第41話 怒髪天を衝く

「ここ数日櫻井の行動がおかしかったこと、俺も俺の友達も皆心配しているんだ。黙っていれば済むと思うな。――洗いざらい話してもらう」


 もうすっかり暗くなった空の下、冷たい夜風と無機質なLEDの街灯にさらされながら、西園寺はゆっくりと口を開いた。


「……あなたはもうわかっているでしょうけど、私と櫻井さんはこれっぽっちも仲良くなんかありませんわ。今も、昔も」

 何かが吹っ切れたのか、西園寺はすらすらと言葉を続けていく。

「気に食わないんですのよ、この子。たいして身分も高くないくせにやたらと才能には恵まれていて、いつも私たちを見下したような感じで――」

「そんな……! 私見下してなんか……!」

 櫻井が慌てて否定する。

 しかし射抜くような視線だけで西園寺は彼女を沈黙させた。


「下手な芝居なんて求めてないわ。かといって今さら貴方にどうこうしてほしいとも思っていないけれど」

 西園寺は櫻井の悲痛な瞳を置き去りにし、俺に向き直る。

「まあとにかく、おかげであの子が白椿を離れてくれた時はせいせいしましたわ。あなたみたいな〝素晴らしい〟彼氏と出会えたわけだし、あの子にとっても白椿を去るというのは正解だったようですし……これこそWin―Winというものですわね」


 相変わらず毒物を混入しながらも、西園寺は話し続ける。

「それで……ええと何だったかしら。そう、私が最近彼女に接触していた理由、でしたわね?」

「……ああ」

「別に大層な理由なんてありませんわ。ついこの前、偶然立食パーティーで顔を合わせたからちょっかいをかけただけですわ。櫻井さんがパーティーに顔を出すなんて珍しいから」

「パーティー?」

「ええ。……あ、失礼。あなたのような庶民風情には馴染みのないものでしたわね。ご説明して差し上げましょうか?」

「……そりゃどうも」

 本当に感じ悪いなこの女。この状況でも嫌味が言えるとか、相当根深いでしょこれ。自然薯かよ。


 ただ、こいつの言葉の端々に悪意が隠れているように感じるのは、俺が単に冷静さを欠いているからなのかもしれない。顔を撫でる風が、その火照りをはっきりと自覚させていく。


「簡単に言えばセレブの社交場ですわ。テレビドラマや映画なんかで見たことありません? 飲み物を片手に立ち話をしているシーン」

「あー、あれか。玉の輿を狙ってる女がわんさかいるやつか」

「……ま、まあ確かにそういう側面があることも否めませんけど」

 西園寺は納得がいっていないようだ。

「でも全てが全てそういうパーティーというわけではありませんわ。私が櫻井さんを見かけたのも、毎年恒例のうちの会社の新年度の懇親会ですし」


 ふーん。そういうもんなのか。そんなに色々パーティーに出てるとか、セレブって皆パリピなのだろうか。ハロウィーンは渋谷で仮装しながらショットやってたりして。


「そんで? なんでお前はそこで声を掛けたんだ? まさか本当に旧交を温めるつもりだったとは言わないよな。櫻井がお前を忌避していたことぐらいわかっていただろうに」

 櫻井がギュッと唇を噛むのが見える。その表情が俺を熱くしていく。


 怒りという感情は頑固でぶり返しの強いものなのだと思う。六秒ルールとかあるだろ。怒りは六秒我慢すれば鎮まるとかいうやつ。ありゃ嘘だ。そうやって誤魔化した感情はすぐに表皮をはがして顔を出す。結局は忍耐力と貴重な時間の無駄遣いにしかならない。

 だから俺は、あくまで自分の気持ちに従って、西園寺に言葉をぶつける。


「西園寺、お前確信犯だろ。お嬢様だかなんだか知らないが、ただ自分の我儘のためだけに他人の気持ちを傷つけて――!」

「あら? 私としては櫻井さんに手を差し伸べたつもりでしたのに」

「――っ⁉」


 西園寺の言葉に、俺は呆れてものが言えなかった。


「…………っざけんなよ」


「櫻井さんが私たちと再び交流できるきっかけを――」


「おい‼ ふざけんなよお前‼ この期に及んでもあくまで自分の行いを正当化するつもりか‼ お前は……お前は少しでも櫻井の気持ちを考えたことがあんのか⁉ 独りぼっちで過ごした小さい頃の思いを‼ 親友にも相談せずに一人で悩んでた胸の中を‼ お前は‼ 想像したことがあんのか‼」


「きゃっ! ちょっ、ちょっと‼ 何するんですの⁉」


 気がついたら俺は西園寺に掴みかかっていた。

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