第12話 ご好評につき

 乗合馬車が開業してから2か月が経ち、10月となった。季節は秋、国の中では南に位置するリフテラートとは言え少しずつ冷え込んでくる頃だ。


 だがそんな冷え込みとは裏腹に、乗合馬車は盛況が続いていた。流石に開業当初の熱狂は落ち着いていたが、それでも馬車は沿線の一部の地域の人にとっては徐々に定着しつつあった。


 一部というのは、中心街に近い住宅地の人にとっては来る馬車来る馬車全てが満員御礼でまだまだ気軽に乗れないからである。

 増便や路線の新設は再三要望が出ており、その都度ラエルスは新しい馬車が完成次第すぐに増便すると約束していた。


 やがて御者の親戚の木工大工の家から完成した2台の馬車が送られてきた。設計図通りの完璧な仕上がりで、オルカルで作ったものと寸分違わない良い出来だ。


「さて、ようやく増便が出来るってわけだ」

「もう人は雇ってるもんね」

 馬車が届くまでの間に御者や点呼執行者、馬車の整備士などを雇っており、後は運行開始を待つだけとなっていた。


 すぐに準備していた増便のチラシを街に貼りだすと、案の定問い合わせの手紙は激増した。増便を歓迎する声がほとんどだが、やはりもっと経路を増やして欲しいという声が多数ある。


 *


 当初の予想を大きく裏切り増便するほど好調だという事で、ラエルスの家では関係者を集めて祝賀会が開かれていた。新たに雇った者も含めた御者や運行管理者、整備士に加えて、観光協会のカルマンやルーゲラにミノなどの出資者も集まっている。

 ちなみに街から新しい馬車を使って皆を運んできたところ、それがいたく好評だった。貸切バスみたいなものなのだろうが、正門前のミゲルの貸し馬車屋もこういう方面に手を伸ばせばいいのにと思わなくも無い。今参入されても商売敵だが。


「新路線の要望がかなり多いんだけど、これ以上増やすと俺の手に負えなくなってくるんだよな」

「確かにアンケートを見てみると色々ありますな、ですが採算性のありそうな路線もあります。この際、ラエルス殿の事業というより街の事業に昇華させてみてはどうでしょうか」


 ラエルスのボヤキをカルマンが拾う。カルマンが言った事はラエルスも考えていた事だが、それは少なくとも開業してから1年は先の話だと思っていた。それがまだ半年も経たないうちに出てくるのだから有り難い限りである。


「それは将来的には思っていた事なのですが…いいのですか?」

「えぇ。それに私達は経営のプロでもありますし、失礼ですがラエルス殿よりもよくこの街を知り尽くしています。より地域と連携した運営が出来るでしょう」

「確かにその通りですね。ではその話はおいおいとして…」


 カルマンの話を切り上げて、皆の前に向き合った。

「皆さん。この乗合馬車は元々は私一人の発案でした。それがリフテラートの大勢の方に支えられ、このように少しずつではありますが街の顔として定着出来ているのではないかと思っております。アンケートや今でも寄せられるご意見には特に新路線の開設を望むものが多く、今後とも路線の拡充をしていきたい所存ではありますが、それにはやはり皆さんのご協力が必要です。また乗合馬車以外にも、このリフテラートを中心に領地を発展させるような構想を幾つか持っておりますので、その際には何卒ご協力のほど、よろしくお願いいたします」


 元より人の前で色々話すのは得意では無かったのもあって、事前に考えてた謝辞を繋ぎ合わせたようなとっ散らかった言葉になってしまったが、それでも皆が暖かい拍手で祝福してくれる。

 こういう事があるにつけ、国王から貰った報奨金をはたいてでも乗合馬車を始めて良かったなと思う。とは言えここからは、報奨金で済むような話ではない計画が待っているのだが。


