第14話 波乱の新路線実査
「さて、じゃ出発進行ー」
「その出発進行って何なのよ、冒険者時代からよく言ってたけど」
「じきにわかるさ」
そんな事を言いながら、先行して納入されたばかりの新しい馬車に乗って車庫を出る。
あっという間に年が変わって1月だ。ミアナから返ってきた手紙を元にエアカーテンの内部に取り付けた魔法陣は、家の中ではかなり理想に近い感じの温風を出してくれた。
馬車制作を依頼した御者の親戚の木工大工、スカエル木工店からも急ぎ目で作ってくれた馬車が納入されたので、今日はその馬車で新路線の試運転である。
ちなみに出入り口にはエアカーテンも取り付けられ、その性能実験も兼ねている。
まずは車庫から30分ほど行ったマルダイ地区から。ここはウリム地区に次ぐ人口の多さで、元より路線新設要望が頻繁に出ていた場所でもある。
マルダイ転回場を出て地区内を進む。途中でヴァルフ商会というラメール乗合馬車のスポンサーにして本部をオルカルに構える大手の総合商会の前を通り、西の坂通りと呼ばれる中心街への坂を下る。
ルーゲラの大衆食堂の前を通るとそのまま中心街へ入り、公設市場を通り漁港で終点だ。
折返して次はトルス共同農場方面。こちらも漁港が始発となり、公設市場と中心街を突っ切りカザン・クミ教会から分岐していく。
向かう先はアンライト坂通りと呼ばれる通りで、その先の地区は人口が特別多いわけではない。街を抜けて少し走ると、トルス共同農場と呼ばれる農場に着く。ここが終点だ。
共同農場の名の通り、いろんな人がいろんな農園や農場を経営している。こうした共同農場はリフテラートだけではなく国中に存在し、規模は様々ながらその近隣の都市の貴重な食糧市場になっている。
これはソ連の
都市の外にある農家には、魔王が健在の頃は常に魔獣が襲っていた。その為にいつしか農民は一か所に集まって農業を行うようになり、その場所を守ると言うのが冒険者の標準的な依頼ともなっている。
共同農場は産出されたものをまとめて運びやすいとかで魔王が倒された後もそのまま各地で残り、このトルス共同農場はリフテラートの近くにある唯一の共同農場というわけだ。街の人の中にはここで働く者も多く、公設市場にも食糧を供給している。
ここからは当初から貨物も運んでくれとの要望があり、その為に新しく発注した馬車の数台は座席を取り払って荷物を置く事が出来る様になっている。そもそも着席定員十二人の大型の馬車なので、なまじ隊商が持っている馬車よりも輸送力がある。
共同農場で責任者と軽く打ち合わせをして、一旦市街地へと戻る。最後のティルノ村方面へは正門から出発するので正門に向かうと、何やら人だかりが出来ていた。
「どうしたんでしょうか」
御者がそう言うとまもなく、正門の方から門兵が1人駆けてきた。
「おうい!そこの馬車の方!今は街の外に…って、領主様!?」
慌てて畏まる門兵に聞いてみれば街の近くで賊が出て、襲われた隊商の一群が命からがら逃げこんで来た所なのだと言う。
賊は基本的には自分達の縄張りがあり、そこは大概が崖の続く渓谷だったりあるいは森だったり起伏の激しい峠道など、身の隠せる所がある場所である。自ずと賊の襲撃もそう言った場所が多く、街の近くで襲われるというのは珍しい。
だが賊にも相応の算段がある。街を出てすぐの隊商は普通は食料や金を多く持っているので略奪するにはうってつけであり、しかも街に入る直前の隊商は逆に警戒心が薄れているので襲いやすいのだ。
だが逆に街の近くで行う略奪行為は通報されやすく捕らわれやすいので、賊も襲うとすぐに現場を離れる。それでも街の近くというだけあって逃げられるかどうかは時の運。余程すぐに食い繋ぐ必要のある賊しかやらない、ハイリスクハイリターンな行為なのだ。
「賊か、まぁ大丈夫だろ。行こう」
「お待ちくだ…いえ、ラエルス様ですものね。万が一があるとも思えませんが、どうかお気をつけて」
門兵達に見送られて街の外に出る。すぐに道は分岐し、海沿いに王都を目指す王国南街道を離れてティルノ村に繋がる道を進んだ。
街の外には、稀に農家がある他は基本的に更地だ。日本にいた頃に旅した北海道の宗谷本線の稚内の手前、
正門を出て45分ほど走ると、ルイズ集落という場所に差し掛かる。本当に小さい集落で、家はせいぜい10件と少し程度だ。
鉄道なら無視してしまう程の小さな集まりだが、道が繋がっていて停留所さえ作ってしまえば、最悪停留所が無くとも止まれるのがこうした馬車の強みだ。
この路線では途中に点在する農家の人も利用できるように、いわゆるフリー乗降を導入する予定である。日本だと地域によって見かけたり見かけなかったりするが、地方のローカル路線バスには多い。要は停留所以外の場所でも任意の場所で乗り降りできる仕組みだ。
日本の法令だとバスは必ず停留所で人の乗降りをしなければならない事になっているが、特認を得る事でこうした事が可能になっている。もっともこの世界に馬車の法律などまだ存在しないので、まだ自分の好き放題できるのだが。
*
ルイズ集落を過ぎて少しして、何軒か並んだ廃屋の近くを通り過ぎる。するとおもむろにグリフィアが自らの弓を持つ。一瞬遅れてラエルスも、脇に置いていた剣に手を掛けた。
「ちっくしょまた負けた」
「こればかりは負けないわよ?」
2人は笑ってそんな会話を交わしながら、半分崩れたある廃屋から目を離さない。状況がわからないジークがたまらず聞いた。
