじゃなくて、その他の各所御偉方に軍の御偉方まで来るとか」


 うえぇぇとグリフィアの顔が歪む。恐らくは軍の陸戦部隊、要は陸軍の最高司令官の顔が浮かんでいるのだろう。


 国王と呼ばれるレフ二世は、なんだかんだ言っても人格者である。時折そうして無茶な依頼などをしてくる事もあるが、普段は善政を敷く王だ。


 対して陸軍最高司令官のムルゼ将軍は、良くも悪くも力でのし上がった人物だ。

 出世競争では他の人を蹴落とし蹴落とし、それでいて魔王軍との戦闘でも十分すぎる成果を挙げる。


 だがその反面、極度の女たらしで愛人を何人も抱えているという話だ。

 初めてムルゼ将軍と会ったのは3年前の17歳の時で、その時は魔王軍との大規模な衝突の最中だった。


 当時は現地司令官だったムルゼはその才能を遺憾無く発揮し、当時から冒険者の中では抜きんでた力を持っていたラエルス達のパーティーに負けず劣らずの戦績を誇った。


 だが野営の際に事もあろうか、グリフィアとミアナに同衾を迫ったのだ。

 当然2人ともそんな馬鹿みたいな誘いは一蹴したが、その後も何度か同じような誘いをムルゼはしたようだ。


 最終的にラエルスとイーグルがお灸を据えた事で解決したが、特にグリフィアには強い恐怖心が残ってしまったのだ。


「まぁこうなった以上は断れないしなぁ、ご丁寧にグリフィアも参加するようにって書いてあるし」

「私とラエルスの顔を並べて、救世の英雄の新事業ってことにしたいんでしょ。それはいいけどあの変態将軍だけは絶対イヤ!」

 それを言ったらラエルスも顔を合わせたい相手では無いが、こればかりは言っても詮無いことだ。


「一応代表は俺だし、仮病でも使って休むか?」

「そうしようかなぁ。久しぶりに国王様とかお世話になった人に挨拶はしたいけど、ちょっとムルゼだけは無理」


 とうとう呼び捨てになったかとラエルスは苦笑しながら、さてどうもてなしたものかと構想を練り始めた。


 *


 それから2ヶ月後、とうとう視察の日となった。

 客車は2両しか完成していなかったが、内装を一時的に取っ払って急遽特別車並みの設備にしてある。とは言え元は普通車用の二軸車だ、動揺が激しいのは我慢してもらおう。


 国王が来るとの事で、リフテラートの街の雰囲気はいつもより硬いものだった。街行けば何の用事なんだろうとか何で来るんだろうとか、人々の会話はしばらくそんな話で持ちきりだ。


 本来国王が来るとなると現地での宿泊は領主が責任を持って用意するのが常なのだが、今回は国王から直々に「街の普通の宿で良い」とのお達しが出ている。


 こういう所が憎めないんだよなと思いつつ、一番収容力がありながら上の階ほど安いという不思議なミノの宿に滞在を依頼した。

 国王が泊まったとなれば箔が付くなとミノは大張り切りで引き受けてくれたので、恐らく問題は無い。


 ちなみに上の階まで荷物を持っていくのが大変だという問題は、滑車を使ったエレベーターを取り付ける事でほぼ解決した。これなら2階だろうが最上階の5階だろうが、客は身一つで上がれるのだ。結局5階までは階段だが。


 大急ぎでリフテラートの駅に仮設ホームを作り、一行はそこから乗ってもらう。乗合馬車も特別仕様にしたものを用意した。


 昼過ぎになって、遠くに絢爛な行列が見えてきた。2台の大型の馬車に、比べて少し小さい金持ちの乗る個人用馬車がおよそ5台。そしてその周りに護衛がわらわらと。


 ラエルスにとってはため息を吐きたくなるような光景だったが、リフテラートの人たちは上は下への大騒ぎだ。


 やがて、ともすれば小規模な大名行列のような一行がリフテラートの正門前に到着する。代官のロイゼンや他の街の重鎮たちと共に整列し迎えると、一番豪華な個人用馬車から従者に付き添われて1人の男が降りた。


「お待ちしておりました、国王様」

「久しぶりじゃのうラエルスよ。あれから壮健であったか」

「はい。お陰様で、領民や土地にも恵まれまして、この通り元気でございます」


 満足したように国王が頷くと、その間に後ろでは他の御偉方がぞろぞろと馬車から降りて物珍しそうに辺りを見回していた。

 その中にはグリフィアが忌み嫌う、陸戦部隊最高司令官のムルゼ将軍もいる。


 一行は正門前の街区にある中で最も高級な飲食店で昼食を済ませると、早速乗合馬車の視察に入った。

 ちょうど時間は14時前で、正門前には観光線がそれぞれ発車の準備をしているところだ。


「あれは何をしているのか」

 早速そう質問を飛ばしたのは、地方行政を司る大臣だ。指差す先では観光線に添乗する案内人が、車内で配る為のチラシを準備していた。


「あの馬車はリフテラート旧市街を中心に回る路線で、観光を主目的とした路線になります。あの者はその観光客を相手に案内や宣伝を行う為に乗っており、元々はこの街の大きい宿屋にいた案内人と呼ばれる人たちです」


