第13話 ダイヤ改正と車内空調について

 徐々に年末が見えてきた11月、晴れて最初のダイヤ改正が行われた。

 ほぼ1日を通して慢性的に乗り切れない状態が続いていたラメール乗合馬車だったが、運行する2路線の本数がほぼ倍になった事でこれまで以上に乗れる機会が増え、それがさらに話題となり人を呼び込むカンフル剤となる。


 同時に発売を開始した回数券も飛ぶように売れた。

 やはりいちいち銅貨20枚200円を払うのはお客さんからしても面倒だったようで、正門前の停留所近くに設けた窓口では用意していた回数券があっという間に底をつき、慌てて車庫から在庫を持ち出したほどだ。


 中には5冊とか10冊とかまとめ買いして行く人もいたようだ。5冊で銀貨10枚10000円、10冊ともなれば銀貨20枚20000円である。

 結構な額なのだがそれでも買う人がいるという事は、つまり定期券の需要もあるという事だ。定期券の想定していた発売額は銀貨8枚8000円である。営業的な視点で見れば回数券を買い続けてくれた方が儲けはあるのだが、異世界に初めて持ち込んだ公共交通という概念であり今はまだ寡占状態にある中であくどい商売は出来ない。


 なんでも馬車を視察に来た大きな街の中では、我が街にも乗合馬車をという声が上がっている場所もあるという。それ自体は大変結構な事だが、恐らく最初の内はどこもこのラメール乗合馬車を営業モデルとするだろう。なら余計に模範経営をする必要があるわけだ。

 ここで模範経営をするという事は、逆に他の場所でのあくどい経営を抑止する事にもなり得る。あそこはああなのに、どうしてここはこうなんだとなれば御の字だ。


「しかし増えたな」

「何が?」

「新路線の開設要望さ」


 ダイヤ改正からさらに1か月経ったある日。自宅の居間でラエルスとグリフィアの目の前にうす高く積み上げられているのは、お客さんから寄せられた様々な意見や要望だ。


 ダイヤ改正によって既存路線の増便の要望は減ったが、その分ウチの地区にも馬車をの声が増している。とは言えもう新しい路線計画は策定済みなので、これ以上の新路線は不可能に近いが。


「私も私なりにちょっと聞いてみたんだけどさ。やっぱり朝の通勤する時間に本数が増えたのと、公設市場の閉場に合わせた便はありがたいって結構聞いたよ。後は寒くなってきたから、馬車の中もあったかいと嬉しいってのも聞いたね」


 グリフィアはラエルス以上に街に出る事が多い。と言うのもルファと一緒に日用品の買い出しに出ているのだが、ついでにこうして利用する人の声をちょくちょく聞いてきてくれるのでありがたい。


 閉場時間に合わせた増便と言っても1台分が限界だったのだが、それでも反応は上々のようだ。新路線の方でも16時に合わせて公設市場発を設ける予定なので、16時頃の公設市場の停留所は馬車でちょっとした賑わいを見せる筈だ。鉄オタ的にはそういうある時間に集結するダイヤと言うのは非常に面白い、趣味と実益を兼ねている。


 さて馬車の中もあったかくと言うのは、これは少々難題である。いくらリフテラートが国の南側にあるとは言え、冬になればやはりそこそこは冷えるらしい。

 元の世界のように機密性が高いわけではない馬車の中では、火鉢を置く事ぐらいではなかなか暖かくはならない筈だ。


 冒険者時代で洞窟なんかに泊まった時は焚火でも熾せばそれなりに温かく、これから作る鉄道ではまずは蒸気機関車のボイラー熱を引っ張ってくるつもりだ。

 だが馬車の暖房までは盲点だった、さてどうするべきか。


 分かりやすく難しい顔をしていたのか、グリフィアが顔を覗き込む。

「やっぱり冬は暖かくって難しそう?」

「ちょっとなぁ。風が強い日なんかに乗ると分かると思うけど、結構デッキとの出入り口から風が吹き込むだろ?」

「そうね。夏は良いけど、冬は結構こたえるかも」

「かと言って扉を付けても、それはそれで乗車定員がなぁ」


 客室を完全に閉じてしまえば暖気の逃げも抑えられるだろうが、それではどうしても圧迫感が生じてしまうし、そもそも火鉢を使うのに換気に問題があるのはいただけない。

 元の世界ではガラス戸でも使えばとか思うが、この世界では巨大な一枚ガラスを作る技術はまだまだだ。馬車や家の窓ぐらいが精一杯である。


「なんか見えない壁みたいなものがあればいいんだよな、抽象的すぎるけど」

「魔法防壁みたいな感じ?」


 グリフィアの言う魔法防壁とは、魔法を使って作る盾だ。込める魔力次第でいかなる魔法攻撃にも物理攻撃にも耐えられ、冒険者として活動するならば誰もが最初に覚える魔法でもある。


