第38話 嘘と文字化け

 先程からの櫻井のおどおどした様子を見るに、こいつらが最近の櫻井の行動に関わっていないとは考えにくい。さっきの俺に対する嫌味からも、西園寺たちがいじめの存在を知らないとは到底思えないしな。


「ええ。初等部以来ですから、もう五年ぶりぐらいになりますわね。ねえ? 櫻井さん」

 意外な答えが返ってきた。それは櫻井にとっても同じだったらしく「え……あ、はい」など彼女の返事はどこかぎこちない。まるで頷くことを強制されたかのようだった。


 おかしい。なぜ今そんな嘘を吐く必要がある?

 櫻井の反応を見ても、西園寺の答えが虚偽であることは明白だ。今までの会話の様子から総合的に判断すると、櫻井が今いじめにあっているということが事実なら主犯はこいつらでまず間違いない。


 それなら絶対に何度も会っているはずだが……。あたかも数年間会ってすらいないようなふりをしているのはなぜだ。会合の実態を秘匿するためか……?


 いや、だがそれは正直、悪手だと言わざるを得ない。


 なにせ隠されるものが無ければ隠すことなどできないのだから。


 西園寺の発言は、彼女の意図とは裏腹に俺にいじめの存在を確信させるものとなっていた。さっきまでの頭の切れ方からは想像もできないようなミスだ。


「どうかなさいましたか、雨宮さん。顔色がすぐれないようですけど」

 黙り込んでいた俺を不審に思ったのか、西園寺が尋ねてくる。


「もしかして先ほどの私の発言に?」


 ……やはりこいつは切れ者だった。

 なるほど、そういうことか。


 もうこいつは見切っているのだ。俺がここ数日の櫻井の動向について何も知らないことを。うすぼんやりとした疑惑しか抱いていないことを。

 だから俺の疑いをいくら強めようが、真実の尾を見られさえしなければ彼女にとっては問題ないのだ。状況証拠だけでは俺はどんな手出しもできないことも、彼女は解っているに違いない。


 ともすれば挑発にもなりうるような台詞でも、核心さえ俺から遠ざけられれば西園寺にとっては些細なこと。絶妙な距離感をキープしている。


 しかし、ここまで完璧な立ち回りをしていると、今度は別のことが気になってくる。

 なぜ西園寺はこうも綺麗に対処できるのだろうか。まるで俺がやってくることを知っていたかのような、いや俺に限らず誰かがいじめの存在を追及してくることを想定していたような場の動かし方だ。


 絶対に証拠はつかめない。そのくせなぜかいじめの存在自体は匂わせてくる。ある程度こちらの発言を予想しておかないと、とちらずにそれだけのことをやるのは難しいだろう。

 だとしたら西園寺の狙いは何だ? 俺を躍らせて、どのステップを踏ませたいんだ?


 俺はここまでの会話の脳内ログをさかのぼる。櫻井へのいじめを認めるような供述か、はたまた一連の会話の目標着地点か。とにかく西園寺の発言から情報を絞り出そう。


 ピンと軽く音を弾けさせて、頭上の街灯に灯りが点った。


 それを合図に俺はもう一度別な質問を投げる。


「気になる点といえば、一つ。本当に素朴な疑問なんですが……」


 ログに残った一つの文字化け。西園寺の発言の中でたった一つだけあった不自然な染みに俺は懸けていた。


「どうして茜高校、俺たちの高校がオンボロだって知っていたんですか?」


 西園寺が微かに息を呑んだように見えた。

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