第47話 推理と憶測の境界線
「こんなこと櫻井に訊いてもしょうがないとは思うんだけどさ……。そもそもなんで西園寺はお前に接触を図ったんだと思う?」
「西園寺さんが私に接触した理由、ですか?」
「ああ」
振り向きざまに甘い香りを漂わせた櫻井に、俺は頷く。
「いまいちピンと来ないんだよな。話を聞く限り、単に櫻井を傷つけたりいびったりすることが目的とは思えないし。かといって昔のことを水に流して友好的な関係を結ぼうとしているようにも感じられない。……いったい何がしたいんだと思う?」
「さあ? 西園寺さんの考えてることは昔からよくわかりませんから。適当な暇つぶしの相手とかだったんじゃないですか?」
「何日も何日もか? いくらなんでも暇すぎじゃない? 仕事しか頭にないサラリーマンの休日じゃないんだからさ」
それにもしあいつの毎日が渇ききっているのだとして、学内のあいつの知名度から考えれば暇つぶしの相手くらいいくらでもいるだろう。わざわざ櫻井を選ぶ理由は無い。
自分のことなのにあまり興味を抱いていないような櫻井にそう伝えるも、適当な相槌で流されてしまった。どうやら彼女にとってはどうでもいいことのようだ。……さては貴様、ミステリー小説はトリックだけわかれば充分派の人間だな? か――っ! わかってねぇなぁ! 動機まで読み切ってこそ、より味わい深くなるというのに!
「西園寺と一緒にいる時ってどんな話をしてたんだ? さすがにずっと黙り続けてたってことはないだろ?」
俺は質問のベクトルを変え、名探偵よろしく情報を探っていく。やっぱり動機がはっきりしてないと気持ち悪くてしょうがないからな。
「そうですね……、あんまり憶えていないですけど、『どうせ友達もいないんでしょう?』とか『庶民の学校に通うなんて気分はどう?』とか訊かれましたね。言葉の割に悪意はそんなに感じられませんでしたけど。あとは取るに足らない世間話ですよ。西園寺さんの愚痴を聞かされたり、初等部の頃の知り合いの近況を聞いたり。生産性のある会話はほぼ皆無でしたね」
「……櫻井」
もしかしたら、もしかして。
いや。そんなことは到底信じがたいし、自分でも納得がいっていない考えではあるのだけど。
ただ、そうだとすればかみ合わない行動原理とかみ合いすぎた発言に一定の解を示すことはできる。不器用で自分勝手な、いかにも彼女らしい答えを。
「櫻井、もしかしたら」
俺は小さく一つ息を吐く。
「もしかしたら、西園寺は謝ろうとしていたのかもしれない。かつての自分の行いを」
「……謝る?」
しばらく呆然とした後、信じられないとでも言いたげに櫻井は問い返した。
「そんなのありえないですよ。私は西園寺麗華という女性が他人に頭を下げるような人間ではないことを知ってます。……それとも何か根拠が?」
「ちゃんとした根拠があるわけじゃない。推測に推測を継ぎ足して逆算していったらその可能性にたどり着いたってだけ。強いて言えば、西園寺が他人に頭を下げるような人間じゃないっていうのが根拠だけど」
俺が手にした一つの仮説。
それは言ってしまえばただの憶測に過ぎない。
けれどそんなものでしか俺は西園寺の行動の理由を説明することが出来なかったのだ。
「ただ、そう考えるに至った理由はもちろんある。無責任にこんなことを言ってるわけじゃない。だから一応説明させてくれないか。聞き流してくれても構わないから」
櫻井は縦横どちらに首を振ることも無く、いぶかしげに俺を見つめ続けていた。……うん! オーケーってことだね! 沈黙と肯定はほとんど同義だしね! 平仮名にしても「ちんもく」と「こうてい」ってたったの四文字違いだしね!