「あの、どうしたんですか?」
「ジークとルファは頭を低くしてて。御者の方にも一旦馬車を止めて客室内に避難するように言っておいてくれ」
「それって…」
「ああ。お出ましだ」
ラエルスがそういうや否や、何が何やらといった表情の御者に向けて矢が飛んだ。その矢をグリフィアが放った矢が正確に射貫く。
即座に狙いを変え二射目を構えると、横でデッキに立ったラエルスが剣を廃屋に向けて一振りした。
「あれを壊す程度なら詠唱もいらんだろ」
風魔法を剣に乗せ、思い切り空気を薙ぐ。目に見えないが確かにそこに在る風の波は一気に廃屋を両断し、陰に隠れていた数名の賊の姿を露わにした。
「チクショウ!何者だあいつら!」
「でも護衛は二人だぞ!やっちまえ!」
叫び声が聞こえると同時に、今度は牽引する馬に向けて矢が飛ぶ。しかしそれもグリフィアが同じく矢で落とした。飛ぶ矢を矢で落とす、魔法による卓越した制御力が無ければできない神業だ。
だがその間にあっという間に馬車は10名ほどの賊に取り囲まれた。狼兄妹や試運転に付き添う数名の御者は怯えた表情だったが、対してラエルスもグリフィアもリラックスしていた。
「賊を相手にするのなんていつぶりかな」
「俺らの使ってた馬車は賊の間じゃ有名だったらしいし、名が知れるようになってからは全然襲われなかったからな。だいぶ久々だ」
およそ賊を相手にしているとは思えない雰囲気だったが、次に二人で言い放った言葉で場の空気が変わる。
「少しは楽しませてくれよ?」
「少しは楽しませてちょうだい?」
刹那、デッキから飛び降りたラエルスは、取り囲む賊の中から一人に急接近する。それは先ほど、やっちまえと仲間を鼓舞した男だった。
「最初に御者を狙ったのは上手かったな。この馬車じゃなきゃ成功してたぞ」
「クソッ、何だてめぇ!」
男の問いには答えず剣の平たい樋の部分で首の右を狙うと、同時に左足で相手の足を払う。あっという間にバランスを崩した敵はその場で組み伏せられる。
「魔王を倒した、とでも言えばわかるか?」
「お前…まさか!」
何かを言いかけた賊の男の背中を強く打ち昏倒させる。すぐさま馬車の方を振り返ると、グリフィアが油断無く周りを見回している。ラエルスは押さえた男がリーダー格なのだろうと最初に無力化を図ったが、読みが当たっていたようで他の賊はリーダーがあっという間にやられたのを見てたたらを踏んでいた。
「さぁどうする!今投降するか!それともここで死ぬか!」
「ちっくしょぉぉぉ!」
ラエルスが声高に降参を促すと、案の定賊はヤケクソになって馬車とラエルスとに襲い掛かってくる。
だが統制の取れてない襲撃など、今の二人の取っ手は赤子の手を捻るようだ。バラバラに襲い掛かってくる敵に対してラエルスは剣で、グリフィアは弓で応戦する。
弓はその武器の性質上体のどこかに風穴を開ける事になるが、ラエルスはあくまで刃を向けず樋のある剣の腹かもしくは体術で次々と殺さずに無力化していく。
やがて残りの賊はリーダーと同じく地面に転がって苦悶する事になったが、そうこうしているうちに1人が逃げ出したことに遅れて気付いた。
「グリフィア!」
「分かってるって!」
結構な距離が離れていたが、グリフィアの放つ矢は魔法による誘導が掛けられている。最初に見た時は有線誘導の魚雷みたいだなと思ったその矢は、寸分の狂いも無く逃げる敵の足を射抜いた。
「…殺したりはしないんですか?」
ジークの質問はもっともで、賊に襲われたら返り討ちにして殺そうと罪には問われない。もちろん生かして捕まえて情報を吐かせ、仲間もろとも一網打尽にするのが一番好ましい。だがそれが難しい事から大体賊と遭遇したら、積み荷を奪われるか向こうが死ぬかだ。
「ラエルスは昔からこうだから気にしない事よ。私も最初は甘いって言ったんだけど、本人がどうしても殺したくはないって言うし現にこうして生かして捕らえられるほどの実力も持ってるしね」
転生したとはいえ価値観は21世紀の日本人だ。魔王の配下の魔人はおよそ人とは思えない禍々しい格好をしていたし、本能的に敵だと感じさせるような相手だった。なので手を切ろうが足を切ろうが首を刎ねようが痛痒は無かったが、こういった賊を殺すのは未だに抵抗があるというわけだ。
「そういう事だ。賊は良いぞ?不殺の技の練習が出来る」
ラエルスはなんて事は無いように言う。これを峰打ちと言うが、最初に行った時に「何ソレ?」と言われたのでこの世界にはそんな言葉は無いのだろう。
そんな異次元の言葉に狼兄妹も御者達もポカンとして、グリフィアはいつも通り呆れ顔だ。
「ほら、取り敢えずティルノ村は近いしさっさと行ってこいつらを捕まえてもらおう」
「そうですね。あんまりのんびりしてると明るいうちに帰れなくなりそうだ」
御者が手綱を握り、やがて馬車は何事も無く動き出す。目的地であるティルノ村はもうすぐそこだ。
「しかし派手なだけが取り柄のこの馬車をなんで狙うかね」
「さぁね。こればかりは賊に聞いてみない事には分からないけど、大方貴族でも乗ってると思ったんじゃない?」
「当たらずとも遠からずだな」
――――――――――
普通に峰打ちって言おうと思ったんですけど、よくよく考えてみると日本刀の峰の部分が語源なので異世界にある筈無いと気付いた昼下がり…
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