第18話 記念すべき第一歩

 季節は巡り、秋になってアグロ達ドワーフからレールと蒸気機関車の試作品が出来たという一報が届いた。1年はかかるかと思っていただけにその早さに驚き、村に見に行ったラエルスはまた驚いた。


「完璧じゃないですか…」

「だろう!?俺らドワーフが本気を出せばこんなもん朝飯前よ!」

「いや、流石です。ここまでの短期間でこれだけの精度で作れるとは」


 目の前にはまさに日本で見たような双頭式レールに、蒸気機関車の原型ともいえるものが鎮座していた。あとはレールを敷設して無事に走れば問題無しだ。


「あと、指定した木材は用意してくれましたか?」

「長方形の、枕木ってやつか。もちろんバッチリだ」

砂利バラストもありますか」

「それも用意したとも。しかし何に使うんだこれ」


 今はその疑問には答えず、まずはラエルスの指示通りに線路を組み立ててもらう。

 枕木を敷きレールを均等の感覚で置いていく。その上にバラストを撒いて突き固めれば完成なのだが、なにぶん重労働なのでラエルス達は村に1泊して翌日に試運転をする事となった。


 翌朝、完成した線路は100mだ。枕木の数は160本、これは『普通鉄道の敷設に関する技術上の細目を定める告知』に則り決めた数である。レールは本当は定尺と呼ばれる25mレールがいいのだが、まだそこまでの必要も無いので10mレールを左右で計20本並べた。


「ちゃんとレールの幅は1.4mでお願いします」

「分かってるよ!しかしこの幅ってどういう基準なんだ?」

「本当はもっと狭くてもいいんですけどね。でもこのぐらい広いと、将来に役立つかもしれません」

 質問したドワーフはハテナマークを浮かべていたが、輸送力の増大が見込まれるのであれば最初からレール幅は広い方がいい。


 ちなみにレール幅は軌間と呼ばれ、日本ではJRの在来線や多くの私鉄で用いられる1067mm狭軌が一般的だ。やけに中度半端な数字なのは、技術を輸入したイギリスで当時用いられていたヤード・ポンド法によるもので、1067mmでは3フィート6インチとなる。


 他には新幹線や京急線、南大阪線系統を除いた近鉄線、阪急線などの私鉄で用いられる1435mm標準軌。京王線、都電、函館市電などで用いられる1372mm馬車軌。黒部峡谷鉄道や四日市あすなろう鉄道、三岐鉄道北勢線で用いられる762mm特殊狭軌に、立山砂防工事専用軌道で用いられる610mm特殊狭軌というものもある。


 日本標準の1067mmというのは海外基準では狭い軌間とされ、これは当時のイギリスが植民地に敷いた鉄道に使ったものと同じだ。なのでたびたび日本では改軌論が持ち上がり横浜線で実験も行われたりしたが、結局頓挫して今に至る。

 それを知っているからこそ、最初から広い軌間で作ろうという訳だ。


 レールの上に蒸気機関車を乗せるというのは本来はクレーンでも使わなければならない作業なのだが、ドワーフ達は台車の下に支え木を差し込むや皆で持ち上げレールの上に乗せた。毎度のことながら皆の怪力には驚かされる。


 蒸気機関車は蒸気機関の力で動く動輪が2軸。動輪の前に設置されスムーズな走行に有利な先輪が1軸と、動輪の後ろに設置され機関室などの重量を支える従輪が2軸の構成だ。更にその後ろに石炭と水を積み込む炭水車が連結されている。


「あとはどうするんだ。普通の蒸気機関みたいに動かせばいいのか?」

「そうです。ボイラーで火を焚き釜の圧力を高める、それは変わりません」

 ならばとばかりにドワーフ達は、テキパキと釜に火を入れ石炭をくべる。少しすれば独特の蒸気機関車の香りとでも言える臭いが漂ってきた。


 結局のところ蒸気機関車とは、石炭をくべて水を沸騰させ、お湯から発生する蒸気でピストンを動かすものだ。前世の様々な発電所が結局のところはタービンを回す事に終結するように、この世界でも基本原理は変わらない。


 ややすると投炭して圧力を維持する機関助士をよそに、機関士席に座るアグロが運転操作に入った。

 バイパス弁を閉じ、逆転機を目いっぱい前進側に回す。機関車のみに作動する単弁と呼ばれるブレーキを解除し、シューという圧縮空気の抜ける音がして車輪から制輪子が離れる。

 汽笛一声。驚くグリフィアや狼兄妹をよそに、加減弁を手前に少し引いた。


 高圧の蒸気はボイラーから動輪の前方にあるシリンダーへと送られピストンを動かし、その動きがロッドを伝わって動輪を動かす。

「おぉ…」

 周囲から溜息のような感嘆の声が漏れた。この世界初の蒸気機関車が動き出したのだ。


 *


 それから少しして、徐々にドワーフの村から陸路と海路でリフテラートの郊外に鉄道建設に必要な資材が集まりだした。

 リフテラートの駅は正門の外側に作り、そこから資材運搬用の引き込み線を港まで伸ばす。とは言え仮設ではなく、将来的に貨物線や旅客線として使えるようにしっかりとした作り方で建設する。


 愛知県にJR武豊線という路線があるが、これは鉄道を建設する際に武豊という町にある港を資材搬入港に指定し、そこから建設資材を搬入する為に建設された路線だ。

 割と最近まではディーゼルカーが走る路線だったが、沿線の宅地化が進んで電化し、今では立派な名古屋近郊の通勤路線となっている。この港への引き込み線も、将来はそうなってくれるだろうか。