「そんでラエルスよう、次はどこに路線を作るんだい」

 ほろ酔いのミノがちょうど聞いてくれたので、この際だからと今後の計画も披歴しておく。


「えー、今更言うまでもありませんが、私の思っていた以上に沢山の方々に利用されております。新路線開設の要望は様々ありましたが、この中から3つの路線を計画しました」


 そう言ってラエルスは、用意していた増便の計画書を見せる。皆が食い入るように見つめる中、それぞれの説明を始めた。


「まずは既存路線の増発が第一段階です。新たに購入した2台の馬車を使い、通勤線と環状線をそれぞれを約倍の本数とします。また旅客流動を考えて、公設市場の16時の閉場に合わせて通勤線の増発。そして夕方以降の環状線を増発します」


 時刻表と共に説明するとちょっとしたざわめきが起きた。一気に本数が倍になるというのはかなり利便性が良くなり、今以上にお客さんの流れが良くなるかもしれない。

 だが驚くのはこれからだとばかりに、ラエルスは新路線の計画表を見せた。


「5路線18台!こんなに増やすのですか!?」

 真っ先に声を上げたのは代官のロイゼンだ。現状が2路線4台なので、確かに大幅な増加である。


「マルダイ地区にトルス共同農場、それにティルノ村にまで行くのですか」

「はい。要望があった中で、採算が見込めそうな場所です」


 成る程とロイゼンは頷く。従来の通勤線があったウリム地区は郊外の住宅地の中では人口の多い場所であったが、マルダイ地区は次いで人口が多い。

 トルス共同農場は住宅地の更に外側にある家畜の牧場や田畑の事で、リフテラートの台所を支える場所だ。当然ここで働く者も多い。


 ティルノ村はリフテラートから馬で1時間少し行った場所にある村で、王国南街道から外れているにも関わらず人口は1000名強と言ったところだ。リフテラートとの結びつきが強く、人の往来も活発である。


 周囲は普通の平原なのだが元々は魔獣の生息地が近く、それでいて天然の温泉が湧くとかで魔獣との最前線兼保養の街として栄えた場所だ。

 今は魔王が倒されたことで魔獣は沈静化しているが、温泉の魅力は古今東西変わらないらしくリフテラートの人も時折通うのだという。


 かく言うラエルス自身も先日この温泉の存在を知り、やはり日本人の血が疼いたのかその日にティルノ村まで往復している。グリフィアや狼兄妹にも好評だったので何度か通おうと決めた程だ。


「貨物営業…とはなんですか」

 次にそう尋ねたのは公設市場の責任者であるユーライという男だ。開業前は乗合馬車に懐疑的な声を上げていた人の一人だが、いざ開業してみると不況にあえいでいた公設市場に俄かに人が戻り始め、公共交通機関の偉大さを実感したうちの一人である。


「その名の通り、馬車を使って荷物を運びます。とは言え近距離で扱うのはこちらの規模では無理がありますし、荷運びを生業とする人たちの仕事を奪ってしまいますので、もっぱら遠距離限定になりますが」

「具体的にはどこを走らせるのですか?」

「まずトルス共同農場と公設市場の間です。公設市場の農産物市場が開く7時に間に合うように、共同農場で予めまとめておいた出荷品を市場へと運ぶものです」


 従来は共同農場の人と公設市場の人とが交代でその間を行き来し、共同農場で採れた様々な品物を市場へと運んでいたのだという。その為に共同農場では馬車を持っていたというが、最近は経年劣化が激しいそうで買い替えを考えていた。


 そこに乗合馬車の話が出てきて、路線を作るついでに荷物を運んで貰いたいと要望してみた所、ラエルスの目に留まり実現する事となったのだ。


「計画によれば二か所となっておりますが、後はどこへ?」

「もう一つはティルノ村への食料やその他雑貨類の輸送です。皆さんご存知の通り、ティルノ村は魔獣戦線の前線基地としての役目は失ってもいい温泉は残っています。私も行きましたが、なかなか結構なものでした。その際に村長に話を伺ったのですが、やはり街道から外れた村と言うのもあり色々な物を運んで来るのが大変だという事で、村から一定の荷送賃を貰ったうえで運送を承った次第です」


 ティルノ村は人口1000人あまりを抱えておきながら、商店があまりに貧弱だった。これまではそれこそミゲルの貸し馬車屋で馬車を借りまとめて運んで来るのが主だったが、結局それでは必然的に日持ちするものを中心に運んで来るしかなく新鮮なものを食べたければ街に出るしか無かった。


