第34話 想いと嘘とハシビロコウ
「え⁉ それで天音のこと帰しちゃったの⁉」
プラットホームを離れ改札の外へ出ながら虹隊長への電話報告をすると、俺の耳元は荒れに荒れた。
「も~龍羽のバカっ‼ なんでそれだけSOSのサインが出てるのに気づかないの⁉ 前から思ってたけど龍羽って乙女心わからない系男子だよね⁉ イタリアだったら人権ないよ⁉」
酷い言われようだ。
「いやそんなこと言ったってよ……。明らかに来るものを拒んでる感じだったし、俺にはどうしようもないって言ってたし……」
「そんなの嘘に決まってるじゃん! あ~もう~こんなことならわたしが行けば良かった~!」
俺はたった今櫻井から聞いた話を、ほぼ全て虹に報告していた。虹からすればもともと知っている情報だし、特にこれといった反応も期待していなかったのだけど、櫻井の話しぶりを伝えていくうちに虹は彼女の気持ちを汲み取ったらしい。俺の鈍さに対して先ほどから説教苦言非難バッシングのオンパレードだ。
ただし、俺は虹に一つだけ情報を隠していた。
それは彼女が最後に言った「虹には頼らない」という決意の言葉。
櫻井に依存しがちな虹のことだから、これを聞けばきっと傷ついてしまう。
なにせこの言葉は櫻井が――自らの意志で――きっぱりと虹を拒絶したということなのだから。適当にはぐらかしただけのいつかの会話とは違う。確実な意味を持ってしまう。
それに。
俺は櫻井のこの発言にどこか覚悟のようなものを感じ取っていた。かつてのヒーローに自分が成長した姿を見せたい。最後に付け加えられた言葉はそういう意味だったのではないかと、俺は勝手に憶測していた。
「そうは言ってもだな、虹。俺はそもそも櫻井が何に悩んでいるのかすら知らないんだぞ。本当にどうしようもないだろ」
そう言うと、虹は心底呆れたとでも言うように大きくため息を吐く。
「本当に気づいてないの? 演技とかじゃなくて?」
いやわかんねーよ、マジで。
「天音が言っていたでしょ? 昔いじめを受けていたってこと」
「ああ。確かに言ってたけど……」
「そしたらわかるでしょ。天音が一人で帰っていた、その意味が」
そこまで言われて俺はようやく気がついた。
そうか、そういう事だったのか。
きっと彼女は俺たちに見せまいとしていたのだ、その姿を。
「……再燃したのか、いじめが」
「うん。たぶんだけど、それで間違いないと思う」
虹は悲しげな声で肯定する。
駅前の広場からは、相変わらず高級住宅街が覗いている。
この街はお金持ちの巣みたいなものだ。当然お坊ちゃまやお嬢様も多く住んでいることだろうし、その中には白椿女学院に通っている者も少なからずいるだろう。ふとした拍子に過去の級友たちと顔を合わせるなんてことがあってもおかしくはない。
かつてのいじめられっ子がシンデレラのような美しさで目の前に表れたら、意地悪な姉たちはどうするか――。その後は想像に難くない。
この推測が正しいとすれば、少なくとも櫻井が一人で帰っていた数週間、彼女は古傷の痛みと闘っていたことになる。だとしたら――。
「追って、今すぐに」
虹はいつになく真剣な声音で、確かにそう言った。
「……言われなくても……!」
スマホを耳から離し、通話を切る。
そのままポケットにしまおうとして、しかしその瞬間引っ掛かりを感じた。
「お前……」
ハシビンがポケットに入るのを拒みつつ、こちらを睨んでいた。ハウス!
しかしその時ふと、この視線に既視感をおぼえた。つい最近こいつにこんな冷たい視線を向けられたような……。
「あ!」
繋がった。今全てが繋がった――‼
虹の言う通り、櫻井は確かに俺に助けを求めていたんだ。あの夜、唐突に送られてきたメッセージはそういう事だったんだ。二人で話したいっていうのは、虹には知られたくないっていうことで、しかしそれは裏を返せば俺には知っていてもらいたいっていうことで――!
それなのに俺は、変に勘違いをして勝手に浮かれて……。大切な親友の声に気づいてあげることが出来なかった。ウサギのスタンプが覆い隠した意味に気づいてあげることが出来なかったのだ。
「馬鹿か、お前は」
軽蔑しているようなハシビンの瞳が痛い。お前はわかっていたんだな、最初から。
ありがとう、ハシビン。俺に大事なことを気づかせてくれて。
しかし、今は急いで櫻井を追わなければならない。俺は一度スマホを取り出し、今度こそ引っ掛からないように丁寧にハシビンをポケットに入れた。
きっちりと収納されたことを確認し、俺は住宅街の方へ駆け出す。
今度の追いかけっこは先ほどとは違い完全なあてずっぽうだ。櫻井の住んでいる家がどれなのかを虹に教えてもらえば多少の手掛かりにはなると思うが、今この瞬間櫻井がそのまま帰宅しているとは考えづらい。櫻井の気持ちとご両親の性格から考えれば、むしろ自宅からは離れた場所にいる方が自然だと言えよう。
この広い街からそれを探し出すのは一苦労のように感じるが、俺には彼女を見つけ出せるはずだという不思議な自信があった。
それは、もう一度スマホをしまったあの瞬間、俺の思考回路の中で新たに明確な意味を持ったもののおかげだ。
いつかの虹が俺に願いを込めたもの。それが果たしてここまでの事態を想定してのことだったのかはわからない。
けれど確かに今、俺の背中はそれに押されていた。
ブルーバックに浮かんだ白い「You can do it」の言葉に。
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