第5話 ラメールという馬車
「で、結局ラエルスさん達は何しに来たんだい」
何となく打ちひしがれていると、ミノが声を掛けてきた。
「あぁそうだ。実はな…」
そう言って自らの計画をミノに話す。気が付けば周りの客も自分の話を聞き入っていた。
「誰でも乗れる馬車ねぇ」
「わしは行商をやっておったから何度も世話になったが、馬車に一度も乗ったことは無い人も大勢おるからなぁ」
「僕も馬車乗ってみたい!」
反応はだいたいこんな感じだ。そもそも馬車は商人か貴族のもの、平民が気軽に乗れる馬車など考えたことも無いという人が大半。その意味ではラエルスの考えは誰にとっても画期的なものなのだ。
「そんなわけなので、案内人の方とあとは大きい宿や飲食店には出資を頂けたらと思うんです」
「思うんですって言われてもなぁ…ウチもそんな金があるわけじゃないぞ?」
「ウチって、ミノさんも何かやってるんですか?」
「言ってなかったか、ウチは目抜き通りで宿屋をやってるんだ。案内人もいるぞ」
「本当ですか!?」
経営してるのは親だがなとミノは笑ったが、案外運には見捨てられていないらしいとラエルスは内心でガッツポーズした。
「確かに今の話を聞けば面白そうだがな、でも確かに初期投資が大きい。馬車が2台で
ラエルスは頷く。走る所は専用道を作るわけではないからいいとして、バス停に相当する施設は必要なのでその為の木材や加工を頼む必要がある。最初は宣伝もしなければならないので、その広告作りと印刷も必要だ。特に印刷はコピー機でお手軽にとはいかず活版印刷を用いなければならない為、手間もかかる。
「だけどラエルスの言う通り、上手く軌道に乗ればリフテラートが再び観光地として盛り上がる事も出来るんだろ?」
「そうです。これだけの景色を持ちながらいまいち観光客が来づらいのは、遠さもありますが街中での移動が分かりづらいというのが知れ渡ってしまっているのも大きいと思います。なのでこの馬車で街中の移動を改善し、ついでに色んな宿や店に広告を出してもらう事で街全体の発展に繋がればなと思ったわけです」
「ま、私もあんまり詳しい事は分からんが面白そうではあるな。観光協会のカルマンさんにも許可を取ってるって言うし。んじゃいっちょ、他の宿の人も呼んで話をしてもらおうか。取り敢えずラエルスとグリフィアちゃんは一旦ウチの宿に来な」
そう言ってミノは一緒に食事をしていた部下らしき人に何か指示を飛ばした。話を聞いていたらしい他の客も、何人かは慌てて勘定して出ていく。何やら忙しくなりそうだなと、ラエルスは内心で呟いた。
*
「でっか…」
「大きいね…」
ミノに連れられてその宿にやって来たが、これが思ったほか大きくて2人は驚いていた。狼兄妹はまるで自分の事の如く鼻高々だ。
と言うのもこの世界は建築技術もあまり進んでおらず、平屋か2階建てぐらいが標準的である。その中でミノの宿は5階建て、王都オルカルでもなかなかお目にかかれない立派な建物というわけだ。
「でしょう?ささ、入って入って。大事な話があるって言って他の大きい宿や飲食店の人も呼んでるから、来るまでは中で待っててよ」
「すみません、何から何まで」
「いいのよ。ジークとルファがすごくいい顔をしてたからね、あなた達も悪い人じゃないのも分かるってものよ」
若干含みのある物言いに違和感を感じたのか、グリフィアが手を上げた。
「はい。あの2人、確かに兄妹で使用人は珍しいとは思いますけど、前に何かあったんですか?」
「んー、まぁ色々とねぇ。あの2人にとっては隠したい過去でもあるから、それは本人が話すまで気長に待ってな」
そう言って2人を応接室に残してミノは出ていった。
*
ややすると、応接室の中には案内人の5人と主な宿の責任者。そして大きな飲食店や雑貨店の責任者が集まった。
「救世の勇者が何か面白い事を考えてるって聞いたけど、この辺鄙な街で何を始めようってんだい」
口を開いたのは先ほど食事をした食堂とは別の、ルーゲラ亭という大衆食堂の責任者だ。名前もルーゲラらしい。
その風貌と言い喋り方と言い、絵に描いたような肝っ玉母ちゃんである。
「ミノが言うには、この街の問題の一つを解決出来るって?大まかな話は聞いたけどさっぱりわかんなかったがね」
ルーゲラはそう言ってガハハと笑う。
この街が抱える問題は全員の共通認識らしく、古くからこの街に住む老人によれば魔王軍が跋扈する前はそれこそ一大観光地として栄えていたそうだ。
それがまず魔王軍の勢力拡大で世界中が旅行どころでは無いといった雰囲気になり客足が落ちたが、その時点では魔王の住む大陸へ向かう他国の討伐軍の補給港としての役割があった為にまだ持っていたのだという。
だが討伐されるとみるみる客足は落ち、期待していた観光客もさほどは戻って来なかった。それどころか軍に徴兵された男衆が戻ってきても規模を縮小した宿や飲食店にすぐに戻れる訳でもなく、他の街と同じで失業者が無視できない数いる有様だ。
この街でそうなのだから他もそうなのであり、自分の生活が厳しい時にわざわざ辺境のリフテラートにまで観光に来ようという人はいない。
それ故に観光業の立て直しはリフテラートにとっては急を要する話であり、ラエルスの提案は話だけ聞く限りでは失業者対策にもなる有望な案というわけだ。
もう何度目かわからない乗合馬車の説明をすると、これもまた何度目かわからない様々な反応が返ってくる。中でも目立つのは皆が何かしらの商人という事もあってお金の話だ。
「元が取れるまで20年かぁ、国家事業並みじゃないか」
「でもこの試算は乗る人をかなり少なく見積もっての話でしょ?協会長のカルマンさんだってその事を見抜いて許可したって言うんだし」
