異世界に転生できるわけでもない普通の男子高校生の俺は、このままではモテないのでとりあえず新興宗教でも作って女の子を信者にしてハーレム作ろうと思うんだが
第23話 無賃乗車チャレンジ~甘い香りを添えて~
第23話 無賃乗車チャレンジ~甘い香りを添えて~
俺が窓の外をじっと眺めていると、対面に座っていた虹が、こちらのシートに移動してきた。
「そのお蔭かな……なんだか一周目よりも綺麗に見える」
そう言って虹は俺の肩にこてんと頭を預けてくる。髪の毛からはふわりと漂う甘い香り。
「ま、まあ、この時間になれば照明をつける家庭も増えるだろうしな」
「ふふっ。たかが一周分くらいの時間でそんなに変わるわけないでしょ」
「もしかしたら、白熱電球から一斉にLEDに移行したのかもしれない」
「わー地球にやさしいー。皆で考える環境問題だー」
俺の適当な言葉には、虹はもう慣れっこだ。仕方がないので、俺は虹から目を逸らし、再び観覧車の醍醐味を味わうことにした。
「も~なんでそっぽ向いちゃうのよ~」
恥ずかしいからだよ! なんだよこれ! さっきまで抱き合ったりしてたのに、いざ恋仲になったと意識すると、途端にドキドキが倍加するんですけど!
早鐘を打つ心臓を何とか抑えつつ、冷静さを取り戻すために景色に集中する。
相変わらず、大都市の光はこちらに比べてだいぶ明るい。
けれど、その距離はさっき見た時よりもだいぶ近くに感じられた。まるでこの街全体があの煌々とした世界に、大きく一歩近づいたかのように。
あんな輝きには絶対に届かないと思っていたけれど、今ならなんだか手に入りそうな気がする。簡単な事ではないけれど、決して不可能だという感じもしない。
じっと外を眺めていると、いつのまにか目線が低くなってきた。そろそろ空中散歩も終わりのようだ。
「……さて、降りる準備しなきゃだ……な……」
先ほどから俺の肩に頭を預けていた隣人に目をやると、すーすーと静かに寝息を立てていた。
緊張の糸が切れたからだろうか。今日の疲れがどっと押し寄せてきたのか、虹はみごとに眠りに落ちていた。
「……ったくしょーがねーなー」
ゴンドラはもうだいぶ乗り場に近づいている。タイミング良く降りなければならない観覧車のシステム上、ここで降りそこなったら怒涛の三周目に到達してしまう。もう一回回れるドン! などとふざけたことを考えている場合ではないのだ。
かといって虹を叩き起こすというのも忍びない。何せ今の状況を作り出した原因は全て俺にあると言っても過言ではないのだから。
俺は精一杯身を屈め、虹をおんぶする態勢に入る。起こさないように慎重にやろうとするものの、ここはただでさえ狭いゴンドラの中だ。なかなか上手くいかない。
虹をおんぶするなんて何年ぶりだろう。小さい頃はこうやって虹を背負うことも少なくなかったのに、いつのまにか大きくなって……。何がとは言わんけど。
やっとの思いで虹を背中に安定させた時に、ちょうどゴンドラの扉が開いた。
「足元お気を付けくださーい」
やっぱりどこか手抜き感のある係員の指示に従う。俺たちの姿を見ても何の反応も示さない辺りに、その気怠さのプロ意識がうかがえる。全力で気を緩めてます! みたいな。
ゴンドラの上部に虹をぶつけないよう注意しながら足を踏み出す。
久しぶりに地上の重力を感じたからか、はたまた普段の自重を大幅に超える重みに足が驚いたからか、ふわりとして足をうまく運べない独特な感覚が身体を支配した。
転ばないように気をつけながら歩を進める。ついでに、少しずり落ちてきた虹をもう一度背負いなおした。
「…………龍羽……」
唐突に名前を呼ばれ、ぎくりとする。やばい、起こしちまったか。
そう思って、肩越しに彼女の様子を探るが、起きた様子はない。ただの寝言だったようだ。相変わらず幸せそうに寝息をたてている。
むにゅむにゅと動く血色の良い桜色の唇を見ていると、何だか変な気分に襲われそうになったので、急いで前を向く。さあ、ちゃっちゃと帰ろう。
歩くスピードを速め乗り場を後にしようとした、まさにその瞬間のことだった。あの悪魔のような声が聞こえてきたのは。
「……お客さん」
静かに、されど確かに鼓膜を震わせたのは、さっきのプロ無気力係員の声だ。今までとは打って変わった、はっきりとした口調が俺の恐怖心を駆り立てる。
俺は振り返ることなく、次に放たれるであろう言葉を考えながら立ち止まった。
「……なんでしょうか?」
「二周目の代金、ちゃんと払ってください」
…………ですよねー。
俺はくるりと振り返り、財布を取り出す。くそっ、子供料金だったら二周分乗っても痛くも痒くもなかったのに。結局一周分の子供料金の四倍だぞ。通常の四倍。何この観覧車、彗星なの?
なんて現実逃避をしていてもしょうがない。
結局俺は虹の分も含めて料金をきっちりと払い、軽くなった財布を手に、重くなった足取りでアウトレットを後にした。
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