第6話 頑固オヤジは世界共通
「ああ?ダメだダメだそんなの。ウチになんの利点があるってんだ」
リフテラートに一軒しか無い貸し馬車屋の主人であるミゼルに乗合馬車の話をすると、話が終わるなり論外だとばかりにこう言われた。
「何故ですか。こうして示した通り、長い目で見れば採算性はあります。こちらとしては馬車と御者を用意した上で運行を委託し、馬の馬草代とそれと別に純利益の4割を委託料として払おうと言ってるのです。それの何がダメなんですか」
この会話ももう4回目ぐらいだ。委託料は最初は3割だったのを4割にまで引き上げたのに、ミゼルは一向に首を縦に振らなかった。
「ラエルスさんよ。アンタが世界を救った勇者だかなんだか知らんが、だからと言ってオレの商売を奪われちゃ堪らんぜ」
「貸し馬車屋の商売に干渉する様な事は無いと思いますが」
ラエルスがそう言うと、ミゼルは露骨に顔を歪める。
「アンタなぁ。ウチもこの街の門の前に店を構えて長いが、そんな不躾な態度で協力しろなんて言ってきたのはアンタが初めてだ」
そう言うので失礼な物言いをしたかと自分の言葉を反芻してみたが、特に思い当たる節は無い。少々感情的になっているのは自覚しているが、基本的な所は他の人にもこんな感じで説明してきているのだ。
そう思って考えあぐねていると、ミゼルは呆れたように溜息を吐いて言った。
「分からんやつだなぁ。コレだよコレ」
ミゼルはそう言って右手で輪っかを作る。最初に見た時は、あぁこの世界にもその仕草あるのねと妙に感心した"金を寄越せ"の印である。
「…では委託料は4割2分でどうでしょうか」
内心ではふつふつと怒りが湧いてきているのを自覚していたが、あくまで冷静に聞いた。これはビジネス、これはビジネスと言い聞かせて。
チラッと横を見ればグリフィアも下唇を噛んでいる。耐えているのは同じ様だ。
だがそれでもミゼルの態度はつれないままだ。
「ハァー救世の英雄サマがケチ臭いったらない。どうせ国からたんまり報奨金貰ったんだろ?まず手付金として
どう考えても無茶苦茶な条件だった。まず手付金の額からして意味不明であり、売り上げから7割も持っていかれたらまず赤字は間違いない。
こうまで言われてはもうラエルスにこの貸し馬車屋に頼む気は失せていたが、それでも何か暴論を言われたら、正論の一つも言わなければ気が済まないのが人というものだ。
「それは流石に出来かねます。そもそもあなたの貸し馬車屋が主に営業しているのは隣町への往来が主であって、街中ではほとんど営業してないではないですか。この乗合馬車があなたの商売のどこに干渉すると言うのですか」
しかしそう言うと、ミゼルは椅子から思い切り立ち上がると机に拳を叩きつけた。
「うるっせぇな!アンタのその何もかもわかった様な目線で言われンのが嫌いだっつってんだ!ウチはやらん、絶対やらん!分かったら帰れ!」
*
「何あの態度!射っていい!?」
「やめとけやめとけ。
ミゼルの馬車屋が見なくなった所で、グリフィアが啖呵を切る。言いたい気持ちもわかるがなと思っていたら、付き従っていた狼兄妹も口を開いた。
「ラエルス様、いかがされますか。賛同者を集めてけしかけますか」
「どうしますか。処しますか?処しますか?」
ミゼルの態度が余程腹に据えかねたのか、二人までこんな感じである。しかしルファよ、どこで覚えたその言葉。
そう言えばこれから馬車屋に交渉に行くといった時、様々な店の主人からなんとも言えない目をされた。元より評判は良くないって事なのだろう。
街の門の前の馬車屋から中心街に戻ってくると、そろそろ日も暮れてこようという時間だ。
「今日は帰って明日考えるかなぁ」
「そうしようよ。何も一日で全部やらなければならない訳じゃないんだし」
「その通り、じゃ帰るかね。ジーク頼むよ」
「かしこまりました」
昼食を食べていた大衆食堂に預けっぱなしだった馬車を引き取り、ガラガラと丘の上に建てられた自宅へと戻っていく。
