第25話 裏切者はそこに
相も変わらず授業では三大宗教を扱っており、いかにこの高校の進度が遅いかを実感していた時。睡魔との全面戦争に無条件降伏をしかけていた俺は、ある重大な事を思い出したのだ。
(あれ? ちょっと待てちょっと待て! 今の状況ってただのごっつぁんゴールじゃね⁉)
ずっと微妙な距離感にあった幼なじみとようやく恋仲になれたという事への満足感ですっかり忘れていたが、俺には大きな野望があったはずだ。
そう、他でもないこの倫理の授業で浮かんだアイデア。
宗教的ハーレムを自分の手で創り上げるということ。
確かに、虹と恋愛関係に発展したことはこの計画にとって大きな進歩である。虹がハーレムを創るということに対して否定的ではない、というか目をつぶってくれるという点も非常に好都合と言えよう。
しかし、どれもこれも全部ひっくるめて、正直言って俺は虹を落とすことに何の働きかけもしていないのだ。
ここ数日の流れをまとめてみると、ただ単にもとから俺を好いてくれていた人が、ちょうどハーレム計画を練り始めた段階で告ってくれただけ。俺のしたことと言えば、その告白に頷いたのみである。
モテないからこそ女の子を籠絡させていこうと決心したはずなのに、これでは始めの一歩が本末転倒。思いやられるような先すらなくなってしまうではないか。
(違う違う! 俺が望んでいたのは、最近のラノベみたいな「あっwwなんか気づいたらモテモテでしたwwww異世界サイコーwwww」的ラッキーハーレムじゃない! だいたい何で世界が変わると急にモテ始めるんだよ! お前らの中で宇宙人グレイと結婚してみたいと思うやつ手挙げてみろよ、いねーだろ! 現代日本で例えるとそういう事だからな! それとも異世界人は全員美的感覚を可燃ゴミか何かと間違えて廃棄でもしてんのか⁉ ごみ処理場行ってこい! まだ焼却されてないかもしれないから!)
……ふぅ。一旦落ち着こう。熱くなってもしょうがない。冷静に冷静に。
とにかく俺が言いたいのは、「受動的ハーレム」なんか望んじゃいないということだ。俺が欲しいのは他でもない「能動的ハーレム」なのだ。
自分の手で、自分の行動で、自分の力で。そうやって出来たハーレムだからこそ、女の子たちに対する本当の愛情が沸くのだ。幸運で手に入れただけのハーレムなんて、偽物でただのまやかしに過ぎない。絶対そのうちNice boat.する。
それに、受動的ハーレムは女の子たちにとって何のメリットもありゃしない。あくまで俺は、女の子たちの悩みを解決することにより双方に利のあるハーレムを創りたいのだ。
だとしたら、虹との関係に甘えてばかりもいられない。
俺は基本的にモテない人間なのだ。顔も良くはないし、優男というわけでもない。虹が俺のどこに惚れたのか不思議なくらいだ。……え、まじでどこが良かったの? もしや俺はATM的な扱いなのだろうか……。不安になってきた。
ともかく、たまたま一人を上手く落とせたからといって、これから先もそう簡単にいくという保障はない。むしろ、与えられるハードルはどんどん高くなっていくはずだ。
それならば、いつまでもぼやぼやしているわけにはいかない。思い立ったが吉日だし、善は急ぐべき、旨い物は宵に食わなければなるまい。今日からでも、二人目のターゲットを探そう。
「……ぉぃ」
狙い目はやはり、〝悩みの多そうな中堅女子〟だろうな。それもそれなりに重い悩みを持ってくれていると良い。あとは、あんまり頭が利口じゃない方が好都合だろう。手中に収める前に計画に気づかれると面倒だ。それから――。
「おい! 雨宮! 聞いているのか!」
「ふぁい⁉」
うわ! めっちゃびっくりした~! 心臓含め諸々の内臓が止まるかと思ったわ。
しまったな……思索にふけるあまり、授業中だということをすっかり失念してしまっていた。周囲の刺すような視線が痛い。
それに何より、突然の呼名に対応できずおかしな返事をしてしまったのが恥ずかしい。何だよ、ふぁいって。格ゲーかよ。
「だいぶボケっとしていたようだが……ずいぶんと余裕そうだな。ならこれから出す質問にも当然答えられるよな?」
はいはい出た出た。出ましたよ。
それよく言うやつだけどさ……無理に決まってんだろ。あんた方本気で論理的思考能力が欠けてるんじゃないですか。何でボーっとしてることが知の証拠になるんだよ。それならナマケモノとかもう宇宙の理解者レベルだろ。
そんな心中の文句は決して口から出ることはなく、俺はただ苦笑いを浮かべて次の言葉を待った。ここで下手な事を言うと、火に油どころじゃなく山火事にガソリン注いじゃう感じになるから。
「もう一度訊くぞ。この『最後の晩餐』の絵の中で、イエスを裏切った人物を指さしてみろ」
先生が示す教科書のページには、よく見るあの絵画の写真が載っていた。
「えーと……中央の人ですかね……」
「っ⁉ ほう……その根拠は?」
俺のあまりにもふざけた回答に先生は目を丸くしたが、当然それで終わるわけはなく、追撃とばかりに質問を重ねてくる。
「いつの時代でも自分を裏切るのはまず自分自身だからです。自身の予想通りにいかなかったり、自信を打ち砕かれたり……自分の裏切りで苦い気持ちを味わうのは誰もが通る道でしょう? それがたとえどんな聖人であろうとも。だから、この中で確実にイエスを裏切ったことがあるのはイエス本人に違いない、というわけです」
一息に言い切ると、先生は大きくため息を吐いた。
「珍しく授業中に寝ていないと思ったら……そんなくだらないことしか考えられないのか、お前は」
「僕もまともに授業を受けてるつもりだったんですけどね。裏切られましたよ、自分に」
クスクスと教室から静かな笑い声が上がる。
「……もういい。授業に戻るぞ。」
先生もそれを見て諦めたのか、呆れた口調でそう言うとすぐさま授業を再開した。
よしよし。これぞ俺の真骨頂、秘技・屁理屈で誤魔化す! 大抵のことは適当こいてれば丸く収められるのだ! ……まあ、今のが丸く収まってたのかは議論の余地があるけど。だいぶ角ばってた気がするなあ……。
とまれこうまれ、再び職員室に呼び出されることは防げた。あの野郎、他の教師たちにも聞こえるようにわざと大声で説教しやがるからきついんだよな。俺の留年ギリギリの成績に響きかねん。
話を戻そう。
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