「この広告はいくらで出せるんだい」
「案内人が乗って観光案内して、それでどうなるんだ」
「これだけで本当にリフテラートに人が来るのか?」
タメになる意見から元の世界の常識で言えば笑ってしまうぐらい基本的な質問まで、様々な質問に丁寧に答えを出していく。
中でもラエルスが気にしたのが、町はずれの方にも店を構える主人の言葉だ。
「運行ルートから外れた宿や店は逆に売り上げが落ちたりしないか?」
実際その通りなのだ。いずれ鉄道を作る時にも表面化する問題なのだが、どうしても経路から外れる場所には逆に人が行かなくなる。便利な交通機関があるのにわざわざ不便な場所に行こうという人はいない。
「確かにそれが問題なのです。中心部にある隠れ家のようなお店なら広告や口コミでどうにかなると思いますが、そもそも街外れにある店については…」
「最悪切り捨てる他無いって事か」
言おうとした事を先に言われ、ラエルスは頷いた。こう言ってしまっては悪いが、そもそも郊外にあり地元住民の利用に頼る店は、それこそ自動車でも普及しない限り先行きはあまりにも暗い。
「じゃラエルスさん、質問なんだが」
「なんでしょうか」
「ウチはその馬車のルートにも店を持ってるんだがな。話の通りに行けば、ルートにある店の収益は上がると見ていいんだよな」
その質問に頷くのは簡単だが、あまり無責任な事は言えない。この世界に初めて持ち込む概念なのに、人々に定着するかや収益が上がるかなど断言できる筈が無いのだ。
「恐らくは…です。まずはしっかりこの街の人に馬車を使ってもらって、その便利さが観光客に伝わり、観光客が各々の地元に帰って噂話として広げてもらって初めて国中に乗合馬車の話が広がると思っています。なので少なくとも半年、出来れば1年は経たないとはっきりとした効果は分からないと思います」
ラエルスの言葉に質問した店の主人は考え込むが、代わりに他の人が質問をした。カルマンのいる観光協会の人らしい。
「王都オルカルをはじめとして、観光協会としては挿絵付きで国の主要な都市には観光ポスターを送っています。今では少なくなってしまいましたが、長きにわたる魔王討伐戦争の前にはそのポスターを見てリフテラートに訪れた人もいました。そのポスターに、この馬車の事を書いてみるのはどうでしょうか」
成る程、その手があったか。という声がちらほらと上がったが、ラエルスにはどうも今一つな気がしてならなかった。前の世界の常識で考えれば、街中に遊覧バスが走っていたとして観光の起爆剤にはなり得ない。それこそ東京の浅草にあるような人車か、転生する前ぐらいに俄かに注目され出した岩手八幡平の松川温泉にある、観光用ではない現役のボンネットバスぐらいインパクトのある物でないとダメな気がするのだ。
「いや、アリだとは思いますが、何と言うか…乗合馬車の扱いは控えめにして、この景観をもっと活かした方が…」
ラエルスがそう言うとずっと傍らで話を聞いていたグリフィアに肩をつつかれる。
「ラエルスね、一応言っておくけどここはラエルスの元居た場所じゃないからね」
転生者だという事を知っているが故に、グリフィアはラエルスの常識からずれているところをよく見ていた。今回もやたら馬車を過小評価している気がしたのでそう言ったのだが、どうも図星らしい。
「そうか…馬車は特別なんだよな、うん」
「わかればよろしい」
気の知れた仲だからできるような掛け合いを終わらせると、また皆の前に向き合った。
「すみません、ではそれでいきましょう。後はこの乗合馬車に何か愛称のようなものを付けたらと思って考えてきたのですが…」
「愛称?」
「そうです。例えばノルンという女の子ならノーちゃん、アレスという男の子ならアーくんとかアッくんとか言うようにあだ名をつけるでしょう?それと同じでリフテラート乗合馬車では堅苦しすぎるので、馴染みやすい名前を付けようというわけです」
ラエルスが説明すると、いまいち意味を汲みかねていた皆にも納得の表情が浮かんだ。
「ではラエルスさんはもう何か考えているんかい」
「ええ。名前を"ラメール"、異国の言葉で"海"という意味です」
提案した愛称は語感がいいとか覚えやすいとかで満場一致となり、その後もいくつかの質問を答えて解散となった。最後に一番肝心な貸し馬車屋への運行の依頼が残っているが、その前に街の主な宿や飲食店の主人からの許諾が得られたのは大きいだろう。
「それにしてもちょっと見直しちゃったなぁ」
「何が?」
貸し馬車屋への道すがら、グリフィアがそんなことを言った。
「いや、ラーくんにこんな一面があるんだなって」
「お前な、そのあだ名は封印だって…それ言ったらグッさんだって、よくこんな話に付いてきてるじゃんか」
「ちょっと!その呼び方はおやじ臭いからナシだって!」
後ろから狼姉妹の生暖かい視線を感じながら歩いていく。グリフィアが望むスローライフはまだまだ先かもしれないが、これはこれで幸せなのかもしれないなとラエルスはふと思った。
「ところでさ、そのラメールってどこの言葉?聞いた事ない感じの言葉だけど」
「これか?フランス語だ」
「どこよそれ」
そんな追及を笑って躱したラエルスは、言ってもわかんないよなぁと心の中で呟きながら海の方を見る。フランス語など全く知らないのにラメールという言葉をどこから取って来たかというと、その昔京急電鉄が走らせていた伊豆大島連絡特急の名前をそのまま使わせてもらっただけだ。
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