第51話 みんな教祖。

 前回の反省も踏まえ、すぐさまメッセージを開く。本当に大事な相談を聞き逃したりしたら、襲ってくる後悔は二週間では済まされない。


 櫻井天音≫今日は色々とありがとうございました。雨宮君のおかげでまた普段通りの生活に戻れそうです。


 メッセージを見て俺はほっと胸を撫で下ろす。どうやら悩み事などがあるわけではないらしい。


 櫻井天音≫先ほど西園寺さんにメッセージを送っておきました。まだ返事は来ていませんが、きっと悪い結果にはならないと思います。


 続けて送られてきた言葉には笑顔のウサギスタンプが添えられており、俺もつられて微笑んでしまった。


 龍羽≫それは良かった。返信が楽しみだな。


 相変わらず精進料理みたいに味付けの薄い文章だが、まあ、それくらいがちょうどいい。二人の未来はあくまで二人が主役なのであり、俺は脇役。出過ぎた言葉はいらない。


 櫻井天音≫もし本当に雨宮君が彼氏だったらどうなってたんだろうなー……なんちゃって。


 ……お?

 …………お⁉


 櫻井天音≫龍羽君って呼んだりするのかな?

 櫻井天音≫(うさちゃん赤面スタンプ)


 ハイ来ました――‼ こっからは俺が主役でぇぇすぅぅ――‼ 西園寺、てめぇは引っ込んでな‼

 勝ちルート見えたわ、これ。というか勝ちルートしか見えんわ! おいおい待て待て! こういう時ってどう返事すりゃいいんだ⁉ くっそ、甘酸っぺぇな‼ もしやもしかしてこれが世に聞く五番目の季節、青い春ってやつですかい⁉ 


 そういや、もともと俺ハーレムに加えるために櫻井の所に行ったんだっけ。途中からすっかり抜け落ちてたわ。でもこれで結果オーライだろ。

 まあ今はとりあえず落ち着け。ここで返事が遅れると良い流れを失う。迅速に正しい返しをするんだ。


 龍羽≫じゃあ俺は天音って呼べばいいのかな?


 ……うわぁもうこれ完璧に終わったわ。キモい。シンプルにキモい。何が「いいのかな?」だよ。良くねーよ。


 櫻井天音≫なんだか新鮮で良い感じですね♪


 ごめん嘘。やっぱ一言前の俺天才だわ。キモさとか欠片も感じない、英国紳士のような発言だと思いますね、はい。


 櫻井天音≫じゃあこれからは試しに龍羽君、って呼んでみますね。あ、もちろん嫌だったらやめますので言ってください。


 嫌なわけが無かろう。

 え、というか何。これってつまり俺が櫻井を名前呼びするのも許可されたってこと? マジかよ、これもうほぼハーレムじゃん。俺もついに教祖様だな。


 櫻井天音≫というわけで龍羽君。突然ですが、日曜日って空いてますか?

 龍羽≫うん。空いてる空いてる。


 つい食い気味に返信してしまった。だってデートのお誘いだし。気が変わらないうちに確定させてしまわないと。


 櫻井天音≫良かったー。じゃあ一つお願いしても良いですか?


 龍羽≫お願いの内容にもよる。


 櫻井天音≫連れてきてほしいんです、虹のこと。今までのことについてきちんと説明したいし、ちゃんと謝りたいので。


 ……ああ、そっか。

 天音にとっての教祖は俺じゃなくて、虹なんだ。

 かつて自分のことを救ってくれた恩人であり、今の親友。何よりも、誰よりも大切な存在。彼女にとって最も大事な教祖は、日向虹なのだ。


 それはかつて天音が独りぼっちだった頃、虹が天音のいわば「弱み」に付け込んだ結果生まれたものだ。いや、付け込むという表現は語弊があるかもしれないが、天音にそういった「弱み」が無ければ今の関係に至っていないことは間違いないだろう。


 でも。


 でも本当は皆そうなのだ。友情とか恋とか愛情とか尊敬とか信頼とか敬愛とか、もちろん信仰とか。そういった感情は全て、誰かが誰かの心の弱みに付け込むことで生まれるのだ。悩みを持った人間に誰かが手を指し伸ばすことで、人間関係は新たな芽を吹く。人見知りの子にたった一言声をかけたら、それがかけがえのない親友になったり、いじめられている女の子を助けたらそれが恋のスタート地点だったり。日常生活で誰にでも起こり得ることが、新たな感情の引き金になっているのだ。


 そしてそれは、誰もが誰かの教祖様であり、誰もが誰かの信者たりうるということを意味している。この世はいわば相互宗教のような形で成り立っているのだ。


 だから、俺の計画は少々傲慢だったのかもしれない。まるで自分だけにしか起こりえない特別なもののように錯覚して、他の誰かが教祖や信者である可能性を考慮していなかった。


 まあだからといって俺の計画が全ておじゃんになるというわけではないのだが。誰もが教祖になり得るということは、もちろん俺にもそれができるということ。どんなに歪んで打算的で偽物のような優しさでも、受け取った人からすればかけがえのない純粋な本物の優しさなのだから。きっと信者は増やせる。


 櫻井天音≫龍羽君?


 既読が付いているのに返事が来ないことを不審に思ったのだろう。天音から追加のメッセージが送られてきた。


 龍羽≫すまん天音。少し考え事をしていた。


 すぐさま言葉を打ち込み、送信する。


 龍羽≫日曜日の件だけど、虹を連れてお昼ぐらいに駅で待ち合わせでいいか?

 櫻井天音≫はい! 大丈夫です!


 食い気味に返事が送られてきた。


 櫻井天音≫じゃあおやすみなさい!

 龍羽≫ああ、おやすみ。


 そして最後にいつものウサギ。枕を抱えてブイサインなんかしてるけど、お前本当に眠る気あんのか?

 そんな疑問は浮かんできたが、どうやら会話はおしまいのようだ。


 さて、俺も今日は寝るか。虹への連絡は明日すればいいだろ。さっきの電話の気まずさもまだ残ってるし。


 カーテンを開けてみると、隣家の明りは既に消えてしまっていた。虹の部屋も暗いし、きっともう寝てしまったのだろう。


 俺も自分の部屋の電気を消し、そのままベッドにもぐりこむ。


 彼女が送ってくるスタンプがこれからは本心を隠さないように。スタンプと同じように彼女が笑っていられるように。そんなことを願いながら俺は枕を脇に抱え、天井にブイサインをぶっ放した。

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