第36話 おほほ系お嬢様
ふっと一つ息を吐く。俺は決意を固め、彼女たちのもとに走り寄った。
「――! 雨宮君⁉」
俺が声をかけるよりも先に、櫻井が俺の姿に気づいた。彼女の声につられ、その場にいた三人の白椿達もこちらを向く。
「あ、どうも。こんちはー……」
じろりと品定めするような彼女たちの視線に、つい委縮してしまう。あんまり話したことのない近所のおばちゃんに夕方「おかえりー」って言われた時みたいな返事をしてしまった。
「……この制服……ああ、櫻井さんの通っているあの薄汚い廃墟のようなオンボロ学校の方でいらっしゃいますのね」
うわ~この女、言葉きっついな~。
他の二人に比べて明らかに華のある顔立ちで、ふわふわとした巻き髪を伴った出で立ちは、どこかで見たような気さえするほどテンプレートなお嬢様って感じだ。お嬢様の例にもれず確かに美少女ではあるんだけど、目元のキツさやどことなく嗜虐的な笑みのせいで、素直にそう思うことが憚られる。
初対面の相手にも臆さず、さらにはどこか高圧的な態度まで見える。恐らくこの女がリーダー格だと思われた。こいつがさっき名前を聞いた西園寺とやらなのだろうか……?
「あら、私としたことが申し遅れましたわ。白椿女学院高等部二年、西園寺麗華と申します。以後お見知りおきを」
やはりか。さっきの通りがかりの女学生たちも名前を知っていたということは、学内でも有名な奴なのかもしれない。
「あ、はい。よろしくお願いします」
さっきの暴言とは打って変わった想像以上の丁寧な挨拶に、俺はそう返すのが精いっぱいだ。この振れ幅のせいで完全にペースを握られてしまったような気がする。
「それで櫻井さん? こちらの方は?」
「あ、私の同級生の雨宮龍羽君です」
櫻井からの紹介に、俺もぺこりと頭を下げる。……なんだこれ。新手の合コンみたいな空気になってきたぞ。
「なるほど。それでこちらの雨宮さん……と仰るのですか。この方が櫻井さんのフィアンセでいらっしゃいますの?」
「フィ、フィアンセ⁉」
櫻井が驚きのあまり声を上擦らせつつ、首をぶんぶんと横に振る。……別にそこまで全力で否定しなくてもいいじゃないか。パンクロックみたいになってるぞ。
「あら、違いますのね。櫻井さんが男性と会話しているのなんて珍しいからてっきり。……まあでも確かに、こんなドブネズミみたいな顔をした男性と櫻井さんでは釣りあいませんものね。良く考えれば当然のことでしたわ」
そう言うとおほほと笑い始める西園寺。取り巻きの二人も嫌な笑みを浮かべる。
おいお前何様だ。黙ってりゃ好き勝手言いやがって。てめえの鼻毛全部引っこ抜いて耳に移植してやろうか? あん? 一生鼻炎に悩め。
だいたい俺はヌートリアを自称してるんだ。それをドブネズミとはなんだ? 謝れよ。失礼だろ、ドブネズミに。……いや、そうすると俺がヌートリアに失礼なのか。ごめんヌートリア。
そんな反論(?)をぐっとこらえ、なんとか平静を保つ。それはこれ以上波風を立たせたくなかったからであり、俺が人見知りだからとかコミュ力が低いからだとかでは断じてない。断じてない。
「あーまあ、婚約者ではないですけど、一応彼氏ですよ。櫻井の」
「ちょっ⁉ 雨宮君⁉」
櫻井が「何言ってんの?」みたいな目でこちらを見てくる。俺はそれを片手で制しつつ話を進める。
「いつも俺の彼女がお世話になってます」
ペコリと一礼。
呼吸をするように嘘を吐いたが、こんなことを言い出したのには当然理由がある。俺が櫻井の彼氏だということにしておいた方が絶対に話がわかりやすいと考えたからだ。
相手側が櫻井の男性恐怖症について知っている時点で、俺が櫻井と普通に会話していること自体がそもそも違和感を与えてしまっている。なら特別な関係性であることをアピールしておいた方が不自然さは減るだろう。
それに俺はさっきまで、この町内を櫻井探しのために走り回っていた。事情を全く知らない人からすれば、不審者にも捉えられかねん。走って息も切れていたし、興奮状態の悪質ストーカーであると断定されても致し方ない。
だから俺が恋人を探していたという体にすることで多少のリスクヘッジができるというわけだ。……まあ後半に関しては、言ってしまえばただの自己保身なんだけど。
賢い櫻井のことだ。これくらいのことにはすぐに気づいてくれるだろう。最悪そこまで思考が至らないとしても、俺の様子から何かを察して演技ぐらいはしてくれるはずだ。
「あら、櫻井さんの彼氏の方でしたのね。これは失礼」
本当に失礼だよ。
西園寺はふっと微かな笑みを浮かべる。
「それで、雨宮さんはどういったご用件でして?」
顔にかかった髪を払いのけながら西園寺が問うてきた。
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