第15話 一つの終点
年が変わって3月、計画していた3つの路線が華々しく開業の日を迎えた。
新たに開設された路線はそれぞれマルダイ線、トルス線、ティルノ線と名付けられ、既存の通勤線はウリム線と改名された。
マルダイ線は朝ラッシュは30分間隔で以降は1時間間隔、トルス線は終日1時間間隔だが共同農場へ向かう人の為に朝早くから共同農場行きが設定されている事と、日中は中心街まで直通せずカザン・クミ教会で折り返す事が特徴だ。どちらも16時の公設市場閉場に合わせた便も設定してある。
ティルノ線はその長さから色々と特色が多い。長距離かつ往来の少なさから運行本数は1日5往復、しかし公設市場の開場に間に合わせるためにティルノ村の始発は4時20分発という早さだ。と言っても京阪バスの早バスや大都市郊外の路線バスの始発は4時台は普通だし、関西国際空港内を走っている南海バスなんかは24時間運行だったりするのだが。
運賃もこれまでの
ティルノ村には駐在所を設け、毎日2台の馬車が夜間滞泊を行う。御者は今のところ全員がリフテラートの者なので泊まり勤務という事になるが、そのうちティルノ村出身の御者が誕生すれば現地出退勤もアリだろう。
日本でも田舎の路線バスなどは終点のバス1台しか入らないような車庫や、あるいは道端にバスを置いて乗務員は自家用車で出退勤するなんて場所はあるのだ。
そして先日賊に襲われた事から、急遽ティルノ線には護衛を乗せる事となった。恐らく先日撃退した賊の噂はもう仲間内には広がっているだろうしそうそう滅多な事は無いとは思うが、用心するに越した事は無い。元より鉄道が出来た暁には列車に護衛を乗せるつもりだったので、それが前倒しになっただけだ。
「いや、増えたなぁ」
「ここまで並ぶと壮観ね」
開業日の朝、車庫に並んだ新しい馬車を見て2人してしみじみと呟く。リフテラートに来てもう少しで1年になるが、半ば思い付きで始めた乗合馬車事業もここまで広がった。それもこれもグリフィアやジークとルファ、それに様々な人の手助けがあってこそだ。前世でも街開発ゲームは色々とやりこんだが、やはり実際のスケールでやるとその感慨もひとしおである。
いや、ゲームと現実を一緒に考えるのはナンセンスではあるのだが。
開業式の日だけは始発は運休となり、開業式を行ってから各々の場所へ出庫して運転開始という事にした。なので今はその開業式の準備中だ。
その様子を見ていると急に後ろからガシッと肩を組まれた。
「いやぁラエルス!増えたねぇ馬車も。最近になってようやく観光客が戻り始めたけど、みんな口々に乗合馬車の事を評判にしてるよ!」
朝っぱらからミノさんはいつにも増して上機嫌だ。なんでも実家が新路線の沿線にあるようで、路線計画の時点から早く出来ないかと再三言ってきた一人でもある。
「いえ、正直また皆さんから資金援助を頂けるとは思っていなかったので、もう街の皆さんには頭が上がりませんよ」
「なーに言ってんだ!それだけ乗合馬車の期待度が高いって事さ。ウチの宿も最近は稼働率が回復してきてるし、他の宿も少しずつ戻って来てるそうだ。乗合馬車がそれに寄与してないとは思えない」
ミノが珍しくハッキリとした口調で言いきる。現に観光協会のカルマンからも、最近になって景気はようやく立て直してきたが、その中でもリフテラートの回復率は余所の街と比べて高いらしい。
その原因の大きな所は乗合馬車が出来て評判を生み、他の街から遠路はるばる足を運ぶ観光客が増えた事…も一因だが、なにより出退勤の足が出来た事で郊外の住人が長く中心街に滞在できるようになり、これまでより容易に街に出れるようになった事だ。
朝が従来より遅く家を出れるようになり労働者は、帰りも馬車に乗ればいいという安心感から街で一杯ひっかけてという人が増えたのだと言う。それら酒屋単位では微々たるものだが、郊外の住人が街に出て食事や買い物をしたりする回数も増え、あとは塵が積もればなんとやらだ。
収入の上がった店は当然給料にもそれが反映され、手取りの金が増えた従業員はそれを遊ぶ金へと変える。その連鎖がうまく行ったようで、確かにラエルス達が最初に見た時よりもリフテラートは賑わいを取り戻していた。
転生する前はやたらとデフレスパイラルなんて言葉を聞いたが、これはなんて言うのだろうか。
