第21話 工事は効率良く

「やっぱりムルゼが邪魔したんじゃない?あのオヤジ、いつかぶん殴ってやる」

「かもわからんな、俺が目立つのが嫌みたいな感じだったし」


 王宮からの手紙を読んでグリフィアは珍しく怒っていたが、ラエルス自身は想定内の話だったので落ち着いていた。最初から鉄道の重要性が理解されるとは思っていないし、今のままの安定した収入があれば時間はかかるが、少なくとも生きているうちにはオルカルまで開業させることができるからだ。


「ま、裏を返せば開業してからがお楽しみさ。俺の事が気に食わないムルゼ派も二の足踏んだ国王にも、鉄道の威力を見せつける事ができるってわけだ」

「て言うけどさ、まずは鉱山まで作るにしてもどれぐらいかかるの?結構距離あるし、リフテラートまで船で運んで来れてもそこから馬車に積み替えてるんじゃ大変じゃない?」


 グリフィアの質問に、なるほど予備知識が無いとそういう発想になるのかと1人得心する。だがもちろん、そのような非効率的な事はしない。


「いやいや、そんな面倒な事はしないよ。そうだな、明日現場に行ってみるか。明日は街の出資者を集めて進捗の説明をする日だし、もう全体の半分ぐらいの線路は出来てるって報告が上がってるし」

「そんなに?えーと建設開始が9月だったから…4ヶ月でそこまで!?」

「線路敷いただけじゃ列車は走らないけどね。ま、明日をお楽しみにだ」


 *


「列車に乗れるかと期待したが、まだまだなのだな」

「結局馬車かぁ。なかなか、鉄道ってのは時間がかかるんだねぇ」

「すみません。こちらはまだ未完成ですし、保安上よろしく無いので。港に行く方の路線は近々リフテラートの人向けに乗車会をやるつもりなので、それで勘弁してください」


 いよいよ列車に乗れると期待していたという出資者の皆を宥めつつ、乗合馬車の予備車に揺られて建設現場を目指す。

 全長2キロほどの港線と違い、鉱山線は全長12キロほどだ。1時間弱ほどかけて街から現場に向かうと、出迎えた現場責任者からちょうどそろそろ工事列車が来るという話がされた。


 工事の進み具合の説明を聞きながら到着を待つと、やがてポーという甲高い汽笛の音が聞こえてきた。


「お、来たか。いや、あれは…?」

「機関車が一番後ろなのかい?何度か港に行く列車を見た時は、機関車が一番前だったと思ったが」


 姿を現したのは雑多な貨車を連結した貨物列車だ。

 先頭には後ろには車輪に板を乗せただけのような平たい貨車だ。上にはレールと吊り下げる為の人力で動く簡易クレーンが載っており、その上では緑と赤の旗を持った人が列車を誘導している。

 次に枕木を大量に積んだ無蓋車むがいしゃ。更に後ろにはまた無蓋車、だが枕木を積んでいるものと違って横の壁が厚い。


「あの車両には何が載っているのですか」

「これはバラストと呼ばれる、線路に敷く砂利です」

「砂利、ですか…確かに敷いてありましたが、何か意味があるのですか」

「はい。線路に砂利を敷き突き固めることで、重い列車が通っても線路を安定させることができるのです。その為に敷いています」


 いわゆる道床というもので、これはバラスト軌道と呼ばれる。列車から伝わる重量や振動をバラストで分散し、線路が歪んだり軌間レール幅が狂うのを防ぐ。

 他にもスラブ軌道、ラダー軌道というのもあるが、いずれもまだ鉄道黎明期に使うようなものではない。


 バラストを積んだ貨車の後ろには作業員が乗った客車が連結されており、列車が到着すると同時に手に手にツルハシやらなにやらを持ってゾロゾロと降りてきた。


 皆が見守る中で線路の延伸作業が始まる。まずは枕木をどんどんの貨車から下ろしていき、途切れている線路の先にどんどんと並べていく。他の人が間隔を均等に並べ直し、ある程度並べるとまだ砂利バラストの敷かれていない線路の上に列車がゆっくりと入っていった。


 終点間際で上手く列車を停止させると、今度は先頭の貨車に積んであるレールがクレーンに括られて、貨車の端に付けられたコロを伝ってするすると地面に下ろされていく。

 下ろされた線路の下に何人かが棒を突っ込み、テコの原理を応用して少しずつ目的の場所まで移動させていく。


 測りを用いて線路幅を1.4メートル丁度に合わせると、線路と枕木を犬釘で固定させる。それが終わってもう一度線路幅を調整すると、完成したばかりの線路に最徐行で列車が入っていく。