その道すがら再び海沿いの道を通るわけだが、ここで最初にふつふつと考えていた事が急に現実味を帯びてラエルスの心の内に浮かんできた。
「なぁ、ここに宿でも建てるか?」
「また突然だね、馬車はどうしたのよ」
「馬車もやるさ、何もすぐにやるわけじゃないしね。ただ乗合馬車ができて将来的に鉄道が出来たら、ほぼ間違いなくリフテラートを訪れる人は増える。そうなった時に今の宿だけで受け入れられるかと言えば微妙だろうし、先を見越して土地だけは確保しておこうかなと」
東京から見て海沿いのリゾート地と言えば、昔々は湘南や三浦だった。それがやがて鉄道の発達により南紀白浜になり日南になり、飛行機が発達するにつれ沖縄になりハワイやグアムになった。
今はまだ不況と言っていい状態でリフテラートだけではなく他の街の人もとても観光どころじゃないとは思うが、経済が立て直ってきたら必ずリフテラートはまた注目されると言う確信があった。それに加えて鉄道があれば、ほぼ間違いなくリフテラートを訪れる人は増えるであろうという目論見なのだ。
「宿はいいけど…馬車は?」
「勿論そっちが先さ。予定外の出費になるけど、この辺の空き地を買ってまずは馬車の車庫を作って、
ぱっと思いついたことを披露していると、今度はジークから声を掛けられる。
「あの、ラエルス様」
「ん?どうした?」
「空き地を買っても何もラエルス様は領主なのですから、既に誰かの家なり何なり無い限りはこの領地の土地は全てラエルス様に使用する権利がありますよ」
「そうなの?」
反射的にグリフィアを見たが、同じく「そうなんだ」とでも言いたげな顔をしていた。
領主を命じられてここまでやって来たが、領主とはお飾りみたいなもので実際は代官がその業務をこなす。という事は魔王討伐の旅の際に見てきた様々な場所で見た光景であり知っていたが、領内の空いている土地であれば自らの権限で利用できるのは初耳であった。
「あ、そう言えばさ。確か…マルゼイ領のユピタスって街あったじゃない?あそこの領主のやってた事がそれなんじゃないの?」
「あぁ…言われてみればそうかもわからんな」
グリフィアに言われて思い出したのは、魔獣の大量発生と聞きつけて立ち寄った、この国での魔獣との戦いにおける最前線だった街ユピタス。そこでは領主のマルゼイがユピタスに住む領民の意向を完全に無視して、郊外に負傷兵の収容所を建設していた。
負傷兵は内地に送り返されるのが普通であったが、交通手段が貧弱なこの世界では内地に送還している途中で息絶える者も少なからずおり、医療技術も現代日本には遠く及ばないものだったので現地での応急処置もままならない。
マルゼイは元々兵士であり、次々と斃れていく兵士達に心を痛めて領主権限で郊外に収容所を作り上げたという訳だ。
志は立派だったが、やり方がまずかったのだ。マルゼイは気が急く余り、ユピタスの街の若い男を狩りだして突貫工事で作ろうとしたのだ。確かに戦場は待ってくれないし、負傷兵が刻一刻と増えていくのを見て建設を急ぐのは分かる話だ。
だが季節は秋、農繁期に若い男を持って行かれては農民はたまったものでは無い。
加えて当時は、魔獣との戦いで怪我をした者は体内に毒素を宿し、いつかそれが身体を蝕み毒素を撒き散らしながら死ぬとかいう事実無根の噂が蔓延しており、それが余計に負傷兵の受け入れに拒否反応を示す理由となった。
結局はラエルス達が奔走してマルゼイと領民との確執を解消する事はできたのだが、その際に浮き彫りになった領主が領内の空き地なら許可無しに使えるという問題は未だに解決されていない。
「まぁでも車庫だけならともかく将来的に宿とか作るって言ったら、結局今の街の宿の需要を喰う事になるからな。当初の予定とも変わっちゃうし、明日改めて相談してみるよ」