 大臣はほう、とだけ呟いて興味深げに見ている。案内人が目線に気付いたのか、こちらに向かって深くお辞儀をした。


「それで、この街を訪れる客は戻っているのかね」

「はい。少なくとも乗合馬車が出来る前よりも賑わっていると、街の皆は口を揃えて申しております」

「ほう…あれは観光を主目的とした路線と言ったが、他にどんな路線があるのか?」


 言われるがままに各路線の特徴を述べると、驚いたのは賓客よりもその付き人や護衛達だ。

 彼らの大半は貴族階級ではないので、住まいは平民の街である。本人や家族が職場に行く際には当然徒歩なのだが、そんな彼らからすれば馬車に乗って仕事に行くというのは衝撃的だろう。


 すると当然彼らにとっては自分の街、すなわちオルカルにも乗合馬車が欲しいという願望が生まれる。自ずと付き人や護衛達の目線は王へと向かった。


 それを分かっているのか、今度は国王が質問する。

「これは他の街でも出来る事なのか?」

「もちろんです。ただなにぶん、馬車を見て通り大型なので、これらを買い揃えられるだけの初期資本が無ければなりません。また元を取るにも長期的な事業になるので、それに耐えられるだけの体力も要ります」


「ならばラエルス殿は何故、このような事業を続けられるのだ」

 国王ではなく、財務を司る大臣から質問が飛ぶ。

「私はこれでも魔王討伐の実績がありますし、それ以前からあちこちで魔獣退治やら何やらをやっておりましたので、それらの稼ぎがかなり大量にありました。加えて報償金と領主としての収入、これらがあるのでこのような事業や明日ご説明する鉄道事業も行う事が出来るのです」


 ふむ、と財務大臣は考え込む。聞くところによれば、不況により税収もかなり落ち込んでいると聞く。乗合馬車が景気回復のカンフル剤になるか考えていると言ったところか。


「何はともあれ、とにかく乗ってみてください。特別仕立ての馬車を用意しておりますので」

 ラエルスがそう言うと、計ったように御者が馬車を持ってきた。再び皆をどよめきが包む。


「大きいな。それに、派手だ」

「この馬車は特別仕様ですが、今走っている馬車は客室内に6人がけの横向き座席が向かい合って、座席定員が12人のものです。

 それと失礼ながら、このリフテラートの旧市街を見た事はありますでしょうか」


 国王は首を振ったが、海戦部隊最高司令官のカルファ将軍が見た事があると声を上げた。


「一度軍事演習の際にここの軍港に立ち寄ったがてら観光したが、あの白と青の街並みは美しいものだった。この馬車は、それを意識したのではないかな?」

「その通りです。観光で訪れた方などには、街に来てこの馬車を見ただけで来た気になって良いとのお声を頂いております」


 なるほどとパラパラと頷く。チラとムルゼの方を見てみると、明後日の方を向いてしかめ面をしていた。大方、女を素直に出さなかった自分ラエルスがチヤホヤされているのが気に入らないのだろう。


「その、ラメールと言うのは乗合馬車の名前かね」

「そうです。異国の言葉で"海"という意味になります。ま、何はともあれ中にどうぞ。観光案内人もおりますので、是非観光気分でお楽しみください」


 *


「はぁー疲れた。やっぱ偉い人のもてなしなんてやるもんじゃないな」

「お疲れ様。ごめんね、私行かなくて」

「いやいや、どうせ行ったら行ったでムルゼ将軍がうるさそうだし」


 1日目を無事に終えて帰宅したラエルスは、そう言いながら肩を回す。元の世界ではなかなか無かった事だけに余計に疲れる。


「しかし面白いな」

「何が?」

「乗合馬車を見た反応さ。人やその役職によって興味を示すところが色々あってな」

「どういう事?」

「つまりだな…」


 乗合馬車の基本的な説明をした時から感じていた事だが、国王はどんな些事でもしっかりと聞くが他の人はと言えば自分の領分でない事にはてんで無頓着だ。


 鉄道は違うが乗合馬車はあくまで地域交通に過ぎず、それ故か経済の担当や地域行政の担当の者は興味を示したが、特に軍関係者はてんで無頓着だった。


 もっとも商人の馬車よりさらに大きいこれは、サイズで言えば軍用といい勝負だ。有事の際には徴発出来るかもという誰かの声が聞こえたが、生憎と一も二もなく応じるほど素直ではないつもりだ。


「なるほどねぇ。まぁ役人らしいと言えば役人らしいのかな」

「全くだ。色んな事を知ってれば、何かの時に役立つ事もあろうに」

「なんだっけ、敵を知って味方を…?」

「彼を知り己を知れば、百戦危うからず。な」

「それそれ、ラエルスの元いた世界の言葉だってやつ。良いこと言うよね、偉くなったからって視野が狭まってるようじゃしょうがないと思うんだけど」

「全くだ」


 今日は私がと言ってグリフィアが淹れてくれたお茶を飲み干すと、ラエルスは早々に床に就く。

 何はともあれ明日が本番、ここで好印象を残さなければ支援は獲得出来ないのだ。


「明日が勝負だな」


 そう独り言ち、夜は更けていく。

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