「おうラエルス!グリフィア!いやー、あんたらの馬車のお陰でウチも人が戻って来たよ!」
「ルーゲラさん!そう言えば大衆食堂も新しいメニューが増えてましたね」
「いやぁ増えたというより、あれは元々あったヤツさ。なかなか魔王戦線が激化して素材が仕入れられなくてな、それが最近になってやっと仕入れられるようになったってワケさ」
ルーゲラはカッカと笑うが、つまりそれはこれまでの日常が戻りつつあるという事だ。一地方都市に馬車が出来ただけでこれだけ経済に影響が出るのであれば、鉄道を作り各都市を結び、大量の荷物や人を早く安く運べるようになったらどうなるのであろうか。
開業式は再び華々しく執り行われ、皆の祝福の中で新路線に入る馬車が出発していく。設けられた質疑応答の時間で、オルカルから馬車を見に来たと言う商人が聞いた。
「今後の計画はどうなっていますか」
「はい。そろそろこの乗合馬車は一区切りつけようかなと」
ラエルスの返答に会場がざわついた。まだ誰にも言っていなかったので、グリフィアや狼兄妹も困惑の表情を浮かべている。
「すると、次の構想があるのですか?」
「はい。この乗合馬車は確かに画期的なものでしょうが、しかしあくまで一都市の中の移動手段にすぎません。今後は、また何年かかるか分かりませんが、この王国中を結ぶ大量輸送機関を作ろうかなと思っています」
「大量輸送機関ですか…それはどういったものなのでしょうか」
質問に答えるうちに再びざわめきが広がっていく。動力はこの世界では補助的にしか用いられない石炭、それでいて一度に運べる人数は数百人単位、荷物もその分運べるのだ。
リフテラートの乗合馬車でさえ、一度に10人以上の人を乗せて決まった時間で決められたルートを運行するという事は、国中に大きな衝撃をもって受け入れられた。他の都市でもリフテラートに追随して乗合馬車を作ろうという機運がある馬車も多いという。
「しかし、それだと大量の鉄鉱石とそれを加工する技術が必要なのではないですか?」
「もちろんです。なのでそこはドワーフを大量に雇い入れ、解決しようと考えております」
何度目かわからないどよめきが会場を覆う。不況からなかなかすぐに戻ってこれない人達の中に、鉄の加工が得意なドワーフがいる。魔王討伐により剣や銃、大砲の需要が激減し、鉄の加工の必要性が著しく落ちているからだ。
討伐から1年経った今でも国としていかに救済するかに追われており、その矢先にラエルスのこの発言だ。
リフテラートで経済復興を見せたこの救世主が、アムダス王国全体でどのような出来事を起こしてくれるのか。その発言が国中に広まるにつれ、期待度はますます高まっていった。
*
開業式を終えて、ラエルス達はルーゲラの大衆食堂に集まっていた。鉄道に関してまだ決まっていない事も多かったので質問に関してあまり詳しい事は答えなかったが、乗合馬車への出資者であるリフテラートの有志の人には説明しておこうと思ったからだ。
「さて、まずは鉄道の説明からしたいと思います」
そう言って皆の前で、開業式の時よりももっと具体的な構想を打ち明ける。
1列車あたりの定員は約230人と想定していたが、これを371人とする。
客車も当初よりゆとりを持たせて、45人乗りの普通車を7両と28人乗りの特別車を2両の計算だ。
オルカルまではまずは24時間以内を目標とし、リフテラートを夜に出て翌日の昼にはオルカルに着けるようにする。
馬車で1日10時間走っても5日かかるオルカルを距離に直せば、およそ600キロと言うところだろう。
東海道線で600キロと言えば東京から神戸を少し過ぎた辺りだ。新橋から神戸間で全通した頃、走り通す列車はおよそ20時間をかけて走ったので、この世界の蒸気機関の精度も加味してまずは24時間が目標だ。
路線はリフテラートを起点としてまずは2路線だ。
王国南街道沿いに沿岸を進み、軍港都市マグラスからは北上してマグラス川沿いを辿り、スワル山地を貫くバサル峠を通ってオルカルの位置するアッタスワル盆地へと至る路線。
そしてリフテラートから領内にある、休鉱となっているマルティーズ鉱山と呼ばれる山への路線だ。これは最初の内は自分の所で消費する石炭の為の路線だが、そのうち蒸気機関の有用性が認められて国内消費が上がれば炭鉱路線として発展させることも視野に入れている。
