第10話 ここから始まる交通革命
通勤線の方が1台では1時間間隔で運行できない事に気付いてしまったので、馬車の購入台数を微妙に直しています。また片道45分では30分間隔運行が出来ないので、そちらも40分間隔に直しています。
朝は3台で30分間隔だと折返しが5分…馬車で出来るんですかねそれって(無知)
アレ?もしかして御者も6人じゃ足りない…?
なお未だに国の名前を決めていなかったので、この回で説明しています(設定がガバガバ以下略)
――――――――――
「…最後になりますが、この新たな移動手段である乗合馬車"ラメール"が、リフテラートの発展に寄与する事を願っております」
ラエルスはそう言って壇上で一礼する。集まった人からの拍手を受けて式は終わり、後は普通のお祭りと変わらない。
めいめいに人が散ると、丁度港から折り返してきた通勤線がやって来た。やはり開業日と言うだけあって超満員、一応お披露目兼予備の馬車を公設市場に待機させているが、これは早々に出さなければならないかもしれない。
「いやぁ乗合馬車の主人サマ、結構な賑わいじゃないか!」
既にほろ酔いらしいルーゲラが壇上から降りるなり絡んでくる。まだ朝の10時ですよ?
「最初はこんなものでしょうけどね。後は定着してくれるかどうかです」
「そうねぇ。半月ぐらい運行してみたらアンケートでも取ってみたらいいんじゃないかい?」
「えぇ、そのつもりです。半月も経てば少しは落ち着いて、実際どのくらいの人が使ってくれるかとか分かるでしょうし」
何事も最初はトライアンドエラーだ。とりあえず様子を見て、色々と出てきた問題点を一つ一つ解決していく事でより良い物に仕上げていくのは基本だ。
運賃は1乗車あたり
こちらの世界の相場で言えば、往復分の銅貨40枚も出せば大衆食堂で一食ぐらい食べられるだろうか。裏を返せばそれだけ安価という事だ。
式典自体はもう終わりで、後はラエルスもグリフィアも自由の身である。思えばこの地に来たのは春頃なので、もう4か月ほど経った事になる。随分と慌ただしい日々だったと式場の端っこで椅子に座りながら回想していると、急に視界がグリフィアの顔で覆われた。
「なーにやってんの、せっかくのお祭りなんだから行こうよ」
おめかししたグリフィアの顔が迫り一瞬心臓が跳ねたが、努めて冷静を保って「そうだな」とだけ返事して席を立つ。
リフテラートの人達は乗合馬車の奇抜さもさる事ながら、少し早いお祭り気分も相まって市場の前は大変な賑わいを見せていた。
見れば報道関係者らしき人がしきりにインタビューをしている。この世界のカメラはまだ大型で、人が持って歩くには少し大変なものだ。なので新聞には記者が取材を元に絵や文を書き、それが印刷されて載っている。
聞くところによれば、国の端にあるリフテラートに面白い乗り物が出来たとかで、王都オルカルからもわざわざ人が来ているそうだ。
もちろんラエルス自身も取材を受けており、乗合馬車の宣伝をしつつこれを機に美しいリフテラートに来てくださいと街のPRも忘れない。
さて祭りの会場を歩いてみれば、やはり目につく食べ物系の出店の大体は魚関係のものを売っている。
郊外には農家が点在しているので牛や豚の肉も手には入るが、やはりメインは魚の塩焼きだったり貝の浜焼きだったりだ。
それはそれで美味しそうだが、日本の祭りの出店を見慣れているラエルスにとっては何か物足りない。
「ね、ラエルスの故郷にはこういうお祭りは無かったの?」
「あったよ。ただもっと、果物系の食べ物を売ってる店が多かったな」
祭りの出店と言えばやはり、チョコバナナにりんご飴。ベビーカステラに夏ならかき氷といった所だろうか。しかしここにそんなものは一切見当たらない。
「果物かぁ…ってなると、それこそ
グリフィアの言葉に首肯する。ミアナの故郷はこの国、アムダス王国の中では中部にあり王国南街道も通るスワル山地の森の中にある。エルフは人間や獣人を伴侶とし街に降りた者を除けば、そのほとんどがこうした森の中に住む。
主に果物を育てている者が多く、オルカルのあるアッタスワル盆地の中には比較的果物も流通している。