 するとおもむろにバラストを積んだ貨車の横の壁が開き、ザザーッという音と共に大量の砂利が線路と枕木のみだった軌道の上に降り注いだ。それと同時に沢山の人が取り付いてツルハシをザクザクと砂利に振り下ろしていく。


「あれは何をやってるのですか?」

「これは突き固めという作業です。砂利を隙間なく線路と枕木の隙間に埋めて、より振動に強い強固な線路にするための作業です」

 ほう、という声がギャラリーから漏れる。確かにやる事成す事全てがこの世界では初めての事だ、物珍しいのもわかる気はする。


「あの、ラエルス様。一つ質問なのですが」

 手を挙げたのは代官のロイゼンだ。

「なんでしょうか」

「私は故郷がある川沿いの村だったのですが、川沿いの石は流れて転がるうちに丸くなります。それは転がっていくうちに削れていくからだと村の大人に教わりましたが、このバラストというものはそういう事は無いのでしょうか?」

 なかなか鋭い質問である。説明はしなくてもいいかなと思ったが、知っている事を説明したくなるのはオタクのサガである。


「勿論あります。なので定期的に突き固めたりバラストを補充する必要があります」

「成る程。するとその為に人員が必要なわけで、それも雇用になるのですな」

「その通りです。前にも話した通り、とにかく鉄道は大量の人出が必要になる事業です。追々詳しい事は説明しますが、この線路の保守点検を担うのが保線と呼ばれる仕事です。その他にも列車を運転したり、あるいは車掌がいたり。各駅には当然駅の従業員となる駅員がおり、運賃収受や切符の発券を行います。リフテラート駅を見た人ならなんとなくわかるとは思いますが、線路の分岐する分岐器を動かす人や信号機を動かす人も要りますし、車両の点検整備をする人も要ります。とにかく、必要な人では大勢なのです」


 再び皆からほうという声が漏れる。最初のうちの鉄道のメインターミナルは当然リフテラートになるので、今ラエルスが言っただけの人たちがこの街に移り住む事になるのだ。治安の悪化も懸念されるとはいえ、やはり街に一番必要なのは人である。鉄道従業員相手の商売も生まれる事だろう。


 つまりそれは街の活性化に繋がり、飲食店や雑貨店などを営む人にとっては顧客が増える事を意味する。

 あそこは稼げる土壌だという事が知れれば、利に聡い商人達なんかはリフテラートに手を広げる事もあるかもしれない。そうなれば街の魅力も上がり、住む人にとっても良い事だ。

 実際にここまで上手くいくかは分からないが、こうなって欲しいのが願望でもある。


「しかし、この鉱山に向かう線路はいつ出来るんだい?それに完成したとしても、今更石炭なんか掘ってもしょうがないだろう」

 1人からそんな声が飛ぶ。確かに魔法が幅を利かせるこの世界で、石炭というのはただの燃える石ぐらいにしか思われてないだろう。石炭を掘る意味が問われるのも当然のことだ。


「線路自体は6月ぐらいには完成する予定です。そろそろ運行に携わる人達への教習も始めて、完成した区間から試運転を始める予定でもあります。

 石炭を掘る事の意義ですが、例えば私も含めて皆さんも、大なり小なり魔法は使えるでしょう?」


 ラエルスの言葉に皆が頷く。炊事をするのに火を、手や顔を洗うのに水を。というぐらいなら日常の中で皆が使う程度の魔法だ。


「では例えば、この鉄道がやれるように一度に大量の荷物を運びたい時や、豊漁だから沢山の船を出したいという時。この場合はどうしますか」

「まぁ…荷物を運ぶのなら馬車を沢山用立てればいいが、船となるとなぁ。いい風が吹いてくれればいいが、そうでなければ風魔法で帆を押しながらってなるだろうし。でも船を押せるだけの強い魔法を使える人は限られるしな」

 返事に満足してラエルスは頷く。


「その通りです。いずれにしても従来ではこうした突発的な需要の増加には、単純に物量を増やす事でしか対応する事は出来ませんでした。

 しかしこの石炭を用いる蒸気機関、これはやり方さえ覚えれば誰でも、極端な話では魔法が一切使えなくても動かせるものになります」

 聴衆からほう、という声が上がった。


「鉄道は蒸気機関で動きますが、船も動きます。何隻かいるようですが、予備扱いだと聞きました。鉄道で蒸気機関の有用性が認められれば、こうした船にも注目が集まると考えています。

 いずれにしてもまずは鉄道で使う分のみの採掘になりますが、将来的には伸びると確信しております」


 演説にも似たラエルスの言葉が終わると、拍手が起こった。少々希望的観測も混ざっていたが、それでも皆が納得してくれたのはひとえに人望である。

 それが分かっているからこそ、失敗できないなと固く心に誓った。

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