 鉄道建設は膨大な雇用を生み、膨大な金が流れる。土地の買収、路盤の整備、線路の敷設、付帯設備の設置、駅の建設等々だ。

 ラエルスは国からの莫大な報奨金の他に、冒険者中に稼いでいた莫大な資産があった。そもそも領主は現金収入があっても無くても生活には困らず、多額の資産を持っていても特に使う当てもない。


 なのでその莫大な資金で建設詰所を建てて建設作業員を雇い、そこに予め国中に出しておいた求人に応じてはるばるリフテラートまでやってきた人たちをそこに住まわせた。

 建設資材はリフテラートの漁港へと運ばれ、そこからまず港への引き込み線の建設へと使われる。街の外れに、この世界で初めての鉄道建設が始まった。


「いよいよってところ?」

「そうだなぁ。まずはリフテラート駅の建設、そこから炭鉱方面へと伸ばしていく感じだな」

「それにしても、リフテラート駅って言うの?やたら大きくない?」


 グリフィアが建設予定地として柵に囲われた駅予定地を見て呟く。確かに何もない状態だと物凄く広大な土地だ。


「そりゃな。そのうちマグラス側からも建設するとは言え、当面はこの駅がこの鉄道のメインターミナルだ。旅客駅の他に貨物駅、機関車を留め置く機関区、客車や貨車を留め置く貨客車区。その他にも機関車に石炭や水を補給する給水塔に給炭台、車両の点検整備を行う検修庫とか車両工場とかまぁいろいろだ」

「ふーん…なんか色々と必要なのねぇ」

「ま、乗合馬車に比べればな」


 建設が始まってしまえばラエルスには手出しは出来ない。門外漢の事に口を出してもしょうがないし、そもそも事前にかなり綿密に建設作業責任者と打ち合わせをしたのだ、その通りに作ってもらわなければ困る。


 港自体が街外れにあるので、港駅を出ればすぐに時折木や草むらのある程度の更地だ。どのみちラエルス領となるので用地買収に苦労する事も無く、土地の造成が終わり次第直ちにレールが敷かれバラスト砂利が撒かれ突き固められる。


 乗合馬車の方はと言えばかなり堅調に売り上げを上げており、初期投資を回収するにはまだまだ時間がかかるにしても当初の売り上げ予想を大幅に上回るペースで利用客が増えていた。


 乗合馬車の話は既に国中に広まっているらしく、元々の街の知名度と相まって徐々にだが様々な所から来る観光客が増えていた。もちろん不況の中で来れるような人なので普段から馬車に乗っているような金持ちが多いのだが、それでも皆が一様に"誰でも乗れる馬車"というものに驚き賛否両論様々な声を上げる。


 しかしお客様はお客様だ。街に来て宿に泊まり、三食を食べる。遠路はるばる来たからにはあちこち見てみたいし土産を買ったりなんかもする。

 馬車に乗る案内人もその辺を心得ていて、言葉巧みにリフテラートの名物だったり名産だったりを宣伝する。


 そうして街全体での消費活動が増え、お店や宿はどこも不況など忘れたかのように繁盛する。どこも収入の一部を税金として土地の領主に納めるのが決まりだが、当然収入が上がれば納める税金の額も上がる。つまりラエルス達の使えるお金が増えるという事だが、店にとってはそれ以上稼いでいるので問題は無い。


 とは言えラエルス達も贅を尽くした暮らしがしたいわけでもないので、生活費や代官への給料などの必要経費を除いて全額を鉄道建設に充てていた。


 そうして引き込み線の建設開始からおよそ2ヶ月、ついに港からリフテラート駅まで線路が繋がった。ラエルス達がリフテラートに来てから2回目の夏の事だ。


「とうとう本格的に鉄道が動き出すのか…なんかこう、感慨深いな」

「ここに来てずいぶん経ったけど、最初にラエルスが言ってた事がようやく実現するのね」

「まだまだスタート地点だけどな。でも本当に、ようやくだ」


 マグラスから運ばれてきた資材を港で船から鉄道に積み替え、リフテラート駅まで輸送する。広大な構内はまだ本格的な建設には着手せず、当面は資材基地として使う予定だ。


 港から駅までの短い間ながら、人海戦術に頼っていた資材搬送が機械化される意義は大きい。

 華々しい開業式は無かったが、街外れをもくもくと煙を上げて走る蒸気機関車はたちまち街中の話題となった。


「馬で競争してる人がいるって?」

「なんだって。走って追いつけないから、馬でならってな感じでやってる人がいるんだってさ」

 グリフィアが聞いてくる街のそんな話題に、イギリスでそんな話があったなとラエルスは苦笑する。汽車と馬が競争するのはどこの世界でも変わらないらしい。


 運行を開始したとはいえ、大体昼過ぎに到着する物資運搬船から荷物を積み替え、それをリフテラート駅まで運ぶ午後の1往復のみの運行だ。それでも街の内外から見物客が押し寄せ、午後になると線路沿いに毎日ギャラリーが出来たほどだ。


 そして徐々に、鉄道建設に携わることは誇りであるという風潮が生まれてきた。この新しい交通機関はきっと将来にわたって活躍するものであり、それを作ったという事は将来にわたって自慢できると考える人が増えてきたのだ。


 まだまだ不況で失業者が溢れる最中、ある者はドワーフ達を手伝ってレール作りに、ある者は路盤工事や線路工事に。日を追うごとに建設作業員は増えていき、人件費も増える一歩だったがその分鉄道建設も予定より早く進んでいった。


 それだけの話題性があり国を悩ませていた失業者問題をだいぶ改善させている鉄道建設は、当然のことながら王都オルカルでも話題となる。平民から貴族階級へ、貴族階級から王族へ。


 線路がリフテラート駅から石炭鉱山の方に向かって2割ほど伸びた頃、王家の封蝋がされた手紙がラエルス達のもとに届いた。

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