第二章
第24話 右手と心に寄生虫
いつもは憂鬱なはずの月曜日の朝。
珍しく早起きしてきた虹と歩いて進む通学路には、爽やかな風が吹いていた。
「久々だなー、こうやってゆっくり登校するの」
虹が、んっと伸びをしながら呟く。
「本当に久々だよ……。というか逆になんで今日は早起きできたんだよ」
今朝、いつものように俺が虹の家のチャイムを鳴らしに行くと、そこには待ち構えたかのように彼女が立っていた。絶対にいないはずの存在が目の前にいるとか……あれはもう一種のホラーだろ。
「ん~? だって~一分一秒でも早く龍羽に会いたかったんだもんっ!」
そう言って、虹はぎゅっと腕を絡めてくる。
「ちょっ、おい、虹やめろって。ここ通学路だぞ」
クラスの奴らに見られたりしたら、面倒なことに……。いやそうでもないか。普段から夫婦漫才やってるわけだし。案外、傍から見れば今までの俺達とあまり変わらないのかもしれない。
それでも、当事者たちは関係性の変化を意識せざるを得ないわけで。こんなテンプレじみたベタベタなやり取りでも、虹が自分の恋人であるということを改めて実感してしまう。
「んふふ~やめな~い。昨日一日会わなかったんだから、その分の栄養補給~」
「お前はいつも何かしら食ってるだろ。栄養過多だ」
「心の栄養は別腹なの!」
土曜日の夜、観覧車から降りたあと結局俺は虹をおぶったまま連れて帰った。
その晩俺は興奮していたのか眼が冴えて眠れず、翌日の朝に惰眠を貪ることとなったのだが、普段から土日は夜更かししているため、生活リズムだけをみれば結果として平素と変わらない週末の過ごし方になったのは秘密だ。不規則な生活習慣も継続すれば規則正しい生活になるっていう健康理論とかどうでしょう。
そんなことを思い出しつつ、腕に絡みつく虹を何とか剥がそうと試みたのだが、結局、虹は俺の右腕に寄生することを決めこんだらしい。ものすごい粘着力を発揮し、何としても離れようとはしなかった。ニジー、脳を奪えなくて残念かい?
「ったく……」
まあいいか。ずっと俺のことを想い続けていた虹の気持ちからすれば、おあずけ命令がようやく解除されたみたいなものだし。反動で少しばかりスキンシップが多くなってしまうのも無理はないだろう。
それにこの態勢は、俺とて別に嫌だというわけでもない。なにせ柔らかな甘い感触が直に触れるわけだからな。何の感触かは言わないけど。
除夜の鐘が涙を流して降参してきそうなほどに溢れでる俺の煩悩には気づく様子もなく、虹は俺に腕を絡ませたまま幸せそうに歩いていた。
すっとそよ風が髪を撫でる。つられて揺らいだ彼女の髪も光の粒を放つ。
見れば、今日の空は非常に冴えわたっている。神様が夏に向けての準備を始めているのか、街路樹は一層青々とし、そのエネルギッシュな風景を時々彩っていく薫風が、火照る体に心地良い。
ただ。ただそんな中で何か言い知れぬ不快感が、ほんの少しだけ俺の心に取り残されていた。
上にはみ出した文庫本のカバー。一枚だけ向きが合っていないお札。ミシン目を少し外したトイレットペーパー。そんな感じの些細な、それでいて確実にモヤモヤを置いていく何かが、俺の心に一匹の虫となって巣食っていたのだ。
――その正体に気が付いたのは、甘やかな登校から数時間後の、皆大好き倫理の授業中のことであった。
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