適当な言い訳を脳内で済ませ、俺は勝手に二の句三の句を継ぎ始める。
「まず、西園寺が櫻井と時間を共にしていた明確な理由が見えない。これこそが最大の疑問点にして最大の根拠だと思うんだ」
櫻井は何も言わない。ただ、その沈黙は今度こそ続きを促しているように思われた。
「西園寺は自分の意図をあえて隠していたんだ。きっとそれを櫻井に見せるだけの勇気が無かったから」
「そんなの憶測の範疇ですよ。あまりにも根拠に欠けすぎてます」
「かもしれない。けど何度も何度も櫻井を誘っている時点で、何かしらの動機はあるはずだろ?」
人が人を呼ぶのには大抵理由というものが付随する。理由も無く集まるのは隣家の火事の野次馬ぐらいなもんだ。まあ別に火事を起こしたとこの家主は人を呼ぼうなんざ思ってないけど。
「そうなると、今度は西園寺が伝えようとして果たせなかったものは何か、ということになるわけだが……。あいつのプライドの高さから考えても、謝ろうとしていたとみて間違いないと思う。ほら、謝罪なんてなかなか伝えられない気持ちの代表例みたいなもんじゃん」
クラスメイトや親友、家族にだって「ごめんなさい」の一言を伝えるのは難しい。それがかつて自分がいじめていた相手に対してならなおさらだろう。
それに、彼女の場合はお嬢様としてのプライドも邪魔をした。恐らく西園寺は、櫻井と会うたびに謝罪を試みてはいたのだ。ただそれが実際に身を結ぶことが無かっただけで――。
「まあ確かに、筋が通っていないというわけでもないとは思います。言われてみれば西園寺さんと会っていた時も、何だか様子がおかしいな、と思わなかったわけでもなくもないわけじゃありませんでしたし」
いやに否定語が多いな。
「でもやっぱり、それで納得! というわけにはいきませんよ。そもそも西園寺さんが何かを伝えようとしていたからと言って、それが謝意とは限らないじゃないですか。例えば、ほら……殺害予告! とか……」
「何度も会ってんのに? 殺害予告ってそんなにタメるものじゃないでしょ……」
大発表~~‼ なんと~~⁉ 今からあなたを~~⁉ 殺しま~~す‼ 的な? ……んなアホな。
「うぅ……。私だってそんなわけないってわかってますよぉ……。言ってから自己嫌悪に陥りましたよぉ……」
恥ずかしそうに顔を覆う櫻井。
まあでも確かに、櫻井のいうことはもっともではある。殺害予告はないにしろ、謝ること以外で、何か伝えづらいメッセージを西園寺が持っていた可能性も否定はできない。
しかし俺には確信とも呼べる何かがあった。
「なあ、櫻井」
「はい?」
相変わらず顔を伏せたまま、くぐもった声で返事が聞こえた。
「唐突な質問で申し訳ないんだが……。さっきの西園寺と俺との会話、特に西園寺の挑発的な発言なんだけど、なんか出来すぎていると思わなかったか? まるで俺の発言を全て読み切っているようで、それでいて肝腎の西園寺は自分の情報を上手く隠していて……。完璧すぎると思わないか?」
「そう言われれば、確かに不思議でしたね。まるでこうなることを想定していたかのような……」
「そう! それなんだよ!」
突然の大声にびっくりしたのか、櫻井が身体を震わせる。
「まるで誰かが自分の過去を断罪しに来るのを知っていたかのような振る舞いだったんだよ! 俺にはどうもそれが引っ掛かったんだ。いくら頭の回転が早かろうが、アドリブであれだけやるのは至難の業だろ?」
「そうですね」
「きっと西園寺はシュミレーションしてたんだ、この状況を」
「ちょっと待ってください。そもそも西園寺さんは雨宮君の存在を知りませんでしたよ。そしたらそのロジックは成り立ちませんよ」
「別にここに来るのは俺である必要はないんだ」
「へ?」
「さっき自分で言ったろ? 西園寺と遊んでいるときに友達がいるか訊かれたって。ということは西園寺は〝櫻井には今友達がいる〟という事実を知っていたはずなんだ」
そして彼女にはそれだけで十分だった。
自分が櫻井と過ごしていれば、いずれその友達が心配して自分達のもとを訪れる。西園寺はそう踏んでいたのだろう。だからその友人とのやり取りを先に想定しておいたのだ。
しかしここで、櫻井から当然の質問が飛ぶ。
「でも何のためにシュミレーションなんか――?」
ここからは本当に俺の憶測に過ぎない、と言い訳がましく前置きをしてから、俺はその問いに答えた。
「過去の自分の罪と、そして今の櫻井の姿と、向き合うためだよ」
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