だがやはり持ってくるのに時間や手間がかかる故に、リフテラートでは果物は高級品。こうした出店で気軽に食べられる代物ではない。
「ま、それも鉄道が出来れば解決なんだけどな。結局所によって肉はあるのに魚は無いとかその逆とかあるのは、詰まる所はその移送に時間がかかる事と一度に運べる量が少ないからだからな」
「何度も聞いたわよその話。でもさ、実際その鉄道を作るのにどれくらいかかるものなの?話を聞いてる限りだと、なんか途方も無い感じがするんだけど」
実際途方も無い話だ。重工業があまり発達していないこの世界では、まずレールをどう作るかが問題となる。一応旅の途中で仲良くなったドワーフ族に打診はしてみるが、ここで断られると後がキツい。
レールの前には路盤整備、後には車体作りが控えている。客車は取り敢えずは木造でいいかもしれないが機関車はそうもいかない。蒸気機関は既に実用化されているとは言え、それを鉄道サイズにしなければならず自ずと機関車も重厚なものになる。
どれもまとまった数が必要なので、オルカルまで伸ばすとなれば数年単位の大事業だ。覚悟はしていたが、いざ考えてみるととても気の長い話になる。
「そうだなぁ、今の所考えてるのはリフテラートから炭鉱と、リフテラートからオルカルの2路線だけど、炭鉱に行く方はともかくとしてオルカルまで繋ぐのは何年かかるやら…」
「そんなに長いの?じゃ頼まれた列車の中で食べられる料理ってのも、本腰入れて考えられそうね」
「おう、そっちはよろしく頼むよ」
*
昼過ぎになれば開業式の余韻は覚め、色とりどりの祭りの会場をごとことと馬車が走るそれはそれで見栄えのする景色が広がっていた。
ちなみにかなり盛況なので、予備の1台も環状線で運行し30分間隔運行としている。
来る便来る便が全て立ち客までいたりデッキまで人が溢れてしまっている。案内人の観光案内は客が落ち着いてからと思ってまだ載せていないが、開業日のこの騒ぎだけ見ていると落ち着くのはいつなんだと思える程だ。
グリフィアと祭りを楽しみつつ色んなお偉方の相手をしつつ、それでも何かトラブルがあった時にすぐに対応できるように準備はしていたが、結局開業日は乗せきれなかったお客さんが大勢いた事以外は大きなトラブルは無かった。
開業2日目、朝起きたラエルスの元に届いたのはやはりと言うかなんと言うか、そんな言葉だった。
「通勤線の馬車に乗り切れない」
こんな声が一番多かったのだ。12人乗りの馬車に、中で屈みながらも立つ人にデッキで乗る人を含めても、せいぜい1台20人が限界である。それがいくら30分間隔で運行しても、人口2万を数えその大半が郊外の住宅地に住むリフテラートにおいて、住宅地のごく一部と港を結ぶ路線がキャパオーバーになるのは明白だった。
しかし、だからと言ってすぐにどうこう出来ないのが辛い所だ。馬車の予備の1台は出せるかもしれないが御者がいない。
「まだ2日目だから…開業の熱冷めやらぬってとこじゃないのかね」
朝食を終えて報告を聞いたラエルスが、何の気なしに報告したジークに言った。
「かもしれませんが、でも私が利用できる立場ならやはり使いたくなりますよ」
「そんなもんか?」
「えぇ。1日2回使ったとして
こうした目線で意見をくれるのはラエルスにとってはありがたい事だった。ルーゲラさんの言う通りじきにアンケートを取るつもりではいるが、やはりこの世界の価値観での感想は貴重な物だ。
「ジーク、例えばだけど決まったお金を払えば1か月馬車乗り放題っていう券があったら買うか?」
しばし考えて、やがてが口を開いた。
「そうですね…いくらぐらいのものでしょうか」
バスの通勤定期は、大体は22日分の往復運賃だ。月8日の休みと換算すれば大体そんなものだろう。
ちなみにバス得と呼ばれるポイントサービスが付与されるバス会社で本当に通勤にしか使わないのであれば、定期券を買うよりもその都度お金を払ってポイントを付けた方がお得である。それでいいのか。
「そうだな…だいたい1か月で
「値が張りますけど…それで1か月乗り放題って事ですよね?」
