第22話 ご都合主義とハシビロコウ
「虹、俺もお前のことが好きだ。今までずっと自分に嘘ついてたけど、こうして虹の想いを聞いてはっきり自覚した」
虹がはっと息を呑み、目を見開くのがわかる。
「だから、俺もできる限りお前を幸せにしたいと思っている。お前と一緒に過ごしていたいし、お前の笑顔ももっと見たい。……ただ、さっきも言ったけど俺は自分の計画を諦めるつもりはない。それによってもしかしたら虹を辛い気持ちにさせてしまうかも……いや、絶対にさせてしまう」
なんて矛盾に満ちた言葉だろうか。自分でもびっくりだよ。
でもこれが俺の本音なのだから怖いものだ。虹も好きだしハーレムも欲しい。接近―接近コンフリクトの典型例として保健の教科書に載せても良いレベル。
でも人間の欲望なんて案外そんなものなのだろう。傲慢で、我儘で、貪欲で。いつの間にかその多くを諦めてしまっているだけで、誰だって全部欲しいのだ。たとえそれが矛盾をはらんだ願いだとしても。
俺はきちんと虹に向き直る。彼女の気持ちを確かめる。
「ここまで聞いても気持ちは変わらないか? もし今ので俺に対する感情が変化したのなら、俺はそれを受け止め――」
「構わない! 龍羽がわたしを好いてくれていたっていうだけで……! それだけで十分すぎるくらいだよ‼」
満面の笑みを浮かべているのにぽろぽろと雫をこぼすという複雑な表情をしながら虹は続ける。
「たとえこの先、わたしが龍羽にとっての一番じゃなくなっても、もしそうだとしても、龍羽が少しでもわたしを想ってくれるなら……! わたしはそれだけで……それだけで……!」
そう言うと、虹は俺の胸に顔をうずめてきた。温かいものがジワリと服に染み込んでいくのを感じる。
俺は虹の背中に腕を回し、そっと抱き寄せた。
「……虹、こんな俺を選んでくれてありがとうな。俺、絶対にお前を幸せにしてみせるから。約束する」
もし俺がこの先ハーレムを完成させて、飽きるくらい女の子に囲まれるような日々を送るとしても、虹だけはぞんざいに扱ったりしないんだろうな。
よくわからないけどそんな気がした。
「……うん……うん……! ……大好き、龍羽」
「俺も……愛してるよ、虹」
最後の台詞が気恥ずかしかったのはお互い様だ。
抱き合ったまま、ゆっくりと動くゴンドラに揺られること数分。気持ちが少し落ち着いてきたのか、虹はぱっと身体を離し、少し赤くなった目を誇らしげにして口を開いた。
「あ! そうそう。龍羽にもう一つ渡すものがあったんだ」
そう言って、ショルダーバッグの中を再び探り始める。
「じゃ~ん! ハシビンストラ~ップ!」
顔を上げた虹の手に収められていたのは、まったく同じ表情をした二羽のハシビロコウのストラップだった。
「さっき龍羽へのプレゼントを買った時についでに買ってきたの! ぬいぐるみはさすがに無理だったけどこれくらいならイケると思って。可愛いでしょ?」
「お、おう。どうも」
はい、と言って片方を俺に手渡してくる。相変わらず極道じみた瞳を持つハシビンは、小さいサイズになっても威圧感を放っていた。
「でも、どうして俺の分まで?」
ハシビンには悪いが、この子のことそんなに可愛いと思えないんですけど……。むしろちょっと怖い。
「それはね……もし龍羽への告白が上手くいったら、お揃いの何かが欲しいなって思ったから。わたしたちの新しいスタート地点をいつでも思い出せるように」
嫌だった? と上目遣いで尋ねてくるが、そんなこと聞いたら嫌だなんて思うはずもなく。ただほんのりとした幸福が身体に広がっていくのを感じた。
「初めてのお揃いがハシビロコウっていうのもなんか変な感じだけどな」
「いいの! ハシビンが一番かわいいの!」
素直じゃない俺は、やっぱり茶化してしまう。でもそんなことはお見通しだと言わんばかりに、虹が笑っていてくれるのがありがたかった。
ふと外を見やると、俺たちを乗せたゴンドラは頂点付近まで高度を上げているようだ。
さきほど見た景色も、夜の深まりとともにその光度を一層強めている。
「……ちゃんと解決してくれたね、わたしの悩み」
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