第43話 拒絶と拒絶
「……あなたの言う通り、私は何も知らない」
言葉の端々が、微かに震えている。
「でも……! だから声を掛けたんじゃない! 何も……何も知らないからっ……! どうしていいかわからなかったら……!」
西園寺は、泣いていた。
その迸るような冷たさは俺に言葉を発することを躊躇わせる。だが、ここで涙に流されるわけにはいかないのだ。「涙は女の武器」とはよく言ったもんだよ、本当に。
「だからといって、お前の行いを無かったことになんてすることはできない。小学生の頃のことは俺がどうこう言える話じゃないが、最近の櫻井に対する振る舞いを、親友の一人として俺は決して赦すことはできない」
西園寺からの返事はない。ただそのすすり泣く音だけを夜の公園に響かせている。
「さっきうちの会社がどうとか言ってたよな? てことはお前、社長令嬢か何かなんだろ? こんな高級住宅街に住んでるわけだし」
相変わらずイエスもノーも無い。俺は西園寺を真っすぐに見据える。
「今後一切、櫻井に近づくような真似はやめろ。絶対にだ。さもなければお前の櫻井に対するいじめの存在を世間に公表する。社長令嬢なんだからこの言葉の意味はわかるよな?」
「待って! それだけは――」
「……やめて」
震えた声に、別の声が重なった。
「……櫻井」
振り返ると、櫻井が俺の制服の袖口と自分の制服の胸元をキュッと握りながら立っていた。
「雨宮君、ありがとう。私なんかのためにこんなに怒ってくれて。すごく……嬉しかった」
「でもこのままじゃまた……」
櫻井は小さく首を振る。
「そうかもしれません。けどもう充分です」
そう言ってにこりと微笑む櫻井は、やはり卑怯なまでに綺麗だ。だけどその美しい笑顔の裏に、どうしてもあの日の悲しげな表情がちらついてしまって、俺は櫻井の言葉を簡単に承服することが出来なかった。
そんな俺の反抗的な視線に気づいたのか、櫻井はきちんと説明してくれる。
「雨宮君がもし本当に今言ったようなことをしてしまったら、それは笑い事では済まされなくなってしまいます。西園寺さんのお父様の会社は本当に大企業ですから。それこそ何千人もの方々を路頭に迷わせてしまうかもしれません。その人たちが何か悪いことをしたというわけでもないのに」
優しい笑顔でもの凄く恐ろしいことを言われた。……調子に乗ってなんでもかんでもべらべら口に出すのはやめよう。
「それに……雨宮君には優しい人でいてもらいたいですから。……その……一応彼氏……ですし……」
言い終えてから、ボワッと一気に耳まで赤くなる櫻井。
ごめん! 俺が適当に設定作っちゃったせいで! でも乗っかってくれてありがとう! 設定とはいえ俺は今とても幸せな気分です!
なんて有頂天になっている訳にもいかず。……本当になんでもかんでも口に出すのはやめよう。周りが死んでしまう。
紅潮した顔のままで、櫻井はキッと西園寺に向き直る。
「西園寺さん」
今まで彼女が西園寺に見せていたおどおどとした雰囲気はその影を潜め、櫻井は真っすぐな瞳を西園寺に突き刺す。
「私はあなたのことが、その、なんていうか、苦手です。初等部の頃からずっと。嫌がらせを受けた時の気持ちがこびりついてしまっていて……。たぶんこれから先も、私はそのことを消化できないんだと思います」
雪のように静かでありながら、どこか澄み切った声音で櫻井は続ける。
「だからもうやめにしませんか? こうやって顔を合わせたり会話したりするの。さっき私にチャンスをくれたと言っていましたけど、何度チャンスを頂いても、恐らく私は西園寺さんを満足させることはできないと思います。それに私も過去を思い出してしまうのは辛いですから」
そうきっぱりと告げると、櫻井は深く腰を折った。
「西園寺さん、これ以上私に関わらないでください。お願いします」
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