「理想的ではあるけど、ちょっとなぁ。維持するのが大変だし」

「魔石は?」

「防壁を維持できるようなやつは高いからダメ」

「やっぱりなぁ」


 魔石は読んで字のごとく、魔力を秘めた石である。魔獣の核であり、ランクが高い魔獣程大きくて立派な魔石を有している。

 ラエルス達も有象無象の魔獣を倒してきたために、魔石のストックだけはかなりある。だが防壁を維持する魔力は多く、それを魔石だけで補うのは現実的ではない。


「じゃあ取り敢えず、レースみたいな薄い布でも垂らしておいたら?少しは違うと思うけど」

 その何気ない言葉を頭の中で咀嚼するうち、ラエルスはある事を思い出した。


「…グリフィア、それだ」

「何が?」

「要はカーテンだ。透明なカーテンがあればいいんだ」

「いやそうなんだろうけどって、こりゃ聞いてないか」


 早速ひらめいた案を書き留めるラエルス、こうなったら何を言っても当分はダメだと分かっているグリフィア。この家で時折見られる光景だった。

 こういう時は決まって紅茶を淹れてラエルスの元に置く。それもルファがやると言っていた仕事だが、頑なに自分でやっているグリフィアの習慣の一つだった。


 *


「よし、こんな感じだろ」

 ややあってラエルスがそう言った。手元には案を書き留めたイラストがある。


「で、結局何を考えついたのよ」

「カーテンだよ」

「これが?」


 ラエルスの描いた簡単なイラストはどう見てもただの箱で、そこには大きな穴が空いている。


「この中にこの魔法陣と魔石を連結させた状態で置いておくんだ」

「風の魔法陣?でもかなり弱いやつね、そよ風ぐらいのやつじゃない」


 そよ風ぐらいと言ってもそれは戦闘においての話であって、実際には扇風機の一番強い風ぐらいの風量はあるものだ。


「その魔法陣を箱の中に横に並べて、開けた細長い穴から下に吹き下ろさせる。これをデッキとの出入り口に設置して、空気で壁を作るんだ」


 ラエルスの説明にグリフィアははてなマークを浮かべていたが、要はエアカーテンである。スーパーとかビルとかの入り口によく設置されていて、建物に入る時に強めの風が吹き下ろしてくるアレである。


 エアカーテンは建物と外とを空気の壁で遮断し、中の気温を一定に保つものだ。物理的な扉もいらないので開放感もある。

 この世界では電気が無い代わりに、こうして魔石や魔法陣がある。発想次第では元の文明社会と似たような事も出来るというわけだ。


 このままだと火鉢は置けないので、適当な所に空気を追い出す穴を開ける。そうすれば馬車内に二酸化炭素が溜まることも無いはずである。


 しかし理屈を説明してもグリフィアは半信半疑だ。

「うーん。これで本当に暖かく出来るの?」

「よし。簡単なやつなら作れるから、近いうちにウチで実験してみるか」


 そう言って2日もすると、ラエルス達4人の前には異世界版エアカーテンが鎮座していた。ラエルスが奮起して他の仕事の合間に作り上げた試作品だが、効果は間違いないはずだ。

 テラスを作った時といい、こういう時にこの世界の自分は手先が器用で良かったと思う。


 もう12月ともあって、玄関など開けっ放しでは冷気が入ってきて温めた家の中もあっという間に冷えてしまう。今回はその玄関の内側の上に取り付けて、本当に外気を遮断できるのか実験だ。


 起動するとエアコンのように風が吹き下ろしてくる。なんとなくその感じに懐かしさを覚えつつ、玄関を開けっ放しにしてしばらくこのまま放ってみる。時間が経って玄関あたりが冷えてなければ成功だ。


 ややあって4人で様子を見てみると、玄関の体感温度は少し下がっていた。

「ありゃ、少し冷えてるな」

「失敗?」

「ってほど冷えてもないけど、でもやっぱり全く暖かさが損なわれないのが理想だな」


 しばし考えて、ある事に思い立った。

「外の空気を巻き込んじゃってるのかな」

「外の?」

「ほら、ビニール袋に空気入れる時に…いや、なんでもない」


 石油が無いのでポリエチレンも無い、当然ビニール袋なんてものも無い。なのでそんな例え話をしても分かるはずも無いのだ。もうこの世界に来てずいぶん経つのに未だにそういう前の世界での癖が出る。

 そんな事を言いながら何気なく吹き出し口に手をやると、家の中で実験した時に比べて少し冷たい事に気付いた。


「ん?この魔法陣って吹き出す風の温度ってどうなってんだ?」

「温度?えーと…いや、考えた事無いなぁ」

 通常の戦闘において風魔法は敵を吹き飛ばすとか舞い上げるために用いるので、普通はその風の温度など考えたりはしない。


「冷たい空気じゃ意味が無いんだ。例えばこの風の魔法陣に火の魔法を組み合わせて、どうにかして温風にできないもんかな」

「ミアナがやってた"ブリザード"の逆みたいな?」

「そうそう」


 数ある種族の中でも魔法が特に上手いエルフ族であるミアナは、戦闘の際によく混合魔法と呼ばれる複数の魔法を組み合わせた技をよく使っていた。

 ブリザードもその一つで、あれは風と水を組み合わせて敵を凍り付かせるとか出来る。その逆で火の魔法なんかを組み合わせて、温風を出せないかと考えたわけだ。


「するとミアナに聞いた方が早いんじゃない?」

「その通り。餅は餅屋だ」

「モチ…?」

「ごめん、元いた世界の食べ物の事。要は専門的な事は専門家に聞けって事」

「なるほど」


 ミアナの故郷は国の北部の森林地帯にある。オルカルからまた馬車で3日ほどだ。

 手紙を出すなら当然それだけの時間がかかるのだが、まぁ急ぐものでも無いしいいだろう。


 しかし、餅は餅屋とか言ってたら餅が食べたくなってきた。この世界に磯部焼きとか無いもんかな。

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