 馬車を買ってという話もあったようだがそれにはあまりに金が無く、ならば荷物運賃を払って運んできてもらった方が安上がりで労力も要らず、かつ毎日運行なので量も運べて新鮮なものも運べるという事で運送契約を結ぼうと相成ったのだ。


「ラエルスさん。しかしティルノ村からとなると、1番便を出す時はかなり早く出発しなきゃならないんじゃないか?あんまり暗いうちに開門したくは無いんだが」


 次に声を上げたのは、リフテラートの街の防衛を務める兵士の代表だ。

 確かにティルノ村は遠く公設市場の開場に間に合う時間に始発を出そうとすると、街を出るのは3時台だ。夜の街の外は賊や魔獣の闊歩する地なので、難色を示すのは当然である。


 だがもちろんその事も考慮済みだ。

「勿論です。かと言ってティルノ村の人達に不便をかけたくも無いので、ティルノ村に出張所を設けようと思います」

「出張所…ですか?」

「はい。出張所とは何台かの馬車と何頭かの馬を繋いで置ける車庫と、御者の宿泊場所の事です。夕方や夜にリフテラートを出たティルノ行きはそのまま向こうで宿泊し、翌朝のティルノ発で戻って来ると言った具合です」


 都市間高速バスなんかでは、行った先の共同運行会社の車庫にバスを置いて、乗務員は会社が借りているアパートで寝るなんて事がよくある。それをここでもやろうという訳だ。

 この事は勿論運行に携わる御者や運行管理者、整備士には説明して了承を取り付けているし、ティルノ村の村長とも話して既に出張所の場所は確保済みである。


「よくもまあ色々と考えつくよなラエルスは。おっと、褒め言葉だからな?」

 ほろ酔い加減が増したミノがそう言うと、皆も笑いに包まれる。そろそろ堅苦しい話は終わりにして純粋にパーティーを楽しむ頃合いだ。


 色々な人が色々な話に花を咲かせるが、ラエルスが聞かれるのはやはり冒険者時代の武勇伝だ。

 ラエルスは主な武器として長剣を使っており、その剣は今でも自宅に保管しつつも街の外に出る時にはお守り代わりに携行している。アムダス王国の霊峰と呼ばれるリューマイゼン山という場所の洞窟に封印されていた聖剣で、魔王にとどめを刺した剣でもある。


「その剣をモチーフにした馬車のデザインも面白いんじゃない?」

 グリフィアがそんな事を言うので皆の興味は俄然聖剣に向く。確かに柄には清廉さを感じさせる彫刻が施されていたが、実物をあまり見せたくなかったので簡単なイラストで皆の声に応じた。親の顔より見た聖剣である、そのぐらいは容易い。


「ほう、いい柄じゃないか。1台だけこのデザインでも面白いんじゃないか」

 カルマンなどはすっかり乗り気である。

「聖剣に名前は無いのか?あるならその馬車だけその名前にすればいいじゃないか」

 ユーライがそう尋ねたが残念ながら名前は無い。ラエルス自身もずっと聖剣と呼んでいた。


「ほら。見つけた時にラエルスなんか言ってたじゃない。えーっと、エス…エスカ…」

「エクスカリバーか?」

「そう!それ!それでいいじゃん!」


 聖剣と言うのも、数多の罠を潜り抜けて見つけた時は岩に刺さっていたのだ。それがまるで様々なゲームに出てきて、不思議なぐらい岩に刺さっている事の多い例の剣と重なってついポロっと口から出てしまった事を思い出した。


「いや、馬車の名前にエクスカリバーって」

「良い名前じゃないか!見れたらラッキーな馬車"エクスカリバー"だ!」

「街の領主の持つ剣の名を使うというのは斬新ですね」

「宣伝にも使えそうですね。今度の広告は腕が鳴ります」


 反論空しくルーゲラやカルマン、ルファまでも賛成らしい。

 どうあがいてもラエルスの負けである。

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