第20話 900秒のゴンドラ
真剣な眼差しを俺に向けた虹は、まるで彼女の全てをぶつけるように、思いの丈を口から発していく。
「小さい頃からずっと、龍羽のことが好きだった。生まれた時から龍羽と一緒に過ごしてきて、そしていつの間にか好きになってたの。……でもどうしていいかわからなかった。この〝幼なじみ〟っていう関係すら壊しちゃいそうで、怖かったの……。本当に、凄く怖かった。だって龍羽はわたしのことを〝幼なじみ〟っていう風にしか見てくれてなかったから……」
でも、と言って虹は続ける。
「もう我慢できない。龍羽とのデートがこんなに楽しいものだって知っちゃったら、何回だって欲しくなっちゃうよ……! いつも手を繋いで歩いていたいし、ずっとこのドキドキを味わっていたいの! だから……!」
溢れ出る想いは徐々に加速していき、最後にもう一度俺の目を見据えた虹は、少し声を震わせていた。
「……だから……ダメ……かな………………?」
虹は胸元で祈るように組んだ小さな手をぎゅっと握りしめ。今にも雨を降らしてしまいそうな瞳で俺を見つめていた。
……嗚呼、俺はずるい男だ。俺は、お前自身のことを心底軽蔑するよ。
正直に言おう。俺は虹の気持ちに既に気づいていた。小さい頃から、ずっと。
だって虹は嘘を吐くのがあまり上手くないものだから。例えば今日一日一緒に過ごしていただけでも、隠しきれていない部分は多々あったように思う。
でも、わざとその想いから目を背けていた。単なる俺の勘違いだって心に言い聞かせていた。
――なぜかって?
それは俺も怖かったからだ。虹との関係が――幼なじみというあまりに居心地の良すぎる間柄が――失われてしまう事が。
人と人との繋がりなんて、たった一つの間違いで簡単に瓦解する。だからミスを犯したくなかった。変わらずにいられるのなら、動きたくなかった。たとえそれが彼女を悩ませることになるとしても。
そうだよ。もしかしたら本当に自分の勘違いかもしれないじゃないか。それにもしそれが真実だったとして、お前は彼女の想いを受け止められるのか? その覚悟はあるのか? ――そんなことを言い訳のように繰り返して、結局見ないふりをした。逃げていた。
そのくせ、俺は今になって、彼女の気持ちをいいように使ってしまった。
今回、ハーレム作戦を始めた時、俺は最初のターゲットを虹に絞った。それには幼なじみであるがゆえ距離感も近く攻略しやすい、という理由も確かにある。
ただそれ以上に、虹なら失敗しないという確信があったのも事実だ。
俺は、虹が自分に好意を寄せていることに気づきつつ、それを知らんぷりして、なおかつ私利私欲のために悪用しようとしていた。最低最悪のクズ野郎だよ、本当。
「……虹…………俺は……」
そしてもう一つ。
俺は自分の気持ちからも逃げている。
虹が俺に恋情を抱いているのと同じように、俺もまた彼女のことが気になっていた。ただそれを頑なに認めようとしなかっただけで。
俺が彼女を真っ先にハーレムに取り入れようとしていたことが、その何よりの証拠だとも言えるだろう。虹が俺に好意を寄せているというアドバンテージを差し引いても、人間関係を壊したくないという前提があるなら、もっと適任はいたはずだ。それこそ、クラスの悩み多そうなあの中堅女子とか。
それなのに俺は虹を選んだ。心の奥ではわかっていたんだ、自分が誰を求めているのか。
だが、それを素直に受け入れられない理由もあった。
さっきも言ったが、幼なじみというのはあまりに安定しすぎた関係だ。それが俺たちのように年がら年中一緒にいるような間柄なら、なおさらそれはガチガチに凝り固まっていることだろう。
そんな中で相手に持ってしまう好意というのは、ともすれば二人の間を分断してしまうような危険物になりかねない。堅いものはそれと同時にもろいのだ。たった一つの衝撃で粉々になってしまう恐ろしさをはらんでいる。
何もしなければ変わらず共に居られるのに、わざわざリスクを冒して一歩踏み込むことはできない。俺はずっとそう考えていた。
だから俺は、「ハーレム計画のために必要なピースだ」とかそれらしい理屈をこねて、自分の踏み込みを正当化したのだ。失敗しても言い訳が出来るように。俺は別に虹のことが好きだというわけじゃないけど、ハーレムのために言い寄ってみたら失敗しちゃった~。まあでも別に本気じゃなかったし、これからも仲良くしていこうぜ虹、といった具合で。
要するに、真剣勝負を挑んで負けるのが怖かっただけ。最低最弱のチキン野郎でもあったわけだ。
色々考えて頭がごちゃごちゃしてしまったが、とにかく俺は虹と自分の気持ちに嘘をつき続けていたのである。
――だから。だからせめて今この時間ぐらいは正直にならなければ。
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