「りょーかい。じゃ明日も街に出るって事だそうなので、ジーク、ルファ、よろしくね」
グリフィアが締めると狼兄妹は声を揃えて「わかりました」と言った。頼もしい限りだ。
*
翌日、今度はルーゲラの営む大衆食堂に馬車を預けに立ち寄った。すると偶然建物の玄関先に主人のルーゲラがおり声をかけられた。
「おはようさん!昨日はあの後ミゼルのとこに行ったんだろ?どうだったい」
「おはようございます。結論から言えばダメでしたね、なのでいっそ自分達で全部用意しようかと」
「ほう?すると昨日の説明よりだいぶ初期費用が増えるんじゃないかい?」
ルーゲラはそう言いつつも、ニヤニヤとした笑みを崩さない。
ラエルスが郊外の空き地に車庫を建て、やがて宿か飲食店を建てたいという目論見を話すとその笑みは一層深くなった。
「なーるほどなるほど。じゃあな、ミノの宿に行きな。実は昨日あんた達が帰ってからもう一度話し合ってな、その時の結論をミノに預かってもらってんだ」
「そうなんですか。わかりました、ありがとうございます」
ルーゲラの元を辞去してミノの宿に向かうと、ミノも待ってましたとばかりにラエルス達を迎えた。
「おう、昨日の今日でよく来たな。あぁ、ルーゲラさんか。じゃわかってるだろ?」
色々とすっ飛ばして、ミノは1枚の紙をラエルスに手渡した。
「これは?」
「いいから見てみろって」
そう言われて目を通すとそこには各商店や宿の名前と、その右には金額が書かれていた。
「ラエルスの昨日の話を踏まえてな、色んな店が馬車にいくら出費するか話し合ったんだ。その結果がこれさ」
「えぇ!?」
言われて表の下の合計額を見て、思わず素っ頓狂な声を上げた。リフテラートにある商店や宿、飲食店は大小合わせれば100を超えるが、その中でも大きい場所に絞ればおよそ20ほど。
それらの店舗が大体どこも
合計金額は
確かに株みたいに出資を募る事は説明したしそれを元手に加えようとはしていたが、せいぜい馬車1台分ぐらい賄えれば御の字程度にしか考えていなかったのだ。
それが蓋を開けてみたらこれである。色んな店の店主と顔を突き合わせて金額交渉とまで考えていたので嬉しい限りではあるのだが、逆にまだこの地に来て数日しか経っていないのにいいのかという気持ちにもなってきていた。
「あの…いいんですか?こんな博打的な話にこんなにお金出していただいちゃって」
「そういうとこだよそういうとこ」
「?」
言ってる意味がわからずにいると、ミノもまた溜息を吐く。
「ラエルスもグリフィアもそうだけどね。およそ領主らしさが無いって言うか、まぁ前の領主が酷すぎたってのもあるけどね。救世の英雄なんて言われてるのに一切驕らないその姿勢が、この額に繋がったと思えばいいさ」
「はぁ…」
と言われても2人にとってはこれが普通なのでそうとしか言えない。常人より強い事は自覚しているが、年上は年上なりに敬うのが普通だろうと思っている。
「過去にも魔獣相手に圧倒的な力を発揮して英雄視された人はいたって言うけどね、そういう人は大体自分の力に酔って最後には自ら破滅しちまうものさ」
確かにそんな話も聞いた事はある。大体行き着く先は金と権力、それと女。それでやがて見放されていく。
「まぁ正直俺は権力とかに興味は無いし、グリフィアがいればいいしなぁ…」
「ちょっ、そ、それ言ったら私だって…ラエルスがいれば…」
「ストーップ!なんだい!独身への当て付けか!?引っ込めるぞこの金額!」
「わー!やめてくださいやめてください!ありがとうございます本当にありがとうございます!」
ひとしきり謝って、それからみんなで大いに笑った。新たに建設する車庫に購入する馬、それらを考えても白銀貨3枚は大きい。
街の皆に感謝すると同時に、これは失敗できないなという責任が肩にのしかかってきた気がした。
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