鉄道開業に向けて

第16話 ドワーフとの会談

 アムダス王国の中でドワーフが住む山は、アッタスワル盆地を取り囲む山に点在している。その中でも最大規模の村は、バサル峠沿いにある鉄鉱石鉱山のあたりだ。

 ラエルスはここのドワーフ達とは冒険当初の頃に知り合っており、何度も自らの武器の手入れを頼んでいた。なので声を掛けようと考えたのだ。


 そんな訳でラエルス達4人は、馬車に揺られて王国南街道をオルカルに向けて走っている。リフテラートに来てからはずっと街の近辺しか行っていなかったので、1年ぶりの道のりだ。


 事前に手紙を出して先方には伝えてあるので、オルカルで落ち合う事になっている。本当は双方の中間点のマグラス辺りで会うのがいいのだが、ドワーフ達も食うに困っているらしく働ける男はオルカルで日雇いの職で糊口を凌いでいるのだという。


 ラエルスはまとまった人数のドワーフ達を集めて欲しいと手紙に書いたので、ならば村よりオルカルの方がいいとなったわけだ。

 しかしそれは、裏を返せば相当ドワーフの状況が逼迫しているという事にもなる。ドワーフは鉄を造り鍛える事こそ至上の愉悦とする種族、なのに鉄を鍛えるどころか恐らく肉体労働に身を投じるドワーフ達が可哀想でならなかった。


 ゆっくりとしたペースで向かった事と悪天候の為にマグラスで時間を取られたので、オルカルに着いたのは出発から8日目の事だった。

「ずいぶん久しぶりだな、1年ぶりか」

「そうね。ジークとルファは初めて?」

「はい!」


 狼兄妹は目をキラキラさせて、もの珍しいそうに辺りを見回す。何せリフテラートとは街の雰囲気が全く違うのだ。家々は綺麗な青と白という訳ではなく、無機質な漆喰や木の色だ。だが建物の密度と全体的な高さではオルカルの方が遥かに密集している。


 道は大きく、リフテラートのように入り組んではいない。そしてその大きな道が狭く見える程、沢山の人や馬車が行き交っている。

 今歩いているのはオルカル随一の繁華街だが、道の両脇には様々な店が立ち並び、道を走る物売りと合わせて威勢の掛け声が止むことは無い。


「す、すごい賑わいですね…」

 ジークはすっかり気が引けてしまい、ルファもグリフィアに隠れるようにして歩いている。確かにここに比べればリフテラートなど田舎だろうが、しかしこれでも魔王軍との戦いの前はもっと賑わっていたのだという。


 4人はドワーフと会う食堂に入り、ラエルスの名前を伝えて2階の大部屋へと入る。最初は普通に1階で食べながら話そうという事になっていたが、それでは落ち着いて話せないだろうという事でラエルスが大部屋を確保しておいたのだ。もちろん金はラエルス持ちだ。


 大部屋の戸を開けると、先に到着していたドワーフ達が既に思い思いに食事をしていた。

「おうラエルス!久しぶりだなぁ!」

 中でも一番大柄のドワーフが、ラエルスの姿を見るや片手に肉を持ちながら声を飛ばす。

「アグロさんも久しぶりです、皆も元気でしたか」

「おう!」

「この通りちと痩せたがなぁ!」

 ガハハと豪快に笑うドワーフ達を見て、変わってないと安心したラエルスは自分達ように空けられていた椅子に座る。


「グリフィア達も好きに頼んでいいよ、食べ放題にしてもらってるから」

「いいんですか!?」

 ルファが目をキラキラさせて早速何にしようとメニューを見る。こういう時は年相応だなと苦笑し、自らも適当に食事を頼んだ。


「で、飯食いに来たってわけじゃないんだろう?」

 アグロは食事をひと段落させると、目つきを変えてラエルスを見る。自分の仕事に責任と誇りを持つ、信頼に足る職人の目だ。

「はい。実は…」


 そう切り出してラエルスは自らがリフテラートに作った乗合馬車の事から、今後建設する鉄道の事。そのレールや車両、蒸気機関など重要な部分を作るのにドワーフ達の力を借りたい事を全て打ちあけた。


 いつの間にか他のドワーフもラエルスの話を聞き、話し終わるや否やあれやこれやと意見を飛ばし始めた。だが誰も作れないといったような事は言わず、どこが問題だとかこれはなんだとかそういう話ばかりだ。突拍子も無い話であるにも関わらず、こうして前向きに考えてくれることは有り難かった。


「リフテラートの乗合馬車の噂は耳にしてたが、あれはラエルスだったか。ウチに来て剣を鍛えていた時から突飛な事をよう言ってたが、この"テツドウ"といい変わらんな」

「今は鉄道建設が信念ですので。それで、やっていただけますか」


 ラエルスが聞くと、アグロはうーむと腕を組み考え込む。

「いくつか条件がある」

「なんでしょうか」

「俺達の窮状は知っているな?この通り今じゃ剣を鍛える者もおらず、その他の鉄製武器も全く不要と来た。つくづく俺達が戦争によって生かされていたんだなと実感するよ。おかげで今じゃ毎日鉄の加工どころか、皆で肉体労働だ。この仕事をやる事は吝かじゃないが、せめて村で働かせてほしい。聞いたところかなり大きな製鉄所と加工場が必要そうだが、そこは俺達で何とかする。だから村で働かせてくれ」