「そうだ。何も仕事の行き帰りだけじゃなくて、街に用事があるとか遊びに行くとかそういう時でも使っていい」
提示された金額にうーんと考えると、ややあってジークは言った。
「やはり少し高いと思います。いくら街や職場に出るのが楽になるといっても、日々の生活は決して楽では無いですしそこからその金額を出すのはなかなか大変かと…」
これも言われてしまえば当たり前である。通勤定期は会社の福利厚生の一環でお金が出る事が多く、そうでなければ買うのはパートの人とかがほとんどだった筈だ。
この世界ではミノやルーゲラのように第一線で活躍する者もいるが、全体的には昔の日本のように男が働きに出て女は家を守るという家庭が多い。そうなると定期券より先に出した方がいい割引券があるではないか。
そう思いつくと同時に、ちょうど洗濯物を干してきたルファとグリフィアが降りてきた。本来は使用人であるルファの仕事だが、グリフィアも何もしないのも落ち着かないからと言って手伝っている。
「2人ともー、ちょっと聞きたい事があるんだけどさ…」
そう言って2人に今しがた思いついた事の説明をする。
それはつまり回数券だ。定期券は高額なのでまずはそれより安価な回数券を広め、周知したところで次に定期券を売り出す。日々の運賃収入も大事だが、やはり交通事業者にとって最大の収入は定期券や回数券なのだ。
「10回分の運賃で11回乗れる切符ねぇ」
「すると
まさしくルファが言った事が真理である。一定の規模の街には郊外の住宅地というのが存在しており、そこに住む人達が街に出て帰りに荷物を持って長い道のりを歩いて帰るというのはこの世界ではよく見られる光景だ。
しかしこれでは体力のある若い人ならともかく、年をとると1人では街に買い物に出られなくなることを意味する。
乗合馬車はそう言った意味ではまさに革命ではあるのだが、やはり使いやすさを感じてもらわなければ使えるものも使ってくれない。
そこでまずは回数券を発売し割安感を感じてもらいつつ、馬車を利用するように促す。あとは口コミで馬車は便利だよと言う話が広まれば、自ずと利用してくれる人は増える筈だ。
「取り敢えずこんな感じで切符を作って…」
ラエルスは説明するために紙に回数券の簡単な素案を書いていく。3人は興味津々と言ったような目で見ていた。
「こんな感じでミシン目を入れて、あとはお客さんが使う時にちぎって御者に渡してくれればいいかなって」
「ミシン目?」
「ごめん、切り取り線の事」
「あぁ」
時折こういう事がある。やはりここは異世界なのだと実感せざるを得ない。
「しかしよくよく色々と考えつくよねホント」
「でも良いと思います。早速街の印刷業者に発注しましょう」
「いや、まずはデザインを決めてだな…」
「私やる!」
こういう時にいち早く手を上げるのはグリフィアだ。ラエルスは美的感覚が乏しい事は自覚しているので、馬車のデザインや広告と言いグリフィアに丸投げだ。本当にありがたいパートナーである。
数日もすると回数券の試作品が届いた。"ラメール乗合馬車回数券"と値段が書かれた表紙と、それに連なる11枚の切符。前の世界で時折見たような回数券そのものだ。
「いい出来だな。と言うかよく数日でやってくれたものだ、飛び込みの依頼なのに」
「印刷業者の主人が馬車の停留所の近くに住んでいるみたいで、乗合馬車の仕事に関われるとは光栄だって言って他の仕事を差し置いてやってくれたみたいですよ」
ジークは事も無げに言ったが、それって結構凄い事だぞ?とラエルスは独り言ちる。
「しかし…」
ジークがそう言い淀んだ。
「どうした?」
「あんまり人が乗りすぎると、今度は馬車が足りなくなったりしませんか?」
「そうだなぁ。考えてはいたけど、それはアンケートを取ってからにしよう。回数券もそれからだな」
ラエルスも薄々感じてはいた事だが、半月経って実施したアンケートは当初の想定の甘さを突きつけられる結果となった。
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