日本でも最初の鉄道と2番目の鉄道こそ新橋~横浜と大阪~神戸という都市間輸送だったが、3番目は岩手県釜石の鉱山から鉄鉱石を釜石製鉄所へと運んだ釜石鉱山鉄道。そして4番目は北海道の幌内炭鉱から小樽へと石炭を運んだ官営幌内鉄道だ。
しかもレールの上を車輪を付けた車両が走る事を鉄道の定義とするならば、新橋~横浜の開業よりさらに3年前に北海道で茅沼炭鉱軌道と呼ばれるトロッコが開通している。これも石炭の輸送がメインで、日本でも最初は鉱山からの輸送に鉄道が用いられるのは普通だったのだ。
まずは石炭を確保しなければならないので、鉱山線の方から建設に着手する。その後オルカルへ向かう幹線を作り、沿線の人や物の往来を活発にしリフテラートをはじめとした各都市の発展を促そうと言うものだ。
「オルカルまで1日で行けるって物凄いな」
マルダイ線の沿線にあるヴァルフ商会の代表が声を上げた。これまで最低5日はかかるオルカルまでの道のりが、今日出たら明日着くようになるというのは確かに画期的だ。
「それで、その鉄道とやらはいつ出来るのかね」
「そうですねぇ…本来このような事業は国家事業となるべきもので、何も支援が得られないとなると30年は見ておかなければならないかもしれません」
皆にどよめきと困惑が広がったが、日本とて新橋から神戸まで全通した時には17年の歳月がかかっている。それも東京、大阪の他に関ケ原付近や武豊~木曽川間などを複数の場所で建設を進めて、しかも国家プロジェクトとなっていたのにこれだけの時間がかかっているのだ。
「その、もう少し工期を短縮する事は出来ないものですか」
「手っ取り早いのは、まずは鉱山線を完成させて有用性を国に認めてもらう事です。そして支援を取り付けたうえで複数の場所で一斉に建設を始めれば、もっと早く開業させることは出来る筈です」
「成る程。とにかくまずは鉱山線という訳ですね」
「その通りです」
ヴァルフ商会の人が下がると今度は別の人が声を上げる。
「しかしラエルスさんよ、今更石炭なんて掘ってどうするんだい。魔法があるからそれでいいじゃないか」
「ごもっともです。石炭で動く蒸気機関はどういう印象をお持ちですか?」
「そりゃあ買うには高いし、船も動くって言うんだから力はあるんだろうけどちょっとなぁ」
「成る程。では船の蒸気機関が例えば
この世界で船1隻が16年も動く事は珍しい。質問した人も判っているのか、すぐに反論した。
「いやぁ、16年は使いすぎだ」
「その通り。では蒸気機関が大量生産されて、
ラエルスは得意げに説明したが、結局石炭を乗せる場所が必要と投炭する人が必要なので、特に旅客船は魔法動力のままの方がいいかもしれないなと内心では思っていた。だが質問した人は納得したのか引き下がったので良しだ。
その後もいくつかの質問に答え、最終的に街の皆に鉄道建設を納得してもらう事が出来た。工期の長さには相変わらず難色を示されたが、それでも許可を得られたのはやはり乗合馬車がもたらした恩恵の大きさに他ならない。
「さて、これから忙しくなるなぁ」
大衆食堂から出たラエルスはそう言って大きく伸びをする。夕焼けが街をオレンジ色に染め上げ、人々は皆帰り支度だ。
「まずはドワーフのところ?」
少し遅れて出てきたグリフィアが聞いた。
「そうだな。鉄道には膨大な鉄とそれを加工する技術が必要だし、ドワーフの力を借りなきゃどうしようもないよ」
「まだまだ先は長そうね」
「スローライフはまだまだ先の話になりそうだ」
「いいのよ。やっぱり動いてるのが性に合ってるみたいだし」
「よろしく頼むよ」
そう言ってグリフィアの手を握ると、すぐに握り返してくれる。これから待ち受ける長い道のりに幸あれとでも言うように、目の前をカランカランと鐘の音を立てて満員の乗合馬車が通過していった。
――――――――――
お待たせしました、次回からはいよいよ鉄道建設に入ります。と言っても必要なプロセスが多岐に渡りすぎていて、果たして鉄道が出来るまでに何話必要なんだか…
Twitterの方で、新路線開業後のダイヤグラムも掲載しています。
→@Amatsuka_Hien
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