 アグロの言葉に一も二も無く頷いた。本当はリフテラートの近くに移住してもらう方が楽なのだが、郷里を離れて仕事をしろと言うのは酷でしかない。当初の輸送は馬車で行い、将来的に村の近くにできるであろう製鉄所から本線に至る引き込み線を作ればいいだけだ。


「次に、話を聞くにかなりの精度を求めているようだが間違いないか?」

「はい。規格も揃えていただかないと、安全な運行に支障が出ます」

「ならば、作るのに時間がかかるのは了承してもらいたい。ドワーフにはドワーフの誇りがある、粗悪品を渡すわけにはいかない」


 これもドワーフが信頼できる要因の一つだ。悪徳商人の様に偽ったりせず、自分の作り上げた物に責任を持つ。その為には依頼者が誰であれ必ずこの条件を呑ませ、執拗に納期を迫るような相手は一蹴する。

 ラエルス自身も自らの剣を鍛え直してもらった時など、街の鍛冶では二日で終わると言われたものをドワーフに十日も預ける事があった。時間はかかっても、精度は高い方がいいのだ。


「わかりました。それで報酬ですが…」

「そんなものは要らん、と言いたいところだがな。俺らも厳しい、ウチでこの仕事に従事させられるのは30人程だ。1日あたりこれぐらいでどうだ」

 そう言ってアグロに提示された金額は、予想よりはるかに少ない数字だった。


「いいんですかアグロさん、これじゃかなり厳しいと思うのですが…」

「村で暮らせて鉄を作れるのなら文句は無い。何よりラエルスからの頼みだ、無下には出来んだろ」

「…ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


 二人は握手し、依頼は正式に交わされた。ラエルスがドワーフに依頼したのは、大量のレールと枕木に固定する為の犬釘、車両の梁の部分。そして客車や貨車の車輪と蒸気機関車だ。

 レールが一番単純でありながらもっとも消費量が多い。当面の間は日本の鉄道の黎明期に見られたような、片方が使えなくなっても裏返して使える双頭式レールとした。


 車両については事前にリフテラートの木工大工と相談して構造を決めていたので、梁と車輪をドワーフに作ってもらいそれをリフテラートまで持って来てもらってこちらで組み立てる事とした。効率は悪いが致し方ない。


 最後の蒸気機関車については、おおまかなイラストで完成予想図を伝え後はドワーフ達の技術頼りとなる。船用の蒸気機関なら作った事があるというが、船と違い物理的な制約が大きい。一番の難関ではあると思うが、きっと作ってくれると信じている。


 *


 ドワーフ達との話し合いを終えて帰り道の途中、一行は軍港マグラスの街に立ち寄っていた。

「マグラスに何か用事があるのですか…?」

 馬を操るジークが不思議そうに、それでいて僅かに不安が綯い交ぜになったような声で尋ねる。

「あぁ、船を一隻借りようと思ってな」

「船…ですか?」

「最初の内はかなり大量の物資をリフテラートに運んでこなきゃならないからな、延々と陸路で運ぶのは大変だしここで船に乗せ換えてリフテラートまで運ぼうってわけだ」


 ラエルスの言葉にジークは頷いたが、ルファ共々何となく浮かない顔だ。

「ルファ、どうしたの?」

「いえ、何でも無いです。ただ、ただこの街にはあんまりいい思い出が無くて…」

 二人は生まれも育ちもリフテラートだと聞いていた気がするが、ラエルスもグリフィアもあえて口には出さなかった。誰にでも隠しておきたい事情の一つや二つぐらいある物だ。


 行きはマグラスの外側にある、街に用事の無い旅行人や商人が使うような宿に泊まったので気にならなかったが、船を借りるので街中に入っているので、何があったのかは分からないが二人はこうも憔悴しているのだろう。


 マグラスは軍港という事もあって、街中に兵士が歩く姿をよく見かける。そして軍の拠点が置かれているので軍港と呼ばれているが、王国の一大貿易港でもある為に商人の姿も多い。街行く人も皆が少し急ぎ足で、オルカルとはまた違った雰囲気の活気に満ちていた。


 船を借りると言ってもラエルスが航海するわけでも無いので、必要に応じて動いてくれる商船と契約するだけだ。

 運ぶものが危険物でない限り、こうした契約に特に手のかかる事は無い。商船の詰所に行って必要事項を書いた上で前金を払い、後はドワーフ達の仕上がりを見て船を運行するよう頼むだけである。


 2時間ほどで契約を済ませ、その日は行きと同じくマグラス郊外の宿に泊まる事とした。

 その道中、少しずつ日が落ちてきた目抜き通りを馬車で進んでいると、すれ違った怪しげな男が御者席に座るジークに突然声を掛けてきた。


「…おい」

 無視してジークは馬車を進める。ただならぬ雰囲気を感じ取って、ラエルスとグリフィアは各々の武器を取った。


「おい!お前、ジークだろ!」

 男の声にルファがビクッと体を震わせた。

「…人違いじゃありませんか?」

 そう返事するジークの声は震えている。


「人違いな訳があるか、この奴隷め!そのご立派な馬車の中にルファもいるのか?テメェらのいるべき所はこんな場所じゃねぇだろ!」

 男は無遠慮に馬車に近付くと、躊躇いも無く幌を開けた。


「ウチの使用人に何か御用ですか?」

 男は思わず一歩引き下がった。喉元には剣の切っ先が突き付けられているより先に、構える男の目に宿る殺気にたじろいだからだ。

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